第42話 そして革命は成る
ところで、俗に言う回復魔法は、大きく3つの分類に分けることが出来る。
傷を塞ぐ『修復』、体力を回復させる『再生』、病や毒などを癒す『治療』の3つだ。
この中で、足を切り飛ばされたコウが必要とするのは『修復』、その中でも上位に位置する『欠損修復』である。
しかし、もちろんそこは上位魔法、セナともみ合いになった時の様に一瞬で発動できるようなものではない。
加えてリリアの操る光剣はその間合いを自在に操作できるようであり、もしも魔法の詠唱がバレようものなら瞬時に閃いた光剣によってとどめを刺されるであろう事は確実。
最初の会話以降、一切こちらを振り返るそぶりすら見せないセナに協力をあおぐことも難しく。
従ってコウは、彼の上で放心したような表情で戦闘を見守るシャルロットにすら気づかれないほどに慎重に魔法を組み立てていた。
しかし、その慎重さが裏目に出たのだろうか。
コウが自身の足を修復し、立ち上がった時には、すでにリリアにとどめを刺したセナがふらつきながら一歩下がった後だった。
本末転倒とは正にこの事だろう。
バレない事にこだわるあまり、セナに戦闘を丸投げしてしまうとは。
コウは自身の行動のバカバカしさに呆れながら、今まさに倒れていくセナをスライディングで受け止めた。
不思議そうに自身を見上げるセナにコウは笑顔で語りかけたが、実際のところ何を言ったのかよく覚えていない、申し訳なさと気恥ずかしさから逃れるようにコウはその手を動かす。
せめてもの罪滅ぼしに、大急ぎで組み立てた魔法が放つ緑の光が、辺りをほのかに照らす。
『修復』、その光は確実に彼女の傷を癒し、彼女を死から遠ざける。
しかし、セナの傷口から流れ出る血が止まったと同時に、彼女の傷口とコウの手を包む光はふっと消えた。傷が癒えきった訳ではない。コウの魔力が底を尽きたのだ。
特別魔力が多いわけではないコウにとって、自身の足を治した『欠損修復』は相当な負荷になっていたのだ。
しかし、セナの出血も止まり、瀕死の危機は脱した。今はこれで十分だろう。
「全く、呆気ないものだな」
立ち上がったコウの耳に、静かなその声が届く。
声の主は国王、ルインライラット二世だ。
血痕に焦げ跡、魔法や剣闘の痕跡が其処彼処に刻まれた凄惨な広間の中で、そこだけが切り抜かれたかのように傷一つない玉座に座ったライラットは肘置きにもたれ掛かり、磔にされ息絶えたリリアを見つめる。
「呆気ないか? けっこう壮絶な最後に見えるけどな」
とぼけたように答えたコウの言葉は、半分本心だ。
欲望をさらけ出し、本性をむき出しに戦い、絶叫の末に息絶えた彼女の死に様が呆気ないならば、世の中の全ての人間の死はおおよそ下らないと言えるだろう。
「なに、あれ程に我を貫いた人間の最後にしては、なにも残らんものだと思ってな」
ライラットの言葉は半ばコウが予想していたものだった。
やはり誰しも、どのような人間の最後であっても、ある種の感慨深いものを感じるようだ。
「まあ、悪党の最後としては妥当だろうさ」
何気なく返したコウの言葉に、ライラットは少しの間何事か考えるようなそぶりを見せた後、こう切り出した。
「自身の幸せを求める事は悪か?」
静かに問いかけたライラットの言葉は、ある意味で真理だ。
リリアの独善主義は、人の為に死ぬか、自分のために生きるかの選択に似ている。
当人にとってかけがえのない自身の人生を、より良いものにしようとするリリアの姿勢は、彼女のとった行動はどうであれ、人間の一つの姿であり、どちらが優れているかはコウに断ずる事は出来ない。
しかし、
「勝者がそう判断すれば、敗者の全ては悪だ」
歴史に、後世にそれを語るのは、往々にして勝者の口。
悪びれる様子もなく、淡々と言い切ったコウに対して、
「其方も、それほど善良という訳では無いようだな」
ライラットは興味深そうに応える。
「まあな、この革命も遊び半分だし」
ライラットの言葉を問いかけと受け止めたコウは、肩をすくめながら返した。
コウの言葉はリリアに匹敵する程に自己中心的なものであり、ライラットはその答えに小さく笑い声をあげた。
その笑いは徐々に小さく、力のないものに変わっていく。
「余は⋯⋯私はもう疲れた。この国は私の手に余るものだった。昔も⋯⋯今も」
かすれるように消えた笑い声に変わるように、ライラットの口から放たれた言葉は、王という立場を忘れた、1人の老人の独白だった。
「そんなもんか? 親父の作った国だろう」
ただ、彼にこのまま塞ぎこまれてしまってはかなわない。
コウはそれほど興味があったわけではないが、ライラットの言葉に多少の反応を示した。
「私は前王の子ではない。あの方は妻子を持たなかった」
しかし、力なくうなだれるライラットは、思いもよらない言葉を口にする。
「じゃあなんであんたは二世だなんて名乗ってるんだ?」
コウの問いかけに、ライラットは過去を思い返すような遠い目をしながら巨大な玉座に背中を預ける。
「前王は⋯⋯化け物だった」
つかの間の静寂の後に放たれた言葉は、突拍子もないものだった。
「彼は⋯⋯恐ろしかった、恐ろしく聡明で、冷徹で⋯⋯特別な人間だった」
答えになっていない回想はなおも続く。しかしその言葉の端々にちらつく劣等感や、諦めが、彼の心情をコウに示した。
「彼でなければこの国は回せない、だから私は彼に⋯⋯ルインライラットになることにしたのだよ」
