第37話 束の間の決着
迷いを捨て、甲冑という重りを脱ぎ捨てたシャルロットの剣の速度は想像を絶するものだった。
先程までの足捌きのみでひょいひょいと攻撃をかわしていたコウの姿は何処へやら、刀に左手、その上で蹴りやフェイントまで織り交ぜてやっとシャルロットの攻撃を捌ききれるような現状は、援護のないコウにとって相当に不利な状況である。
しかし、それでいて余裕の笑みを崩さないのだから、コウも相当の食わせ者であるが。
「さーて、なんの話だったか、そうそう、どうして俺が国を貶めるのかって話だったよな」
瞬く間に4度斬りつけるシャルロットの連撃を慌ただしくいなしながら、コウはシャルロットに向かってにやにやと笑みを向けながら口を開いた。
「ああ、できるだけ簡潔に頼む」
しかし、シャルロットの予想外の答えに意表を突かれたのはコウの方だ。
「⋯⋯『耳をかす事はない』んじゃなかったのかよ」
つい数十秒前の言葉は何だったのか、平然とコウの言葉に応じたシャルロットに、コウは我慢できずに苦言を呈した。
「いや⋯⋯やはり騎士長たるもの、民衆の長としてこの場に立つ貴様の考えは聞いておくべきだと思うのだ」
つくづく、このシャルロットという人物は騎士長という肩書きが疑わしく思えるほどに優柔不断な性格をしている。
憂いを帯びた美女といえばなかなかに魅力的な響きだが、軍隊のトップがその様でどうしようというのだろう。あるいは、それを差し引いても組織が成立するなんらかの力が彼女らにはあるのかも知れないが。
しかし、相対するコウにとって、言葉による撹乱が通用する事が好都合であることに変わりはない。
不鮮明な疑問を棚上げし、コウは剣戟の最中に口を開いた。
「なるほどな、なら答えさせてもらいますか⋯⋯俺たちの目的は国王の殺害、及び現在の国家運営形態の淘汰。まあ、要するに革命行動だ。そこまでは知っての通りだな」
度重なるシャルロットの追撃を、バタバタともつれそうなほどに慌ただしい足取りで後退しながらいなしたコウは、そんな醜態など微塵も感じさせないほどの堂々とした声音で言葉を放つ。
「さて、じゃあその理由だが⋯⋯1つはこの国の下手くそな侵略に対する対処の是正だ、国土をろくな見返りも保証もなしに明け渡すなんてあり得ないだろ、普通は。刻一刻とすり減っていく平和の境界線を見れば、民が反旗をひるがえすのも当然だろ」
大きく距離を取り、とうとうと語るコウに対して、
「私たちの行動は戦争を回避する為の最善のものだ」
シャルロットは、至極簡潔な答えと共に間合いを詰める。
一息にコウの鼻先まで踏み込んだシャルロットは、その速度をそのままに自身の長剣を鋭く突き込んだ。
防御のために側面から刀をぶつけたコウは、その一撃の強度に目を見開く。
コウの刀を弾いたシャルロットのひと突きは、ほとんどその軌道を変える事なく、コウの体に迫った。
しかしながら、ことごとく、コウの対処はシャルロットの予想の上を行くものであった。
一体どういう体さばきなのか、コウは体をくの字に折り曲げ、まるで何かに弾かれたかに思えるほどの速度で飛びすさった。
ただ、さしものコウも、あれ程の突きを無傷でかわす事は難しい。かすめた切っ先によって切り裂かれたシャツの腹部と、そこに滲む赤い血を一目見たコウは、忌々しげに舌打ちをしながら口を開いた。
「ちっ⋯⋯まあ、そんならそういう事にしといてやるよ」
それっきり、自身の腹の傷には目もくれず、刀を構えなおしたコウは再び唇を歪めながら言葉を放つ。
「じゃあ2つ目の理由だけど、これは単なる報復だ」
今度はコウから踏み込んだ。
全速力で駆け込んだコウは、読み合いや防御の一切を無視して強引にシャルロットと切り結び、最大級の力を込めて鍔迫り合いを強要する。
「報復⋯⋯だと?」
コウの剣圧を真正面から迎え撃ったシャルロットは、その刀を押し返しながら聞き返した。
「そう、報復だ。守らず、救わず、見捨て、あまつさえその手で民を殺した国家に対する、な」
しかし、続くコウの言葉はシャルロットに少なからぬ動揺を感じさせるものだった。
「殺⋯⋯した?」
再び踏み込もうとしたシャルロットの足が止まる。
その瞬間を見計らって飛び込んだコウ。シャルロットの前進を予測して放ったリリアの火球の魔法は、コウとシャルロットの両名を大きく迂回して炸裂し、不発に終わる。
シャルロットの動揺につけ込み、再び鍔迫り合いに持ち込んだコウは、おもむろに口を開いた。
「数日前、エルフの村が襲われた。ドルフと、奴隷商の連中にな」
今のシャルロットであれば、手負いのコウの刀など容易に弾き返せるだけの力があったはずだ。
しかし、彼女にはそれが出来なかった。
「村の大人達を殺して、女子供を掻っ攫ったそいつらはどこに行ったと思う?」
太々しい、小馬鹿にするような笑みを浮かべてコウは形ばかりの問いを放つ。
「ここ、王都の中だ」
コウのその言葉に、シャルロットはその日一番の衝撃を受けた。
「なぜだと思う?」
問いかけるコウの言葉に、シャルロットは答えることができない。
「お前ら騎士が、見逃したからだ」
「騎士長様! 惑わされてはなりません!」
リリアの怒声はシャルロットに届かなかった。
相手の口撃に惑わされるなど普通ならばあり得ない。
しかし、あるいはシャルロットの心の何処かにコウの言葉と同じ不安があったからか。
