第44話 革命軍、改め、国防軍
革命に対する貴族たちの対応は極めて迅速なものだった。
意見書がコウの元に届いたのは、彼が演説を行ってから3時間後。少し遅れた国王崩御の第一報から見れば、約8時間後の事だった。
電話などない、早馬が未だ最速の情報伝達手段であるこの国で、一晩のうちに20名以上の連名で作られた正式な文書を製作した彼等の対応力は計り知れないものがある。
もっとも、その数時間後、当日の昼過ぎに会合の場を設けたコウの早すぎる対応は、彼等にさらなる混乱を招いた様だが。
ともあれ、物語は会合に集まった貴族たちが意見書を読み終えたところから始まる。
「い、以上を、貴族院からの意見陳述書とします」
震える声で小冊子程もある意見書を読み終えた30代半ばの男が席に着く。
その男も含め、謁見の間に置かれた長机を囲む十数名の貴族たちの表情には一様に緊張の色が浮かぶ。
無論それは、にやにやと血まみれの玉座に腰掛けるコウに対する部分もあるだろう。
しかし、彼等の視線の大半は出入り口の扉にもたれかかり、暇そうに手に持った大剣をべしべしと壁に打ち付けるセナに集中していた。
その轟音が響き渡るたびにびくびくと視線を走らせる貴族諸侯を前にコウは内心、ため息をついていた。
失望、その表現がもっとも近いだろう。
コウは国家を牛耳る大貴族との、呼吸すらはばかられる様な緊迫した会合を予想していた。
それを少しでも有利にするためにわざわざ戦いの傷を色濃く残す謁見の間に長机を運び込み、血にまみれた玉座に腰掛け、鏡の前で5分ほど不敵な笑みの練習までしたというのに。
セナ1人、そこにいるだけで主導権が取れる様な腑抜けを相手に、何が緊迫であろう。
ため息を口に出したコウに、貴族たちが一斉に振り返る。
借りてきた猫でも彼等よりは多少ふてぶてしいだろう態度を無視して、コウは彼等の意見を要約した。
「あー、つまりお前らの言い分は、『貴族院は国家に属するものであって前王に属するものではない。だから革命軍であっても貴族院の採決権を侵害することは不可能であり、貴族院全ての権利は保障されなければならない』 てことでいいの?」
砕けた調子で問いかけたコウに、長ったらしい文書を読み上げた、集まった貴族諸侯の中でも頭一つ抜けて若い男は、必死に首を縦に振って肯定を示した。
「ふーん⋯⋯じゃ、次はこっちの言い分な」
問いかけたにも関わらず、どうでも良さげなコウの声を合図に、紙束を優雅に抱えたクロバがセナの大剣をくぐり抜ける様にして謁見の間に入場する。
その際、セナは大剣を壁に打ち付けることをやめるつもりはなかった様で。
クロバのすぐ後ろを通過した大剣が壁を打つ直前、何か服の切れ端の様なものが見える。
全く、なんというところに命をかけているのか。
しかし、冷や汗を流すコウをよそに、クロバの表情は平静そのものだった。
入場したクロバが席に着く貴族一人一人に配布したのは、1枚に内容がまとめられた誓約書の様なものだった。
クロバから紙を受け取ったコウは、全員にそれが行き渡るのを待たずして、書かれた文章を読み上げる。
「えー、まず、俺たちはもう革命軍じゃない。国防軍だ。革命はもう終わったからな。正式名称はまた後で決めるが、とにかくその前提で聞いてくれ。
『1つ、国防軍の指示に対して、署名者は全面的に従うこと。2つ、国防軍の要求に対して、署名者はその他の活動を中断してでも最大限応じること。3つ、国防軍の——」
文書を読み上げ始めたコウに対して、
「ち、ちょっと待ってくれ!」
貴族の1人が慌てた様に声をあげ、直後、謁見の間は喧騒で満たされる。
「黙れ」
