第36話 静寂、それでいて優柔不断
月下の王城、天窓から差し込む月明かりに照らされたその一室を、2人の剣士が縦横無尽に駆ける。
流れるように剣を振るうシャルロットと、それに一切刀を合わせる事なく足捌きのみでかわすコウの姿はさながら、音も無く踊る2人の舞踏家のようであった。
しかし、淡々と剣を振りながらも、シャルロットは内心、相当な焦燥感に駆られていた。
素早く踏み込んだシャルロット。その速度をそのままに、長剣を一文字に斬り払う。
威力より速度を優先した彼女の攻撃は、風切り音を立てながら空を斬った。
「くっ⋯⋯」
彼女の目の前で、余裕を持って一歩退いたコウの涼しげな表情に、思わず声を漏らすシャルロット。
別に、コウの動きがとび抜けて早いわけではない。その点で言えば、剣士としての天性の才と幼少の頃からたゆまぬ努力を積んだシャルロットの斬撃の方が、常人には見切れないほどの速度に達している。
彼が異常なのは、その反応速度だ。
シャルロットが一歩踏み込んだ瞬間、コウは一歩下がっている。
シャルロットが一歩下がった瞬間、コウは一歩踏み込んでいる。
言葉にすれば簡単だが、それは、少なくともシャルロットには理解し難いほどの異様な速さだった。
シャルロットの攻撃をかわし、余裕の笑みでひらひらと手を振るコウに対し、シャルロットは歯を食いしばって追撃する。
剣を振り切った体勢から更にもう一歩踏み込み、強引に剣を切り返す。
しかし、当然のように一歩下がっていたコウは、彼女のその斬撃を見るや否や、今後ろに下がったとは思えないほどの速度でシャルロットに向かって飛びこんだ。
自身が振るう剣に向かってずいと伸ばされるコウの左手に、シャルロットは慌てて剣を引き、飛び下がる。
実際のところ、コウに振り下ろされた剣を受け止めるほどの握力はない。
開幕、シャルロットの一撃を掴んだのは、彼女の風を利用した加速魔法を、左手に込めた魔力で相殺した結果に過ぎず、シャルロットの見せるコウの左手に対する警戒は過剰というより他ない。
そしてその反応は、シャルロットのコウに対する過大評価の証拠であり、それに気づいたコウがその誤解を利用しない手はない。
空ぶった左手をそのままに、コウは着地点からもう一度シャルロットに向かって床を蹴る。
これまで防御的な立ち回りをしていた彼のこの行動に違和感を感じていたシャルロットは、直後、彼女の両腕のすぐそばを飛翔した2つの火球に目を見開く。
そのままコウの両肩をかすめた火球は、数瞬前まで彼が立っていた場所で収束し、爆発する。
それは紛れもなく後方からシャルロットを援護するリリアの魔法だった。
それ自体は驚く事ではない。リリアの援護は戦いの初めから絶えず行われていた物であり。タイミングも普段からシャルロットが行う連携パターンと変わらない。
しかし、シャルロットですらそれを忘れるほどの張り詰めた剣戟のなかで、彼女にすら当たりそうになる程に遊びを切り詰めたリリアの魔法を当然のごとく予知し、かわす彼の能力に驚いたのだ。
シャルロットの驚愕も他所に、一気に距離を詰めたコウはシャルロットに向かってずいと左手を突き出す。
反射的に切り下ろされたシャルロットの長剣の側面を、コウは左手で押しのけるようにそらす。
そのままもう一歩踏み込み、左手の指を一直線に揃えて手刀とし、シャルロットの腕を滑らせるように肘の内側、甲冑の継ぎ目となっている部分に打ち込む。
そこは甲冑の継ぎ目であると同時に関節、骨と骨の継ぎ目。
素手であれ、そこに強烈な打撃を加えれば衝撃は神経にまで達し、痛みと共に痺れや痙攣にもにた感覚がその腕を襲う。
激痛に顔を歪め、長剣から手を離したシャルロットの腕に絡みつかせるように掴み、引き寄せる。
完全に体勢を崩したシャルロットに、もはや成すすべは無かった。
——
剣を落とし、膝をつかされ、首筋に刀を突きつけられてなお、毅然とした表情でコウを睨み付けるシャルロットに、どう声を掛けたものか迷っていたコウは、唐突に口を開いたシャルロットに多少驚いた。
「なぜ、それ程の力を持って国を貶めようとするんだ」
問いかけというには怒りの色が強いその言葉に、コウは答えることができなかった。
感情のこもった彼女の言葉に胸を打たれたなどというわけではもちろんない。精神的にではなく、物理的に回答を封じられたのだ。
瞬間、コウの顔のすぐ前に浮かび上がった青白い球体に、彼はシャルロットから手を離しながら飛び退いた。
直後、炸裂した光球は、強烈な突風を巻き起こしてコウの全身を打つ。
跳躍も相まって凄まじい勢いで弾き飛ばされたコウは、空中で体勢を立て直し、扉に足をつくことで激突を回避した。
そのままストンと着地したコウは、シャルロットの方を見やる。
跳躍と後方の猶予によって衝撃を逃したコウとは違い、座り込んでいた体勢から地面に押し付けられるように爆風を受けたシャルロットの状態は悲惨なものだった。
咄嗟に顔を覆ったのだろう。顔の前に出された右腕は、その甲冑の全てが消し飛び、生身の腕に縦横の傷が走る。その他の鎧もひび割れ、砕け、ところどころ露出した素肌にも、一様に切り刻まれたような痛ましい傷が刻まれていた。
普通ならば即死していてもおかしくない程の威力だが、彼女自身に風魔法に対する理解があったおかげか、そのダメージはコウの想像を下回るものだった。
だとしても十分に重症なその傷を受けてなお、シャルロットはすくっと立ち上がる。
「シャルロット様! ご無事ですか!?」
仲間ごと巻き込んでとんでもない威力の魔法をぶっ放したリリアの切羽詰まったような言葉に、コウが『やったのお前じゃん』と頭の中で突っ込んでいる中、シャルロットはそれはそれは凛々しい声で答える。
「ああ、すまないリリア、手間をかけさせた」
その言葉とともに、ボロボロの甲冑を脱ぎ捨て、騎士服姿となったシャルロットはおもむろに遠くに転がる自身の長剣へと右手を突き出す。
彼女の長剣は、まるで風にさらわれる落ち葉のように軽々と宙を舞い彼女の手へと舞い戻った。
「⋯⋯いや、やはり貴様の考えなど私には関係の無いもの。耳を貸す事はないな」
そのまましばらくその長剣の刀身に視線を落としていたシャルロットは、再び迷いを捨てるようにつぶやくと、コウに向かって再び剣を構えた。
「⋯⋯本当にめんどくさい騎士長様だな」
問いかけたり訂正したり、ナイーブだったり優柔不断だったりと、ことごとく話の腰を折るシャルロットの腹立たしいほどにまっすぐな眼差しに、いい加減面倒臭くなってきたコウは久方ぶりにため息をついた。
「いいぜ、答えてやるよ。貴女のお悩み、なんでも聞きますよってな」
しかしその表情も一瞬のもの。再び皮肉な笑みを浮かべたコウは、調子のいい言葉とともに挑発するようにシャルロットに向かって刀を向けたのだ。




