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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
33/141

第33話 弱者と強者


 さて、激戦の最前線もそこそこに、そろそろ革命軍後方部隊に目を向けてみよう。

 急遽参戦が決まったペルシア率いる魔道士の大半と、革命軍に賛同する民衆の中で戦闘向きでないもので構成されたこの部隊は、魔道士の治癒魔法と有り余る人員によって、当時の医療施設と比較しても圧倒的な補助体制を誇っていた。

 それは、裏を返せば大変混雑しているとも取れ、だからこそ、ここが戦場で一番忙しい、怒号飛び交う現場となっていたことは言うまでもないだろう。


 右へ左へ、けが人とそれを治療する魔道士の中を、包帯の束を握りしめて走り回るリグル。

 最初こそ、演説の事もあり、正体がバレない様、相当に気を遣いながら行動していたリグルとリムカだったが、噂を聞きつけたのかコウが手を回したのか、1時間ほど前に到着したハタツミの近くに村を置くエルフの義勇兵の人々に紛れる形で、今ではかなり自由に行動できる様になっていた。

 しかし、いや、だからこそ、改めて見る現状はリグルが想像していたものとかけ離れていた。

 あちこちで上がる負傷兵の苦鳴と、それに対応する魔道士の詠唱、回復魔法の白や緑の光で照らされる中、懸命に処置を施す魔道士達の横顔は返り血に染まり、その様は戦場を知らないリグルにとっては地獄そのものの有様だった。


(これが⋯⋯革命⋯⋯)


 コウが簡単に語った革命。万人にとって最善の選択だと信じて疑わなかったそれが、目の前の惨状を作り出しているのだとしたら、それは本当に正しいのか。


「君! それをこっちに!」


 そんな鬱々とした思考に取り憑かれていたリグルは、自分に向かって放たれたこの声に反射的に手に持っていた包帯を差し出した。


「すまないね、ん? 君は⋯⋯」


 その声に、リグルはびくりと身を硬くした。

 凄惨な仕打ちを受けた奴隷として、民衆の反骨精神を煽った少年が何食わぬ顔で歩き回っていて、群衆に良い影響を与えるはずがない。

 コウから散々言い付けられ、リムカともなんども確認しあったにも関わらず、それを忘れて顔をさらしていた自分の浅はかさに冷や汗をかきながら、慌ててフードをかぶり、声の主から遠ざかろうと踵を返す。

 しかし、逃げ出そうとしたリグルはしっかりと肩を掴まれて押し止められた。


「クリストフ、このけが人を頼む」


 覚悟を決め、恐る恐る振り返ったリグル。彼の肩に手を置き、振り返って側にいる魔道士に指示を飛ばす男の顔には見覚えがあった。


「あ⋯⋯ヘイズメルさん」


 紛れもなく、今日の昼間に見た魔道士組合の副組合長。見知った顔に、リグルはほうと胸をなでおろした。


「ん、なんだい気付いていなかったのか? まあいい、なに、少し話をしようと思ってね」


 そう言いながらリグルに付いてくる様に促し、ヘイズメルはスタスタと、喧騒渦巻くゼルドロ邸内から正門の外に向かって歩みを進める。

 そんな彼に、リグルは慌てて駆け寄りながら問いかけた。


「あの⋯⋯手当をしなくて良いんですか?」


 恐る恐る問いかけたリグルに、ヘイズメルはふんと鼻で笑いながら話した。


「組合の魔道士を見くびってもらっては困るね、彼らなら、たとえ手足がなくなっていたとしても完全に直せるさ。それに、ここに何人の魔道士がいると思ってるんだい? 400人以上だよ、今のところ魔道士の方がけが人より何倍も多いくらいだ。ここがこんなに広くなければ、魔道士だけでいっぱいだったろうね」


 苦笑いを浮かべながらも、一切足を止める事なく正門から足を踏み出したヘイズメルは、眼下の階段を下る事なく右に曲がり数歩進んだ、丁度生い茂る木々に隠れる様に立てられた、火の灯されていない松明の横でくるりと振り返った。

 向かい合ったヘイズメルは、改めてまじまじとリグルを見つめる。


「あの⋯⋯」


「君は⋯⋯」


 10秒近い時間が経ち、さすがにいたたまれなくなったリグルが声を上げたのと、見つめるヘイズメルが口を開いたのは同時だった。


「⋯⋯君は、なぜ彼らと革命を起こそうと思ったのかな?」


 あわや2度目のお見合い状態になるのかと身構えたリグルだったが、幸いにもヘイズメルは軽い咳払いの後、やけに他人行儀な口調で問いかけた。

 仕草や口調からリグルにもヘイズメルの問いは彼が本当に聞きたいことではないことはわかったが、面と向かってそれを問いただすほどの度胸は彼にはない。


「えっと、それがコウさんとの約束だったからです」


 一瞬、どう答えたものか迷ったリグルだったが、隠すことはないと思い直し、ありのままに話した。


「約束、というのはなんだい?」


 リグルの言葉が気になったのか、気まずそうな表情から一転、真剣な眼差しでヘイズメルが再び問いかけた。


「お姉ちゃんを助ける代わりに、ひとつお願いを聞くって。僕も革命を手伝ってくれって言われるとは思ってなかったですけど」


 言葉で説明しながらリグルが思い浮かべていたのは3日前、それまで何不自由なく暮らしていた彼の故郷、フライア村に奴隷商の賊がやって来てからの時間を思い返していた。

 村の大人たちはなすすべなく賊に倒され、悲鳴と叫び声が響く中、自分自身も馬車に押し込まれていたその瞬間、リグルは恐怖に支配された思考の中でただ助けてと叫ぶことしかできなかった。