騎士団が長きにわたって掃討を目指してきた奴隷商。しかし、国内最大勢力の軍事組織が総力をもってしても足取りすらろくに掴めない現状。
やっとの事で見つけた商談の情報も、不自然な程に早い奴隷商の対応に徒労と化す。
どれ程に手を尽くしても漏れる情報に、幾度と無く騎士団の中の内通者を疑ってきたシャルロット、しかし彼女が考えないようにしていた1つの可能性を、コウはあっけらかんと言い放った。
「いや、もっと言えば、そいつらをあの村に差し向けたのもお前達⋯⋯いや、王だろう。ゼルカトリアに差し出す領地の、住民の反発を物理的に握り潰し、あまつさえ貴族どもに奴隷売買を容認する形で恩を売る。なるほど、国としては得の多い策略だ」
コウの言葉に、気が遠くなるような錯覚を覚えたシャルロット。
その隙を見逃すほどにコウは甘くない。
噛み合う刀への力はそのままに、右足を振り上げ、大鎌をなぐようにシャルロットの足を払う。
どさりと倒れ込んだシャルロットに、コウは刀を向けなかった。
驚愕の表情で虚ろに視線を落とすシャルロットは、自身の長剣に何者かが触れる感触にはっと顔を上げた。
と同時に、長剣を大きく引っ張られバランスを崩す。
視界がぐるりと半回転し、前のめりに引きずられる格好となったシャルロットは、目の前のコウの姿に目を見開いた。
「選ばせてやろう」
顔を覗き込むように屈み込み、自身の首にシャルロットの長剣をあてがったコウは、鋭い視線で問いかけた。
「俺を殺して王を守るか、剣を引いて民を救うか」
かつて、これほど尊大に自身の命を賭ける人間が居ただろうか。
「国王陛——」
「自分で選べ」
振り返ろうとしたシャルロットを、コウが剣を強く掴む事で追い詰める。
その拍子にコウの首筋から一筋流れた赤い血に、シャルロットは怖気にも似た感情を覚えた。
訪れた静寂、それを破るものはいない。
震える手で、ゆっくりと引き下げられた剣。
かたりと、小さな音を立てて、自身の手から離れた長剣を前に、シャルロットは崩れ落ちるように地に手をついた。
それを見届けたコウは、ゆっくりと立ち上がり数歩後退する。
「騎士長⋯⋯」
静かなライラットの言葉に、
「申し訳ありません。国王陛下⋯⋯」
震える声でシャルロットは答える。
決定的なシャルロットの言葉は、
「騎士長様! 剣を置いてはいけません!」
リリアの叫び声にかき消された。
「リリア⋯⋯」
やっとの事で声を絞り出したシャルロット。
「剣を取ってください! 諦めないで! 早く目の前に立つ逆賊を打つので——」
「リリア!!」
必死にシャルロットを奮い立たせようとする、リリアを、シャルロットは顔を伏せたまま、声だけで押しとどめた。
「私は、もうだめだ。私には彼を殺すことはできない。私に、彼を斬る資格は、ない」
何者も言葉を発さない、発することができない静寂。
天窓から斜めに差し込む月明かりがまるで彼女を包み込むようにようにシャルロットの周りを照らしていた。
しかし、世界は誰もが思う通りに行くものではない。
ゆっくりと顔を上げたシャルロットは、凄まじい速度で地を蹴ったコウと、眼前に迫る刀の刃に目を見開いた。
——
閃きのきっかけは、どんな時でも不意に訪れる
「おや?」
クロバのそれは、ウチツネが打ち倒した女性騎士であるアンバーの生死を確認する為に、脈を取ろうと何気なく掴んだ腕に現れた。
腕を持ち上げた拍子に、するりと滑った騎士服の袖の下から現れた銀の腕輪に、クロバは目を留めた。
「これは⋯⋯」
一切の動きを止めて考えを巡らすクロバ。
ウチツネの処置を終えたヘイズメルは立ち上がった時、クロバのその異変に気づき、声をかける。
「どうしたんだい?」
彼の言葉に、あたりにいた全員がクロバに視線を向け、
その瞬間、彼は弾かれたように動き出した。
アンバーの騎士服、その襟首に手をかけ、胸元をはだけさせる。
「ちょっと君! 何をしているんだい!」
慌てたようなヘイズメルの怒声と、大勢の驚きと非難の視線を一身に受けながらも、クロバはそれを見つけ出した。
「やはり⋯⋯」
クロバがアンバーの首元から取り上げたのは金でできたネックレスだった。よく見ると、中央に欠けたような跡があり、なんらかのパーツを無理に取り去った後のようにも見える。
「それはなんでござる?」
彼の手元を覗き込んだウチツネが疑問の声を上げる。
「この金のネックレスは、任命された騎士全てに与えられるものです。その中でも上位の騎士は中央に王家のレリーフが施されたペンダントを承ります」
淡々と語るクロバ。その口調には何処か焦っているような部分があり、彼らしくないその態度は異様な緊張感をその場に生み出す。
「しかしこのネックレスにはその紋章を引きちぎられた跡があります。それはつまり忠誠の対象を国王から別の何か、誰かに移しているということ」
さっと立ち上がったクロバは、ネックレスを胸ポケットにしまい、アンバーの右腕から腕輪を引き抜きながらつぶやいた。
「まずいことになりましたね⋯⋯私はコウ様の援護に向かいます」
足早に歩き出したクロバに、
「待て、ではその腕輪はなんなんだい?」
ヘイズメルが問いかける。
「これですか?」
ヘイズメルの言葉に、クロバがポケットにしまいかけていた腕輪を持ち上げる。
「この装備は副騎士長直属部隊を示すものです」




