第31話 苦労の2人
コウが玉座の間に足を踏み入れたのと同じ頃、ウチツネ、クロバ、ゼルドロ率いる革命軍の最前線は、いよいよ佳境に差しかかろうとしていた。
と言っても、別に勝利が目前であるとか、騎士団の猛攻に歯を食いしばって抵抗しているという訳ではない。
状況は最初となんら変わらない、ひどく重苦しい拮抗状態が続いていた。
そもそも革命軍前線部隊の役目は騎士団を打ち倒し、一挙果敢に進軍する事ではない。最初の攻勢からしても、少数精鋭で国王の首を狙うコウとセナがスムーズに敵前線を突破できるようにするために圧力を掛けたという、補助的な側面が大きい。
要するに、今回の戦いにおける革命軍の目的は、コウとセナが国王を倒す事によって勝利条件を満たすまで、ただひたすらに敵の戦力を誘い出し、拘束するための囮なのだ。
そんな革命軍前線部隊にとって、無理な攻勢を仕掛け続ける必要はこれっぽっちもない。ある程度のプレッシャーをかけ続けるだけならば、手段は攻撃に限られない。
「後退じゃ! 商店街一区画分、ゆっくり下がるのじゃ!」
ゼルドロのこの指揮も、そのような打算あってのものだった。
幸いな事に、コウの指揮のもと、初動でハタツミの南部を大きく占領した革命軍にとっては後方の猶予は腐るほどにある。
むしろ、だだっ広い後方の空白のせいで、流水花月道場を拠点とする後方部隊との連絡が取りづらいほどである。
軍全体の被統率力を上げる意味でも、一見消極的にも見える、このタイミングでの後退の判断は賢い選択であると言えるだろう。
遅滞戦術の要領で、いくつかに分けた部隊が順次騎士団の前衛を食い止めるようにした後退。
革命軍の動きが安定してきたのを確認したゼルドロは、ほうと一息ついたのもつかの間、ゆっくりと騎士団の隊列を見渡した後にこれまた疲れたように、左隣に立つ執事服の青年に声をかけた。
「この分じゃと、親玉共は引っ込んどるようじゃのう」
ゼルドロの言葉はいかんせん、言葉たらずな代物であったが、
「そのようですね」
クロバはその言葉を正確に理解した。
ここで言う親玉共とは、国王であるルインライラット2世の事ではない。
それは騎士団の親玉、この国ではそうそう知らぬ者がいないほどに有名な騎士団騎士長、副騎士長の二人のことである。
「騎士長シャルロット・ヘレスティアは相当な剣の腕前と、それを強化する様々な付加魔法による強力な近接戦を、副騎士長リリア・テレスは剣の腕はそこそこですが補助魔法や攻撃魔法など、多彩な魔術による柔軟な攻勢補助を得意としていると聞きます。さしものコウ様とはいえ相当の苦戦は免れないでしょう」
クロバの見解に、ふと気がついたようにゼルドロは問いかけた。
「はて、奴はそれを知っとるんじゃろうか?」
ここで言う奴とはもちろんコウのことである。そして残念な事に、ゼルドロのこの言葉は杞憂に終わらなかった。
「そんな話をした覚えはありませんが⋯⋯そう言えば彼は転生者でしたね⋯⋯」
二人の間に流れた、重苦しい空気。これがいわゆる『やっちまった感』というやつなのだろう。
「者共よ! 臆するでない! 戦線は拙者が支えるでござる! 進め、勝利の時は近いぞ!」
あいも変わらず、作戦の内容を理解しているのか怪しい。というより、全く理解していないであろう言葉を叫びながら長大な得物を振り回すウチツネ。それだけで革命軍の士気を高める勇ましき彼の姿は、ある種の諦念に似た感情を2人にもたらした。
「まぁ、奴ならやるようにやるじゃろ」
「そうですね、もしこれで負けるような事があったとしても、それは我々に敵の情報を聞かなかったコウ様の責任。その時は、革命軍の首領として潔く散ってもらいましょう」
嫌らしい笑みとともに放たれたクロバの無責任極まりない言葉と、彼の着る謹厳実直の象徴とも言える執事服とのギャップにゼルドロはまじまじと彼の顔を覗き込んだ。
と、同時にある1つの計画の齟齬に気づく。
「そう言や、魔導組合の男はどうしたんじゃ、確かヘイズメルだったかのう?」
何の気なしに放ったゼルドロの言葉に、クロバは表情を主人すら謀りそうな人の悪い笑みから、苦虫を噛み潰したことを誤魔化すような無理のある笑みにシフトさせて話した。
「彼ならさっき、『ペルシア様は私が守る!』などと叫びながら後陣に向かって疾駆されていましたよ」
500人という、想定以上の人数で革命軍への参加が決まった魔術師達は、そのほとんど全てが後方支援部隊に割り当てられた。
そこには、魔道士組合対国家という構図が強調される事を避けたかったという点と、国王の撃破だけで決着がつく戦いにも関わらず魔法によって無用な犠牲がでる事を避けたかったという点。そして、戦局の有利不利を不透明にする事で、その他の貴族連中の介入を防ぐ計画を維持するためという3つの理由があった。結果として前線に加わる少数精鋭の魔術師と、後方部隊において回復や補給を行う大部分を指揮するため、ヘイズメルは前線部隊の、ペルシアは後方部隊の指揮に付いていたのだが。