 走り出した馬車に揺られる間、周りの仲間たちと同様に恐怖に震えながら、リグルは騎士が助けてくれると、国が助けてくれると一身に信じ、願っていた。

 たまたま馬車が止まった瞬間、傷を負いながらも命からがら逃げ出した時、かすむ意識の中で彼が探していたのは助けてくれる人だった。

 自分たちの弱さを、国の欺瞞を、あるいは救いの対価を。

 何ひとつ分っていなかった自分は、どれ程に小さいのか。


「ということは、君は革命には乗り気ではないんだね」


 ヘイズメルが納得した様な顔で放ったこの言葉に、


「いえ⋯⋯」


 リグルはしっかりとかぶりを振った。


「確かに最初は、革命がこんなに大変な事だとは思ってませんでした。でも、やっぱりこのままじゃダメなんです。何もせずに、何も見ずに助けを待ってても何にもならないんです。

 動かなくちゃ、行動しなくちゃ⋯⋯僕らは⋯⋯弱いから」


 彼の中の迷いが、全て解かれたわけではない。


 ——たとえ目の前の正義が本当の正義でなかったとしても、それから目をそらすことなく、しっかりと見据えて進もう——


 しかしこの瞬間、彼は覚悟を決めたのだ。 


「⋯⋯そうか、うん、君は強いね。しっかりしているよ」


 リグルのその表情に、満足した様に口元を緩め、頷いたヘイズメル。

 彼もまた、迷いが吹っ切れた様な清々しい表情で口を開いた。


「じゃあ、そろそろ戻ろうか」


「えっ?」


 予想外極まりないヘイズメルの言葉に、リグルは、スタスタとゼルドロ邸内に向かって歩みを進める彼を慌てて呼び止めた。


「待って下さい、他に話があったんじゃないんですか?」


 あれ程に言葉を濁していたにも関わらず、何も言わずに戻ろうとしたヘイズメルは、振り返るとあっけらかんと言い放った。


「あったさ、でも私から君に言うことでは無いと思い直したんだよ」


(なんなんですかそれ⋯⋯)


 まったく釈然としないヘイズメルの言葉に、ぽかんと口を開けたリグルの表情は、さぞ疲労感に満ちていたことだろう。


 しかし、その和やかな空気は階段の下から響いた悲鳴に打ち砕かれた。

 同時に声の方に顔を向けたリグルとヘイズメル。

 長大な千段階段のはるか下方に倒れる2人の人影、特徴的な胴着から、それが門番として後衛本陣の守りについている流水花月の門下であることは一目でわかった。


「君は下がっておきたまえ」


 リグルの前にすっと踏み出したヘイズメル。

 彼に促されるままに下がる寸前、リグルは階段の中程を、こちらに向けて猛然と疾駆する、黒一色の衣に身を包んだ人影を目にした。


「中にいる人達を出さないようにしておいてもらえるかな、あれはかなり手強そうだ」


 そうリグルに指示しながら、ヘイズメルは剣帯から細剣の様にも見える杖を抜き、何事か呟きながら跳躍した。


——


 公な記録はないが、実力で見れば騎士団序列4位は確実であるアルベルトにとって、たかだか剣術道場の門下生など、取るに足らない脆弱な存在でしかない。

 曲剣を振り抜きざまに2人の剣士を斬り捨てたアルベルトは、雑念を捨て、ただ無心で正面に続く階段を駆け上がった。

 ただ1人の命令の元に集められ、革命軍後陣を襲撃すべく展開された部隊は3方に別れた、2人は右方の商店街裏を、4人は左方の住宅地を、そしてアルベルトは1人、正面を負傷兵の波に紛れてすり抜ける。

 迂回せず、正面を突破した彼が最も早く後陣に到着するのは当然であり、とするなら、わざわざ遅れている後続部隊を待つ必要もない。

 階段を駆け上りながら階段の上で杖を構える魔道士の制圧手順を考えていたアルベルトは、自身に向かって跳躍する金髪の男の姿に目を丸くした。

 魔道士は一般的に中、遠距離戦を得意としている。それは、あらゆる魔法において必要不可欠な詠唱が、近距離戦において致命的すぎる隙になるからであり、とするならば今、眼前に迫る魔道士にしか見えないこの男の行動は理解不能なものである。

