第30話 それぞれの思惑
——王城、玉座の間——
蒼い光が渦巻くその一室で対峙する両者。
「無礼な! 口を慎みなさい!」
飄々(ひょうひょう)とうそぶくコウに向かって鋭い怒声を発したのは、国王の前に騎士長シャルロットとの横に並ぶ様に立つ副騎士長、リリアだった。
「何が無礼だ、俺は革命軍のトップだぜ? 今この時、民衆の中では俺はそこに座る爺さんと同等の存在だろう? いや、むしろそうあるべきだ」
自問自答を織り交ぜたコウの言葉に、再び声を荒らげようとしたリリアを制したのは他ならぬ国王、ライラットだった。
「成る程、其方は余と今この時に限り、対等である。そう言いたいのだな」
冷徹で、鋭く重い。一国の主人にたる威厳に満ちた眼差しで、上座からコウを見下ろすライラット、その眼光を正面から受け止めてなお、コウは飄々と頷いた。
「ま、そーゆーことだ」
そのコウの言葉に、ライラットは哀れむような視線を向け、嘲笑うように口元を歪めて言葉を放つ。
「しかして、其方らは我らにとって反逆者、一介の賊に過ぎない。その様な者共に余が敬意を払う必要もない。其方らは数刻も経たずに鎮圧され、捕らえられ、罪に問われることとなるだろう、違うかな?」
至極真っ当なその言葉に、しかし、コウは一つの訂正を入れた。
「それはあんたらにそれだけの軍力があれば、の話だろう」
まるで先ほどまでのシャルロットとライラットの会話を聞いていたかの様なコウの発言に、シャルロットはピクリと眉を動かす。
それを目ざとく見つけたコウはぐるりと首を傾け、嘲る様な視線をシャルロットに向けながら続けた。
「軍隊も小規模、連携もそこそこ、戦意にもムラがあるうえに指令系統はごっちゃごちゃ。さっき見たぶんにはそんな感じだったんだけど、そこんとこどうなってんだよ? 騎士長さん?」
シャルロットの答えを待たず、小馬鹿にした様な口調でコウは続ける。
「そりゃそうだよなぁ、みんながみんなあんたらみたいな王様大好き親衛隊じゃないからな。上級騎士はともかくとして下級衛士が騎士団に入る理由は金か名誉だ。それも国民を守るっていう万人から受け入れられる大義名分付きのな。それがいきなり逆賊を捕らえろとか言われて、守ってきたはずの民衆に敵意むき出しの目で睨まれて、戦意を上げろって言われても無理な話だもんな?」
「黙りなさい! よくもぬけぬけと⋯⋯!」
人を虚仮にしたような態度で、流れる様にコウの口から飛び出す言葉にあっけにとられた風なリリアだったが。自身が敬愛するシャルロットをバカにされてやっと思考力が回復したのか怒りのこもった目つきで睨みながら怒声をあげる。
しかし、それすらも無視してコウは、にこやかにこう付け加えた。
「あ、あと言っとくがな、貴族どもの応援は期待しないほうがいいぜ? 手は打ってあるんだ」
——同刻、ウォズワンド邸——
ハタツミで1、2を争う大富豪の邸宅は、深夜の静寂などあってないような異様な喧騒に包まれていた。
「公爵! ウォズワンド公爵!」
そんな中、侍女、執事の制止を振り切って書斎の扉を明け放つ恰幅のいい一人の男、
「ロズグリフ公、どうされましたか?」
所々白毛の混じる頭とそれなりに刻まれたシワ、1目見て高価だとわかるスーツを着こんで重厚な椅子に腰掛けたウォズワンド・ベルチャックは、肩で息をするロズグリフ・ヒエログリフを、至って冷静な様子で迎えた。
「どうしたもこうしたもない! 外は今、大変な有様なのですぞ!」
同じ公爵とはいえ、財力と権力では明らかに上であるウォズワンドに対して、貴族であるならば絶対に疎かにするべきではない敬意を忘れ、ロズグリフは大声で叫んだ。
「それはそれは、公爵自ら伝令にいらっしゃるとは恐れ入ります⋯⋯しかし、我が家も今、平時ではないように見えると思いますが⋯⋯」
口元こそ笑みを形作ってはいるが、目は一切笑っていない。ウォズワンドは、普段の彼からは考えられないほどにあからさまな怒りを目に宿してロズグリフに皮肉を言う。
「っ⋯⋯! いや⋯⋯しっ、失礼した!」