しかしその喧騒はコウの恐ろしいほどに冷たい命令によって遮られた。
空間が凍りついたような、まるで温度のない数瞬。
驚いた様に目を見開く貴族たちの前でコウはしかし、それまでと変わらない笑みを浮かべたままにそこに座す。
「嫌ならいいんだぜ? それも後に書いてある」
小馬鹿にした様な口調でそうつぶやいたコウは、静寂に包まれた一室で残りの文書を読み上げた。
「『3つ、国防軍の要求には、その働きに応じた報酬が約束される。しかし、その報酬に対して意見することは原則として許されない。4つ、国防軍に対する批判運動の全てを禁ずる。5つ、これらの誓約に違反したもの、了承しなかった者に対して、国防軍はその他の組織と連携しあらゆる形で制裁を与える。6つ、状況に応じて新たな誓約が必要になった場合、国防軍はそれを公表し、追加することができる』 とまあ、そういうことだ」
文書を読み終えたコウを前に、誰も口を開こうとしなかった。
彼等は文書のただ一点を睨み続けていた。
彼等にとって、その一文は今、この場所で最も大きい意味を持つ。
「この『あらゆる形で制裁を与える』というのは⋯⋯」
それは、この傍若無人な誓約書を飲まなかった場合。
おそるおそる問いかけた男に、コウはにたっと笑って答える。
「ああ、従わないなら、殺すって意味だ」
彼の声とともに、鉄塊が壁を打ち付ける音がピタリと止まる。
全員が一斉に振り向いた先では、セナが『え? 殺っちゃっていいの?』とでも言いたげな、抑えきれない笑みとともにこちらを見返していた。
「あまりにも勝手だ!」
悲鳴にも聞こえる叫びとともに立ち上がったのは、やはり、貴族たちの中で最も若い男。
若さゆえの勇気か、しかし口を開くことすらしない他のものと比べれば、それは幾分かマシな反応だ。
「そんな誓約は国法に違反して——」
しかし、その男の叫びは見当違いな代物だった。
「革命っていうのは国王を殺すことじゃない」
男の声を制して、コウは口を開く。
「国王を介して、人々の敵となった国家を壊すことだ」
口ごもる男を前に、コウはずいと身を乗りだし、誓約書を男の胸に叩きつける。
「なら、今最も信頼できる法は、この紙切れだ」
——
セナの店に戻ったコウはその2階、寝室のベッドに腰掛け、深く息をついた。
会合は満足できる結果に終わった。セナがより不機嫌になったといえばその内容はわかるだろう。
コウは、体感的には久しぶりに訪れたくつろげる時間に目をつぶって首筋を伸ばす。ここ2日ほどまともに寝ていないのだ。
そのままベッドに身を投げ出したい欲求を抑えてコウはその人物が現れるのを待った。
「おや、少し遅れましたか?」
ノックの後に扉が開き、渋いブラウンのスーツに身を包んだ初老の男が現れる。年齢はゼルドロと同じ程度だろうが、ヒゲや傷など、ワイルドな風貌のゼルドロとは対照的に、笑みを浮かべて問いかける男は整えられた気品ある、上流階級然とした風体である。
「いや、丁度だ」
時間を確認したわけではないが、社交辞令的にそう返したコウは目の前の椅子をその男に指し示した。
男はその椅子に腰掛け、滑らかな動作で足を組む。
(まったく⋯⋯上流階級は洗練される動きも違うな)
皮肉な考えもよそに、コウは真っ直ぐにその男に向き直った。
「昨日は助かった」
簡潔、しかしそれはこれまでコウの見せたにやにやと相手を嘲る様な態度ではなく、真意のある感謝。
「いえいえ、こちらも、打算あってのものですから」
その言葉を笑顔で受け止める男、ウォズワンド・ベルチャック。
彼こそが昨夜、革命軍の前線になだれ込んできた貴族の私兵隊を指揮していた男であり、また怒りに震える彼等を押さえ込んだ張本人なのだ。
