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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
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第40話 殺意の差


 剣のぶつかる硬質な金属音と風切り音、そして淡々と続けられる詠唱えいしょう

 リリアの戦闘は、コウやシャルロットの想像を超えるものだった。

 規格外の間合いと威力を誇る大剣を、まるでナイフか何かのように振り回すセナの猛攻を前に、リリアは長剣と光剣魔法の二刀を使って対等以上の立ち回りを演じていた。

 もちろん、二刀といってもセナの斬撃は正面から受け止められるものでは無い。しかし、リリアの左手の延長線上を飛翔する光剣がセナの攻撃のタイミングに合わせてひらめき、セナはそれの対処のために攻撃の手を緩めざるをえなかった。

 驚くべきはその光剣魔法だろう。近接戦闘でのうのうと術式を詠唱するなど、斬ってくれと言っているようなものなのだが、最低限の術句じゅくで発動した魔法を、後から維持術式を唱えることで維持する戦法は、実に理にかなっている。

 加えて、左手の延長線上に滞空するという特性を与えられた術式は、リリアの動きに合わせて柔軟に飛翔し、魔法が抱える瞬間的な対応力が致命的なほどに足りないという問題を克服している。

 それでいて、リリアが唱える術式は独自の術句じゅくを用いているのか、このひと月、それなりにこの世界の魔法に触れてきたコウも初めて聞く言葉であり、術式を間近で聞いていても次の手が読めない。その部分にもリリアの抜け目のなさが伺える。


 そして、それは読み合いにおいても然り。

 三度突撃するセナ。

 その踏み込みはこれまでよりはるかに大きく、鋭い。

 一歩で目と鼻の先まで迫った彼女の踏み込みは、リリアの光剣による多彩な中距離戦を封じるためのものだ。

 しかし、それは同時にセナにとっても、大剣が最も有利な間合いを捨てるという事。

 鈍重な大剣しか持たないセナと、一般的な長さの長剣を扱うリリアでは、圧倒的に後者の方が素早く、対応力も高い。


 だが、セナの攻撃はその状況でなお、速かった。


 大きく後ろに振りかぶられた大剣が、振るわれる事なくリリアに迫る。

 いつの間にか大剣を逆手に持ち替えていたセナは、そのつかをリリアのみぞおちめがけて突き込んだのだ。


 確かに、この方法ならばリリアの振るう長剣に対して、その速度に負ける事なく一撃を加える事ができる。あれほどの重量の大剣であれば、柄うちでも十分なダメージを与えることができ、そしてその追撃として放たれるであろう攻撃はコウも体験済みの、やたらと洗練された超強力な拳である。


 しかし、リリアがここで見せた対処はその上を行く物だった。

 彼女が動かしたのは、上段に振りかぶられた右手ではなく左手。剣を持たない左手は後出しに近いタイミングでありながらも、十分にセナの攻撃に間に合った。


 セナの突き出す柄とリリアの左手が交錯する寸前、リリアの手に光の剣が舞い戻る。


 激しい火花を散らせながら、セナの大剣は直撃の軌道から逸れた。


 一見反射的にも見えるリリアの防御は、実はそう簡単なものでは無い。

 リリアはあの光剣を維持するために、絶えず術式を唱えているのは先述の通り。

 位置こそ左手の延長線上で固定されてはいるが、彼女の光剣魔法に最初から含まれている要素はそれだけ、つまり、彼女の光剣が柔軟に間合いを変えられるのは維持術式と同時に間合い調節の術式を唱えているからである。

 当然ながら、術式とは言葉。瞬く間に数行の呪文を唱え切ることはできない。

 つまり、彼女はセナの攻撃をあらかじめ予想して、光剣を手元に戻す術式を唱えていたということだ。

 刹那の読み合いは、リリアの勝利に終わった。


 そして、それを裏付けるように、高らかに振り上げられたリリアの長剣がきらりと光った。


 絶体絶命の状況下で、セナは踏み出した右足に強く力を込める。

 つま先で踏ん張り、右足全体をバネのようにたわませ、弾く。

 空を切り裂いて跳ね上がった右足は、反射的に仰け反ったリリアの鼻先と、剣の側面をかすめた。


 さて、踏み込んだ軸足を蹴り上げ、あまつさえ空ぶるという、惨状を前に、セナは笑みを崩さない。

 常人ならばそのままに落下し、前後開脚に悶絶しているところを斬り捨てられて終わりだが、セナは違った。

 大剣を握る右手を重りにして、地についている左足を前に滑らせる。

 軸となる接地面が一切ないにも関わらず、蹴り上げの反動を利用したセナは一瞬で重心を入れ替える。

 苦し紛れの蹴り上げはその直後、攻防一体の鮮やかなバク転に化けた。

 

