第3話 早すぎる運の尽き
一般的に、情報が集まる場所は人が集まる場所。酒場や宿屋などだ。それも大通りに面した一般人から上流階級まで幅広い人間が立ち寄るような店舗が望ましい。
だから、今回コウが見つけたような、裏路地にひっそりとたたずむ薄暗いバーなんかは、本来避けるべきなのだが。
コウのように周りを注意深くみていなければ見落とすような、闇に紛れる「BAR」の看板を見つけた時、コウは興味本位で扉を開いた。
そして、ひどく後悔した。
店の中に客はいなかった。ただ一人、バーテンダーの格好をした女性だけが、グラスを拭きながらこちらを見つめていた。190センチはあろうかという高身長だが、ひょろりとした体つきのせいか圧迫感は感じない。しかし、流れるような紫がかった黒髪と鋭い四白眼が近寄りがたい印象を与える。
しかし、コウが逃げたくなったのは別に話しにくそうだからなどというくだらない印象からではなかった。
目の奥に見える影、たわいない動きに見え隠れする独特な鋭さ。
そして何より直感的にそう感じたという下らない憶測が最も大きな理由である。
しかし、経験と実績から、彼の勘はとてもよく当たるのだ。
目の前の女が持つ違和感。
それは人殺しの気配。
「アンタ、誰?」
静かに、しかしはっきりと問いかけた女の目には警戒の色が浮かぶ。
それも当然だろう。違和感という面で見れば、店に入って早々足を止め、まじまじとその女を見つめるコウの姿も相当に不審だ。
コウは諦めに近い感情を抱きながらも、精一杯の笑顔で答えた。
「あー、通りすがりの旅人です」
バタンと扉の閉まる音が聞こえた瞬間、女がどす黒い殺気を放った。それは歴戦の戦士でもたじろぐ程の強烈な気迫。
コウは慌てて構えをとるが、残念なことに武器を持っていない、前世での不用心な自分の寝姿を想像し、久方ぶりに後悔の念に襲われたが、今はそれどころではない。
ゆらり。
こう表現するのがもっともふさわしいだろう。カウンターの向こうからバーの扉までの5メートルほどの距離を、女は一切の気配を感じさせずに詰める。そしてその間合いは、コウの間合いの外。
そのため、眼前に迫るその光を、コウは手首を握るようにがっしりと受け止めることで精一杯だった。
鞭のようにしなる女の腕から繰り出されたのは刃だけを持った異質な形状の刃物だった。持ち手から刃が平行に飛び出したような形状のそれは、形だけなら弥生時代の石包丁のようにも見える。
不意打ちの一撃を防がれた女は、しかし一切の驚きを見せずにこちらを見据える。まるで予想通りとでもいうように。
それに気づいたコウは、慌てて女の手を離し、突き飛ばした。瞬間女の手が閃き、コウの左手に切りつけられたような痛みが走る。
「っつー、ジャックナイフかよ!」
「へぇ、アンタこれ知ってんだぁ」
狂気的な笑みを浮かべる女の右手には、ランプの光を受けて赤黒く輝くナイフが握られていた。あのまま女の手首を掴んでいれば、一瞬でその腕を切り落とされていただろう。その点から見れば手を離した対処は悪くなかったと言える。しかし完璧だったかというと、それも違う。
すらりと長い手足にナイフを合わせた女の間合いは、コウの1.5倍以上はあるのだから。