ここにきてようやく自身の立場を思い出したのか、ロズグリフは慌てて謝罪の言葉を口にした。
「ふぅ⋯⋯お掛けください」
まるでため息ひとつで全ての感情を吐き出したかのように、ウォズワンドは怒りなど微塵も感じさせない、感情の読めない笑みを浮かべ、ロズグリフに書斎机の前に置かれたソファーを勧めた。
「で、では失礼して⋯⋯」
続ける謝罪の言葉を考えていたロズグリフは、予想外のウォズワンドの言葉に動揺しながらも従う。
「革命軍の件でしょう?」
腰を下ろしたロズグリフに、間髪入れずにウォズワンドは問いかける。
「そう! そうです! なぜご出兵なさらないのですか!」
その言葉に、ロズグリフは先までの気勢を取り戻し、疑問と焦りを同等に含んだ表情で問いかけた。
そもそもロズグリフがわざわざウォズワンド邸に足を運んだのは、革命軍の行動開始の報告に、国王軍を救援すべく、中小貴族が各々に私兵部隊を編成するなか、最大勢力たるウォズワンド商団連を含む複数の貴族が出兵の中止を要求するという、混乱を生んでも仕方ない事態に対処するためである。
「⋯⋯その様子だと、やはり届いていないようですね」
しかしウォズワンドは彼の問いに答えることなく、納得したような仕草で頷いた。
「届いていない? ⋯⋯とは、どう言うことですか?」
思いもよらないウォズワンドの言葉に、ロズグリフは疑問の声を上げる。
彼の焦りをよそに、ウォズワンドは書斎机の引き出しから一つの封筒を取り出した。
美しい封蝋をそのままに、上端が切り開かれた封筒から取り出された手紙には美しい文字で、革命軍の概要とその目的、並びに主要な賛同者の名前が書き連ねられたその文章は、こう締めくくられていた
『我々は革命に足る充分な用意を済ませてある。この文書を読む貴公らの賢明な判断を期待する』
「なっ! これは⋯⋯」
主要な賛同者の中には、ロズグリフが知っている限りでも有力な貴族の名から、かつて当代随一と言わしめた剣豪から魔道士組合の幹部に至るまで、そうそうたる面々の名が刻まれていた。
「まさか⋯⋯こんなデタラメを鵜呑みにされているのではないでしょうな?」
ロズグリフは避難するような視線をウォズワンドに向ける。手紙の内容は別としても、書き連ねられた名前はとても現実とは思えない者達ばかりである。彼が信じなかったのも無理はないだろう。
「このうち、魔道士組合の組合長と副組合長を含む数百人の魔道士は家の者が革命軍の後陣で確認している」
それ故に、ロズグリフはウォズワンドのこの言葉に、雷に打たれたほどの衝撃を受けた。
「それだけではない、この封蝋に使われた印はバルティンシャイン家の物だ」
笑みも抜け落ち、敬語をやめたウォズワンドの表情のない、冷徹な表情にロズグリフは言葉を失う。
「バルタス・バルティンシャイン、10年前まで貴族院のトップにいた男だ、君も覚えているだろう」
答えを求める問いではないが、ウォズワンドのこの言葉に思考力を取り戻したロズグリフは、どうにか頷いた。
「これらの情報から鑑みるに、この革命軍とやらは騎士団と同等かそれ以上の兵力を握っているのだろう。いや、それより少ないかもしれないが、重要なのはそこではない」
無機質な視線で宙を見ながら、ウォズワンドはするりと足を組み替える。
背もたれに身を預け、目を閉じてゆっくりと息を吐くウォズワンド。
「問題は彼らに大義名分があり、また優秀な先導者がいるという事実だ」
ロズグリフの目の前で、再び目を開けたウォズワンドは、それまでの無機質な表情とは対照的な、人間味溢れる憂鬱な光をその目に宿してこう締めくくった。
「しかし⋯⋯いや⋯⋯それでは我々はどうすればいいのですか?」
つかの間の静寂ののちに放たれた、絶望感漂うロズグリフの問い。
その問いかけにウォズワンドは一瞬、キョトンとした表情を浮かべた。
「どうすれば? んん? ああ⋯⋯はははははは」
唐突に笑い声をあげたウォズワンドは、あっけにとられた表情で固まるロズグリフに向かって笑みを浮かべたままに話す。
「そんなことは決まっているだろう? 何もしなければいいんだよ」