だからこそ、彼は会合に参加せず、またこうやって秘密裏に席を設けたのだ。
「しかし見事なものですね。軍勢を率いる才のある人物は、大抵政治に弱いものだと思っておりましたが」
唐突にウォズワンドは話題を変えた、コウはその話を、今さっき大勝を収めた貴族たちとの会合のことであると判断し、不満げに口を開く。
「あれは相手が弱かっただけだ」
しかし、ウォズワンドはコウのその言葉に、首を左右に振りながら返した。
「確かに、彼等は多少浅はかでしょうが、私が言っているのはフラット公の、あの第5条の悪辣さに対してですよ」
フラット公、フラット公爵かはたまた貴公を略したものか。
ともかく、コウが自身の名をコウ・フラットと記したのは魔道士組合に提出しかけた資料1枚だけであり、またしっかりと提出したわけでもないため、その名は名簿に載っていないはずだ。
ウォズワンドの恐ろしい情報網に唖然としているコウに対して、ウォズワンドは笑みを浮かべたまま口を開いた。
「『5つ、これらの誓約に違反したもの、了承しなかった者に対して、国防軍はその他の組織と連携しあらゆる形で制裁を与える』
この、『その他の組織』というのは要するに他の諸侯の事でしょう? とするならば、この一文は初代国王の統治から、政策と不可侵条約によって長らく牙を抜かれていた中小貴族にとって決定的な武器となる。
久方ぶりに手渡された武器に、彼らは大層困惑する事でしょう。おおかた疑心暗鬼となって、少なくともしばらくの間は満足に連携することができない。なるほど、なかなか秀逸で悪辣な誓約であると思いますが」
ウォズワンドの言葉に、コウはニヤリと唇を吊り上げる。
やはりある程度理解力のある者が相手の方が、この手の会談は面白いものだ。
それに、自身の考えた計略を悪辣と言われて、悪い気はしない。
そのあたりに、同類の匂いを嗅ぎ取ったコウは、笑みを浮かべて本題に切り込んだ。
「それで、あんたの要求はなんだ?」
ウォズワンドの言う打算とやらが、どんなものであるのか。
問われたウォズワンドは、こちらも笑みを浮かべて答える。
「難しいものではありません、ただ、次の戦争。ゼルカトリアとの戦争の際に私共、ウォズワンド商会から優先的に物資を購入していただきたいのです」
凄みのある様子から放たれたその言葉は、えらく拍子抜けする要求であった。
「は? そんなんでいいの?」
思わずつぶやいたコウに対して、ウォズワンドはハハハと笑う。
「フラット公にとってはそんなものかも知れませんが、私共商人にとってそれは、何よりも優先するべき代物ですよ」
なるほど、商人からすれば安定した太い流通ルートほど欲しいものはない。
自身を商人と断言するウォズワンドの態度は、確かに他の諸侯とは違うものであり、コウはその言葉を納得とともに繰り返した。
「へぇ、商人か」
しかし、コウの予想に反してウォズワンドは、その言葉に食いついた。
「そう、商人です。この商国に巣くう誰もが。彼等にはその認識が薄かった、それさえあれば、考えるまでもなくわかったはずだ」
大きく両手を広げ、空を掴む。
力強く握りこまれた拳は、急速に熱を帯びたウォズワンドの言葉に合わせて震える。
「この世のいたるところで起こる改変には、いつもそれ相応の『力』が伴う。そしてその『力』こそが『金』を押し動かす原動力です。それは商人にとっての好機、それを拒絶することのなんと愚かなことか」
呆気にとられたコウを前に、ウォズワンドは静かに両手を組んだ膝の上に揃え、笑みを浮かべて再び口を開く。