 いや、魔法の回避に意識を集中していたアルベルトにとっては、跳躍は完全な予想外であり、不意打ちという面では効果はあっただろう。

 しかし、それだけのために複数回の攻撃のチャンスを捨て、死地に身を投げる彼の行動はやはり無意味なものだろう。

 足を止め、油断なく構えて、アルベルトは自身にせまる男の動きに意識を集中させた。

 飛来した男はアルベルトの間合いギリギリで杖を振り下ろした。


「エア・スラスト!」


 縦一直線の風の刃がアルベルトに迫る。

 それを、左に一歩足を滑らせることでかわしたアルベルトは男の胴に向かって容赦無く曲刀を振り下ろした。


「サンダーウィップ!」


 アルベルトがそれをかわすことができたのは、彼が意識の片隅でその可能性を予感していたからだろう。

 旋風の余韻もそこそこに、男の持つ杖に鋭い雷の光が宿った。その電撃は瞬く間に長く伸び、うねりながらアルベルトが一瞬前まで立っていた階段の段を打った。

 アルベルトはその光景を目の前に、大きく後ろに跳躍していた。

 階段を10段以上後ろ向きに飛び降りてバランスを崩さないアルベルトの身体能力は相当なものだろう、しかし、


「ブレイズハンマー!」


 着地地点から、階段を駆け下りるように鋭く跳躍したヘイズメルの杖を真紅の炎が包み、彼がアルベルトに追いつく頃にはそれは巨大な炎のハンマーと化していた。

 しかし、アルベルトはその一瞬に勝機を見出した。

 振り下ろされる火炎のハンマーにアルベルトは潜り込むように一歩踏み込む。熱風に表情1つ変えず、その火炎をギリギリまで引きつけたアルベルトは弾け飛ぶ様に身を翻した。

 黒衣の左腕を焼く炎に顔をしかめながらも、アルベルトは男の首に刃を突き立てた。


「バースト!!」


 瞬間、男の杖に渦巻く炎が爆ぜた。

 爆風を全身に受け、弾き飛ばされたアルベルト、衝撃に手元が狂い、彼の斬撃は男の腹部を浅く斬り裂くに止まった。

 その事実を確認することもままならず、アルベルトの背中を強烈な衝撃が襲う。

 超高速の短縮術式を自在に扱う魔道士を、アルベルトは1人だけ知っていた。巨木に叩きつけられた彼は薄れていく意識の中、掠れる声で言葉を放った


「⋯⋯その容姿、その魔法の腕⋯⋯間違いない⋯⋯貴様が、魔道士組合の鬼才、速術魔撃ショートハンドヘイズメル・トシキリスタ⋯⋯」


——


「その派手な異名はやめて欲しいんだがね。ペルシア様という女神の横に立つ身として、そんな陳腐な表現は馬鹿馬鹿しいだろう」


 ヘイズメルは、ついに力尽きたアルベルトに向かってそう言い捨てた後どかりとその場に座り込んだ。


「ヘイズメルさん!」


 後ろから聞こえるリグルの声に振り返ろうとしたヘイズメルは激痛に顔をしかめる。

 傷は深くはないが、左脇腹に一直線に走る傷は十二分に強い痛みを伴うものだった。


「ははは、これは負傷兵かれらの治療にも気合が入るものだね」


 自虐的につぶやいたヘイズメルは、傷を治すために杖を向けようとし、その手に走った激痛に再び顔をしかめた。

 見ると、杖を握るその手が半ばまで火に焼け爛れている。これは先ほどの爆発術式の影響によるものだ。

 先の男の回避はヘイズメルも想定していなかったほどに鋭く、また的確なものであり、その攻撃を防ぐためにヘイズメルは自身の操っていた炎槌えんついの魔法を、途中で爆発術式に変更せざるをえなかった。

 相手の無力化に成功し、殺されはしなかったが、腹を斬られ、自らの魔法で腕を焼いた現状は、防御として完全に失敗している。

 自身の不甲斐なさにため息をついたヘイズメルはそろそろ近くまで来ているであろうリグルを安心させるため、自身の傷に細心の注意を払いながらゆっくりと立ち上がろうとした。


「ヘイズ!」


 しかし、突如後ろから響いた声に、彼は傷のことも忘れて跳ね起きた。

 けが人には厳しい動きのせいで、少なくない量の血が飛び散ったが彼は痛みなどまるで感じていない様子でばっと振り返る。


「ペルシア様ではありませんか!」


 階段を転げ落ちんばかりの勢いで駆け下りてくる女性の姿に、ヘイズメルはこの日、最大級の笑顔でもって応えた。


「ああヘイズ! 動かないで!」


 ペルシアには血の飛び散り方も含めて相当な大怪我に見えたのだろう。悲鳴のような声を上げながらヘイズメルに飛びついたペルシアは、大急ぎで回復魔法の詠唱を始めた。


「大丈夫なんですか? 他に痛い所はありませんか?」


 腹の切り傷を塞ぎながら問いかけるペルシアに。


「大丈夫です、私は今癒されてますから」


 だらしない表情で答えるヘイズメル。

 そんな2人を、完全に蚊帳の外に追い出されたリグルは、ただぼうっと眺めていた。


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