指揮官を失った魔術師前線部隊の不安げな視線に、一瞬気が遠くなるような錯覚を覚えたゼルドロ。
『前門の虎、後門の狼』が味方に適応できる、非常に珍しいケースと言えるだろう。
2人してひとしきり苦悩を分かち合った後、不意に表情を改めたクロバは切り替えるようにはきはきと言葉を放った
「⋯⋯ともかく、不幸中の幸いはウチツネ様に人を奮い立たせる才があったことです。この分なら、10分ぐらいはここを任せても大丈夫でしょう」
「ん? ああ、もうそろそろかの」
クロバの突拍子もないセリフに、一瞬の停止こそ有したもののゼルドロは即座に頷いた。
「それじゃ、クロバ殿にはそちら側を任せて宜しいな?」
パチリと1度、刀の鍔を鳴らすゼルドロ。
「ええ、勿論。では終わり次第ここに集合という事で」
何処から取り出したのか、全長1メートルはあろうかというブロードソードをベルトと一体型になっている剣帯に取り付けるクロバ。
クロバは左に、ゼルドロは右に。建ち並ぶ商店の路地にかけていった彼らは、予定通り、騎士団の少数派、異端分子撃退のために行動を開始した。
人々が当然のごとく受け入れていた不条理を、何の躊躇もなく撃ち壊したコウがそうであるように。世界のありとあらゆる場所に異端者は存在する。それは人々の平和を守るための騎士団であっても変わらないのだ。
————
ハタツミ市街、激戦の様相を呈する本通りとは対照的に、薄暗く物静かな裏通りを走る2人組の男。
相当な軽装ではあるが外套の肩や背中に刺繍された紋章は、彼らが騎士団の人間であることを示していた。
人1人通るのがやっとの道幅しかない通りにもかかわらず、体をぶつける事も足音を響かせる事もなく、静かに、迅速に駆け抜ける2人の動きには無駄がなく、相当な手練れであることをうかがわせる。
複雑な裏路地を迷うことなく駆ける2人は、1つの曲がり角を前にピタリと足を止めた。後ろの男を制し、前の男はその角の先の、まるで光が抜け落ちたかの様に暗くなった物陰を指し示した。
闇に沈むその一角に厳しい視線を向けていた男は後ろの男に目配せをした後、静かに抜刀し、注意深く構えながらゆっくりと近づく。
極限まで張り詰めた空気は、何の躊躇もなくスルリと歩み出た人物の言葉に打ち砕かれた。
「なるほど、なかなかに手練れの様ですね。正直、想定以上です」
気負いも警戒も全く感じさせない、堂々とした足取りで現れたクロバの態度に多少の違和感を覚えた男達。しかし、流石手練れというべきか、前の男は1秒も間をおかずにクロバを敵と断定し、滑る様に距離を詰めながら斬りかかった。
斜めに突き出す様に放たれた斬撃は、執事服という装備としてみればごく軽装のクロバに対して十分な殺傷力を持ち、クロバに抜刀させる隙を与えない程度には速い、封殺するに足る十分な攻撃であった。
「ちょっと、まだ話の途中ですよ」
しかし、それはクロバが抜刀という選択肢を取っていればの話。
剣帯から左手で鞘ごと剣を取り外したクロバは、そのまま腕を突き上げ、逆手に持った剣の柄で迫る刃を正面から弾いたのである。
速度を重視した、力の乗っていない男の斬撃は、それだけで容易に弾き返された。しかし男の表情に焦りはない。
剣を弾かれながら男が開かれた左足を引き付けた瞬間、男と壁の間に空いたわずか数十センチの隙間から剣を構えた2人目の男が飛び出した。
柄あてとはいえ、斬撃を打ち返した反動で大きく剣を弾かれたクロバの、その隙を逃すまいと左下から鋭く切り上げた2人目の斬撃。
しかし、その斬撃は大きく上体をそらせたクロバの鼻先をかすめるにとどまった。
いや、上体をそらせた、というのはいささか表現としては不適切だろう。男の斬撃もたかが上体反らし程度でかわせる様な軌道のものではなかった。
クロバの体はピンとまっすぐに立ったまま、踵から45度後方に傾いていたのだ。
通常なら倒れ込んでしかるべきその体勢。
「おっと危ない」
しかしクロバはその体勢のまま微笑を浮かべ、本心でないと一目でわかる驚きの言葉を口にする。
驚愕に目を見開く男達。言い表せない恐怖感に、たまらず距離をとった2人の男は、クロバの非人間的な回避行動の正体を理解した。
地面に突き立つ鞘に収まった剣と、その柄にそっと置かれたクロバの左手。
彼は弾かれた剣を地面に突き立て、左手一本で身体を支える事で、続く斬り上げをかわしたのだ。
クロバの驚異的な回避に言葉を失う2人の男。
「おや? そんなものですか? 後方部隊を襲おうなどという、効果的かつ悪質な作戦を実行する輩ですから、もう少し骨のある方々だと思っていたのですが⋯⋯」
ゆっくりと上体を起こしたクロバは、落胆の表情とともに男達に残念そうな目を向ける。
彼等はあからさまな挑発に乗る様な者たちではない。しかしクロバの言葉に剣を握りなおしたのもまた事実である。
そんな彼等を前に、クロバは皮肉たっぷりに笑いかけた。
「そう来なくては、それでこそ我らが騎士様というものです」