力なく口を閉ざしたライラット。
はっきり言って、この説明だけで彼の背景を知る事は難しい。
しかし、それは今のコウにとって興味こそ惹かれるが重要な話ではない。
「無駄話が過ぎたな」
ライラットのその言葉に合わせて、コウは本題へと話を戻した。
「さて、悪いがこの戦いはぽっと出の悪党の首で方がつく類のものじゃない」
革命の本題とはすなわち決着、そしてそれはリリア・テレスという悪党の死では終わらない。
「決着には国民をないがしろにしてきた愚王の首が必要だ。まあ、あんたにもあんな悪党に好き勝手させていた責任があるしな」
コウは大仰に腕を広げながら言葉を放つ。
ここにきて、ふざけた姿勢を崩さないコウに対して、ライラットはもう一度口を開いた。
「其方は、この国をどうするつもりなのだ?」
それは、王として当然の問い。
「ま、悪いようにはしないよ」
しかし、コウはその問いをはぐらかす。
「民を救えるのか?」
その問いは、ライラットの心からの問い。
「救われるか否かはそいつら次第だ」
それすらも、コウは飄々とはぐらかした。
「けど、少なくともその選択肢ぐらいは示してやるさ」
ただ一つ、最後に示したコウの意思に。
「そうか⋯⋯」
ライラットは満足げに目を閉じ、頷いた。
「ならば、余は愚王として醜くこの座にすがりながら果てようではないか!」
しかし、再びかっと目を見開いたライラットが放つ覇気は、それまでの比ではない。
言葉とともにライラットは立ち上がり、玉座の横から一振りの直剣を取り出した。
リリアやシャルロットが操った長剣に比べて幾分か短く、過剰に装飾が施されたそれは、実戦からは程遠い国王に相応しい、見てくれの傑作。
剣帯から抜きはなった刀を構えるコウの前で、ライラットは慣れない手つきでそれを抜き、
自身の胸に突き立てた。
「陛下!」
シャルロットの悲痛な叫びが響くなか、ライラットは崩れ落ちるように玉座に腰を下ろした。
ゆっくりと広がる血を確認したライラットは、脱力したように顔を上げた。
口を開き、何事か話そうとした彼はしかし、咳き込み、服の袖を血で汚す。
「ありがたいな、手間が省けた」
浅く息をつくライラットに、コウは刀を肩に担ぎながら語りかけた。
尊大な口ぶりのコウに、ライラットは少しばかりの笑みを浮かべる。
「ならば⋯⋯この私の命に免じて⋯⋯一つ頼まれてくれぬか⋯⋯」
息も絶え絶えのライラットの言葉に、コウは視線で先を促す。
「騎士長を⋯⋯シャルロットを⋯⋯悪くしないでやってくれ⋯⋯それは⋯⋯私にとって⋯⋯娘のようなもの⋯⋯なのだから⋯⋯」
人の心を押し殺し、異端の王の背中を追い続けた男は最後に、父親として生き絶える。
「世が世なら、あんたは賢王だったさ」
再び雲間から顔を出した月が照らす国王の姿に、コウは小さく呟いた。
「ただ、今がその時代じゃなかっただけだ」
——
国王の最後を見届けたコウは、刀を鞘に戻すと横たわるセナに歩み寄り、抱きかかえる。
身長に比べて細い彼女の体は軽く、たやすく持ち上がった。
横抱き、いわゆるお姫様抱っこの形だが今は非常時、文句を言う人間はいないだろう。
セナを抱え上げたコウはぐるりと辺りを見回す。
リリアを貫いて壁に突き立つセナの大剣は簡単には抜けそうもなく、また抜けたところで持てそうにもない。
再びセナの怪力を再確認したコウは、放心してへたり込むシャルロットを尻目に広間を後にした。
「どうやら、心配は無用だったようですね」
セナを抱え、中庭に一歩踏み出したコウに、薄く開いた城門からするりと現れたクロバが安心したような声をかけた。
「おう、ん? 何がおかしい?」
しかし、足早に駆け寄ってきたクロバが突如微妙な表情を浮かべたことに、コウは疑問の声をあげた。
「いえ⋯⋯それ程に身長差があると横抱きも映えないものだと思いまして」
笑いを噛み殺したようなクロバの視線が一瞬セナの足先へと向かう。
抱き上げているにも関わらず、地面を擦るその足先は、コウとセナの絶対的な身長差を如実に示しているわけで、
「うっせ」
コウはその一言でクロバを黙らせ、同時に現実から目を背けた。
「これでひと段落ですか」
言葉に反して達成感にかけるクロバの声に、コウはたしなめるように返す。
「なに言ってんだよ、大事なのは今からだ」
そう、重要なのはこれから。『勝利』だけでは終われないのが革命というものである。
「そうですね。では、始めましょうか」
「ああ、ここからが大変なんだよな」
革命という国家の根幹を揺るがす大変革をなしたハタツミに、ゼルカトリア公国は間違いなく攻め込んでくるだろう。
戦争。
その国家をかけた戦いを前に、やらなければならない事は山積みなのだ。
「それでは、私は右を、コウ様は左からお願いします」
しかし、クロバとコウの間には多少の認識の差があったようで。
「うわっ」
城門を開け放った先は、まさしく死屍累々。
ミンチか肉塊と表現したくなるような死体の山に、コウは思わず声を漏らした。
犯人は無論、セナである。
「さあ、早く片付けましょう。この有様は民衆に見せると反感を買いかねません」
そう声をかけるクロバは、どこからか持ってきた荷車にせっせと死体を放り込み始めている。
「まったく、勘弁してくれよ」
眼前に広がる惨状に、コウは腕の中で心地好さそうに寝息を立てる死神を、ため息混じりに見下ろした。
次週、新章スタートです。