開き直ったようなウォズワンドの言葉に、ロズグリフはその真意が読めず、疑問の表情を浮かべる。それを見越したかのようにウォズワンドは淡々と語り出した。
「この戦いの難しいところはね、どちらについても我々にリスクがあるということだよ」
疑問の表情が抜けないロズグリフに困ったような笑みを浮かべたウォズワンド。
どう説明したものか頭をひねるウォズワンドにとって、柱時計から響いた11時を告げる鐘の音は、話しを仕切り直すにはいい機会だった。
「まあ少し休もう、それほど難しい話ではないが、それほど焦る必要もない、いずれにせよ⋯⋯」
立ち上がりながらパチリと手を打ち、椅子をしまってロズグリフの向かいに移動したウォズワンドは倒れこむようにソファーに深く腰掛けた。
ソファーの背もたれに大きく腕を広げながら、ウォズワンドは11時丁度を指す柱時計に目を向けた。
「1時間というところか⋯⋯今から12時までの1時間で、彼らがどこまでやれるか見ものだね」
——同刻、玉座の間——
「戯れ言はもういい」
嬉々として各貴族達にどう手を回したのか説明しようとしたコウが口をつぐんだのは、シャルロットの持つ長剣がひときわ強い光を放ったからだ。
同時に渦巻く風も勢いを増し、コウの着るシャツの裾を激しくはためかせるまでの強風が吹き荒れる。
腰を落とし、突きつけるように構えていた剣をそのままに、自身の体に沿わせるように引きしぼる。
その刀身に輝く光が、一瞬びっしりと並ぶ文字の羅列の様な複雑な形状に揺らめいた。
「構えろ、貴様はここで切り捨てるッ!」
鋭い発声と共に、彼女を包む風圧が一段とその強さを増す。
「そうだな、そろそろやるか」
叫び声すらかき消すであろう暴風の轟音の中で、やけに鮮明なコウの声が響く。
鞘から刀を抜きはなち、構えをとったコウ。
おそらく誰もがコウの構えに大きな疑問を抱いたことだろう。
左半身に立ち、右手に持った刀をだらりと後ろに垂らす。余裕の笑みを浮かべるコウは、何も持っていない無手の左手を堂々と前に突き出して口を開いた。
「何してんの? こいよ」
コウの挑発に乗ったわけではない。一切の情けを捨て、眼前でふざけた構えで胸を張る青年への哀れみすら無視して、シャルロットは爆ぜるような轟音と共に地を蹴った。
それはまさしく、彼女の周りに集められた空気が加速のために圧縮され、爆ぜた音。
常人には認識し得ないほどの速度でかけた彼女はコウの首にめがけてその太刀を振るう。
轟音と衝撃。
その瞬間、コウを除くその場にいた全員がその目を疑った。
あっけにとられた表情でコウの顔を見つめていたシャルロットは、がっちりと掴まれた自身の剣に目を落とした。
首を狙った斬撃にピタリと合わせられたコウの左手は、刃が触れるその一瞬でシャルロットの攻撃を完全に捉えたのだ。
突き飛ばすように剣ごとシャルロットを押し返したコウ。
フラフラと後ずさるシャルロットは、今自身に起こった出来事をうまく理解出来ずにいた。
「今のはハンデだ」
そう告げたコウの声には、どこか楽しそうな響きが混じる。
「なに、俺は一応、民衆を率いる革命軍の長だからな。あんまり卑怯な手は使いたくないんだよ」
言い訳のような口調とは裏腹に、コウの態度には余裕がにじみ出ていた。
「じゃあ仕切り直しな⋯⋯さっきのを踏まえてもう一度」
ニヤついた表情で手招きをするコウにシャルロットは、眼前に立つこの青年が決して油断してはいけない、ともすれば全身全霊であたらなけば話にならないレベルの怪物であると、自身の認識を改めた。
「なるほど、私は貴様を見くびっていた、いや⋯⋯節穴だっという事だな、私の目は」
一瞬目を瞑り、呼吸を整えたシャルロット。
「リリア! 援護を頼む!」
カッと目を見開き、構えを取りながら大声で叫んだシャルロット。彼女のその呼びかけを待っていたかのように、いつの間にか二人から大きく距離を取っていたリリアが早口に魔法の詠唱を始める。
「そう来なくちゃ、面白くないぜな?」
楽しげに呟いたコウの声は、斬りかかるシャルロットの放つ咆哮にかき消された。