「無論、協力は惜しみません。全ての商品を適正価格で提供しますとも。ただ商売をするだけで他との差はつきますし、それに私としても、国が滅ぶのは都合が悪いですからね」
殊勝なようで実際はかなり厚かましい発言をしたウォズワンドに、コウは非難の眼差しを向ける。
「国は俺に守らせて、自分はそれで金稼ぎか?」
完成された価値観と思考。
会合に集った腐った連中とは違う、強かさをたたえた瞳で、ウォズワンドは答えた。
「先の利益と目先の利益、どちらも得ねばならないのが、商人の、難しく、面白いところです」
ーー
ウォズワンドとの密談を終え、少し間を置いて階下に降りたコウを迎えたのは、革命軍改め国防軍の錚々(そうそう)たるメンツだった。
「大丈夫でしたか? 相手方は満足そうに帰って行かれましたが」
窓際のテーブルに資料を広げ、何事かメモを取るクロバが問いかけたかと思えば、
「ウォズワンドじゃろう? あの男はいつもあんな顔じゃて」
カウンターに腰かけたゼルドロがグラスに注がれた茶のようなものをすすりながら答え、
「しかし、すっきりとした御仁でござったなあ。気品というか、おうらというのか」
どかりと床に座ったウチツネが体をひねって答えたかと思えば、
「あっ、動かないで!」
「傷口が開いてしまいます!」
その体に包帯を巻くリグルとリムカが大声でそれをたしなめる。
阿鼻叫喚とは言わないが、それにしたって、コウが初めて訪れた時に比べれば、この酒場も多少賑やかになったと言えるだろう。
しかし、その店主は相変わらず、カウンターのこちらでワインボトルとグラスを両手に寝息を立てているわけだが。
「それで、次はどうしますか?」
クロバの問いかけに、コウは大きくため息をついた。
そう、革命が成ったとしても、コウに休みはないのだ。
「よし、俺は王城に戻って色々調べるから、クロバはそれの補佐、と国家運営。ゼルドロは国中から有志を募って国防軍の強化。ウチツネは療養。リグルとリムカはシャルロットのところに行って手伝いと伝言係な」
多少仕事量に偏りはあるかもしれないが、それは個々の力量にあった役職であり、決して私怨から、悪口で勝てないクロバに対する報復などではない。
「分かりました」
「あいよ」
「御意にござる」
「分かりました!」
「了解です!」
しかし、コウの予想に反して、誰1人不満をこぼす事なく了承の意を示しつつ頷く。
「え、文句とかないの?」
どこと無く、根拠のない一体感にコウは疑問の声をあげた。
「ふふ、革命を成した英雄にしては、弱気な言葉ですね」
苦笑気味につぶやいたクロバの言葉に同調するように、ウチツネは笑顔で口を開く。
「コウ殿の言葉に、間違いはござらんからな」
しかし、彼の言葉は思わぬ人物を傷つけたようで。
「そうかそうか、わしの指導は間違いだらけじゃったか」
つぶやき、袴の裾をはためかせながら酒場から出て行くゼルドロに、
「あいや師範! 違うでござる! 師範!!」
慌てて立ち上がろうとしたウチツネを抑え込むリグルとリムカ。
馬鹿らしいその光景に笑ったコウは、しかし、どっと襲い来る疲労に、かくりと首をもたげた、そうすると目に入って来るのは心地よさそうに眠るセナの姿なわけで。
「あー、寝たい」
これが失言だった。
コウの言葉に、クロバは悪意ある眼差しをコウとセナの間で往復させる。クロバのその仕草にリグルとリムカは顔を赤らめ、出て行ったはずのゼルドロも入り口から顔を覗かせ、いやらしい笑みを浮かべる。
全く、一体感をどこで発揮しているのだろう。
「うん、言い方が悪かったな、睡眠を取りたい」
唯一の救いと言えるのが、ぽかん口を開けて皆の顔を見回すウチツネであるあたり、やはり、救いようがないか。