 飛び下がったセナと、上体を戻したリリア。

 瞬間的な空白の時間に、セナは俯いたままにつぶいた。


「ほんと、なんにも変わってないわね」


 ゆっくりと顔を上げた彼女は唇の両端を上げ、にんまりとした笑みで続ける。


「ふふん、成長してないって言った方がいいかしら? 剣の腕も、魔法の腕も⋯⋯ああ、あと身長と胸も」


 安い挑発だ。

 先程までの自身の言動を棚に上げ、コウは内心そう考えていた。

 しかし、やはり何と言っても彼女らは因縁の間柄、その辺りは本人にしか分からないタブーもあるようで、

 ともかく、セナの挑発はコウの予想に反して、リリアの逆鱗に触れたようだった。


「⋯⋯あなたが、その口でよく言いますね。訓練もせず作戦も立てず、毎回毎回、乱雑に斬り散らかすだけ斬り散らかして⋯⋯私達の仕事も考えずに⋯⋯」


 一瞬、笑みを失ったリリアの顔は、さながら人形の様でもあった、しかし、無感情という訳ではない。

 目の奥に見え隠れする暗い光は、彼女のセナに対する強烈な憎悪を表していた。


「私達って⋯⋯裏切ったのはマリー、あんたでしょ?」


 計算の上なのかは定かではないが、敵意も何もなく、ただ驚いた表情で問いかけるセナの態度は、見事なまでにリリアの神経を逆なでした。


「裏切り者はあなたです⋯⋯ほんとに、あの隊は全員頭がおかしかったんでしょうね、死体をいじっていればそれでいいなんて⋯⋯狂気もいいとこです」


 しかし、リリアはその怒りを飲み込んで冷静に答える。

 

「そのゴミを片付ける私の身にもなれっていうんですよ」


 続けられたリリアの言葉に、今度はセナが表情を曇らせた。


「もー、私の人生最大の失敗はあの隊に入れられた事でしたよ。実績と権力を兼ね備えた優良部隊だと思ってたのに、隊長が殺人狂だったなんて。ほんとに最低ですよ。安定した立場と名声に権力、今の幸せを手に入れる為に、何年も無駄にしたんですから」


 言葉や内容とは裏腹に、笑みを浮かべながら答えたリリア。彼女のそれは感情より挑発の側面が強いように見える。

 そんなリリアとは対照的に、笑みを収めたセナは静かに問いかけた。


「幸せ?」


 月明かりの下、問いかけるセナの表情に、それまでのどこか快楽的な影はない。

 あまりに突拍子もないセナの問いとその視線に、一瞬息を詰めたリリアは直後、唇を釣り上げながら口を開いた。


「当然です。やっとなんですよ? あなたのせいで騎士生からやり直す羽目になったんです。バカもマヌケも、ノロマもグズも、全部ぜーんぶ蹴落としてたどり着いたんです。欲しかった、やっと手に入れた、何の不自由もない平穏なんです」


 リリアの言葉は、吐き気がするほどに独善的だ。

 しかし、彼女にとってはそれが全てなのだろう。

 自身の喜び、自身の幸福。

 ただそれだけを優先する彼女の姿は、非常にセナと似通ったものだった。


 唯一、違う点があるとするなら。


「平穏⋯⋯か」


 少しだけ笑みを浮かべ、まるでその単語を避けるようにふっと目を伏せたセナ。 


「その下に積み重なった命を⋯⋯死を、あんたは考えたことある?」


 小さな、こぼれ落ちるような声で問いかけたセナ。

 一見弱々しくも見える彼女の態度を、リリアはそう受け取った。


「さあ? まあ、彼らの下らない命も、少しは私の幸せの足しになってるんじゃないですか?」


 堂々といい放たれた外道きわまりない言葉に、しかしセナは、満足したかのように笑みを浮かべた。


「ふふっ、最低だね、あんたも」


 心の底からの罵倒に、


「あなたには言われたくないです。殺人鬼さん」


 リリアも皮肉げに答える。


 2人の差、それは奪ってきた命に対する接し方、その一点だった。


 4度目の突撃を敢行かんこうするセナ。その跳躍はこれまでに増して鋭く、彼女が振るう大剣は、その錆びついた刀身でなお、ギラつくような光を放つ。

 相対するリリアは、光剣を手元まで引き寄せ、その柄を握り、まっすぐにセナに突きつけた。


「あ、そうです。さっきの成長してないっていうの、取り消してください」


 おもむろに放たれたリリアの声と同時に。


「あ、おい!」


 切迫したコウの叫び——


 ぶじゅる


 湿ったような、ひどく耳障りなその音が響いた瞬間、セナの突撃はピタリと止まった。


「はあ⋯⋯あ⋯⋯」


 大剣を握った右腕を振り上げたままに、セナは自分の胸元に視線を落とす。

 身長に比較して相当に細いその体を貫き、背中から胸へと突き出すそれは、リリアが用いた光剣と全く同じもの。

 次の瞬間、リリアの握るもう一本の光剣が撃ち出された。

 矢のように飛翔したその光剣は、衝撃に固まるセナの腹部を容赦無く貫いた。


「あ⋯⋯うぁ⋯⋯」


 がくりと膝をついたセナ。瞬間、堰を切ったように溢れ出した血が、その胸と腹ににじむ。

 2本の剣に貫かれたセナを前に、リリアは平然と口を開いた。


「私も少しは成長してますから」



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