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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
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第28話 革命の雄叫び


 その夜、騎士団長シャルロットは月明かりの照らす王城の廊下を足早に歩いていた。


 唐突であるが、ハタツミ国王、ルイン・ライラット二世は他の国の王と比べて相当に多忙である。

 というのも、商業国家であるハタツミはその特性上、一部の上層商人に利権や利益が集中しやすく、また権力を持ちやすい。

 その状況で安定した国家運営を進めるために、ハタツミ国は議会制でありながらも、国王が絶対的な採決権を持っているわけだが、当然その権力は何の対価もなしに持ち得ているものではない。

 国事はもちろんのこと、国庫、国営施設の管理から、商業権全般に至るまで、おおよそ国家に必要とされる全ての仕事を国王自らが行うことによって、絶対的な権力を維持しているのだ。

 そのため、このハタツミ王城には、君主主権国家で唯一と言っていいほどに珍しい、国王専用の書斎というものがある。


 廊下の突き当たり、他のそれより一段と重厚な扉の前に立ったシャルロットは、漏れそうになったため息を飲み込み、その扉を叩いた。


「失礼します、シャルロットです」


 中から返事はない。しかし、それはこの城では入室の許可という意味になる。

 静かに扉を開き、足を踏み入れる。ロウソクの優しい光と甘い香りに満たされた部屋の奥で、今まで書いていたであろう書類にペンを置き、顔を上げた老人に向かって、シャルロットは声をかけた。


「国王様、ご用件はなんでしょうか?」


 シャルロットの姿を認めた老人、ルイン・ライラット二世は一度頷くとペンを取り、書類作成の手を進める。そのまま、何もない数秒の時間が過ぎた。

 どうすればいいのか分からず、立ちつくしているシャルロットに対して、ライラットは不思議そうな視線を向けた後、重く響く声で呟いた。


「何をしている、もっとこっちに来たまえ」


 騎士団長の職を得て、もう相当になるシャルロットだが、未だに国王の言動は予測できない。彼女はそれが自身が未熟なせいだと言い聞かせ、もう一度ため息を飲み込みながらライラットに向かって歩みを進めた。


「何か、不満があるのだろう?」


 しかし、ライラットはシャルロットの到着を待たずに、彼女の動揺を誘うような言葉を投げかけた。思わずつんのめりそうになった足をどうにか動かし、ライラットの前にたどり着いたシャルロットは彼の表情を覗き見ながら答えた。


「いえ、そのようなことは⋯⋯」


 否定の言葉を口にしたシャルロットをちらりと見上げたライラットは、口元に微笑を浮かべ、たしなめるように話しかけた。


「隠さずともよい。大方、ゼルカトリアの件だろう」


 シャルロットの心を見透かすようなライラットの言葉に、彼女は一種の諦めの感情をいだきながら本心を吐露した。


「⋯⋯はい。無礼を承知で申し上げますが、なぜ軍拡を許可なされなかったのですか?」


 シャルロットの問いに、ライラットは先を促すような視線を向ける。

 シャルロットは促されるままに、自身の意見を述べた。


僭越せんえつながら、ゼルカトリアに国土を譲渡するだけでは、本質的な解決にはなり得ません。この問題の本質は2国間の武力の差、それを解消せずにそのまま放置していれば、いずれ致命的な事態になってしまうのではないですか?」


 いうまでもなく、この考えは自身よりはるかに聡明な(と、シャルロット自身は考えている)ライラットが持っていて当然のものであり、だからこそ、先の疑問が彼女の脳裏に浮かんだわけだが。

 シャルロットの言葉に、再びペンを置いたライラットは、しかし、全くの無表情で彼女に問いかけた。


「それが、軍を拡げれば解決すると思うかね?」


 ライラットの氷刃のように冷たく、鋭い眼光に射竦(いすく)められたシャルロットは、言葉を発することができなかった。


「確かに、ゼルカトリアとの問題の本質は軍力の差だ。しかし、我々が今から軍拡を始めて、彼の国が黙っていると思うかね?」


 淡々と放たれるライラットの言葉に、シャルロットははっと目を見開いた後、強く奥歯をかみしめた。


「商団が離れ、軍拡も軌道に乗っていない段階で戦争など始まろうものなら、その被害は計り知れない。そのリスクを⋯⋯君は考えたことがあるかね? 騎士長」


 ライラットの問いに口ごもるシャルロット。その、自身の浅はかさを悔いているような表情に、彼女を見据えていたライラットは、ふっと柔らかな笑みを浮かべて言葉をかけた。


「その若さで、よくぞそこまで考えたものだな」


 ライラットのねぎらいの言葉に、シャルロットの顔から多少の緊張が抜けるのを確認して、ライラットは続ける。


「案ずることは無い、商団にとって都合のいい環境を整え続けることで、ゼルカトリアの台頭で薄れていた他国との連携も回復しつつある。君の言う致命的な事態に発展する前に、この国は他国の援助によってそれに対処できるだけの武力を確保することができるだろう⋯⋯国土の譲渡はそれまでの安全を確保するための小さな犠牲、今は耐える時期なのだ」


 ライラットは、子供に言い聞かせるような口ぶりで彼の、国王の意見を述べた。

 

「そう⋯⋯ですね」


 シャルロットはその説明に完全に納得できたわけではなかった。しかし、彼女はライラットの考えに反発するだけの考えも、言葉も持ち合わせていなかった。


 〜あるいはこの日、この瞬間が、何の変哲も無いそれであったなら、彼女は再び声を上げることはなかったのかもしれない。

 しかし、人々は、この時すでに、たった一夜を彩る変革に向けて動き出していた〜


 バタバタと廊下を打つ長靴の音に、シャルロットとライラットは揃って顔を上げた。

 本来ならば衣摺きぬずれの音もはばかっていい時分に鳴り響いた、激しい足音が意外だったのだ。

 足早に近づいてくる足音はちょうどこの書斎の前で止まった後、激しく扉を打つ音に変化した。


「国王様! 騎士長様!」


 相当に慌てているのか、扉の外から叫ぶような声で呼びかける女性は、自身の役職も名前も名乗ることを忘れているようだった。

 しかし、シャルロットが今この部屋にいることを知っている人物は彼女自身と国王の他に1人しかいない。そもそも、その声は、相当な期間を共に過ごしたシャルロットには聞き間違えようの無いものだった。

 ライラットに許可を取ることも忘れて扉を開け放ったシャルロットは、眼前で、肩で息をする騎士服の少女に問いかけた。


「リリア、一体どうしたんだ」


 問いかけられた副騎士長リリア・テレスは、目の前に立つシャルロットと奥に座るライラットの2人に向かうように言葉を放った。


「現在、民衆の一部が革命軍を名乗り、中心街の南部を占拠、王城に向かって進軍中との事です」


 硬い口調は、より情報を正確に伝えるために意識してのものだろうか。もしそうならば、その考えは全くの無意味だったと言わざるを得ない。


「革命軍⋯⋯だと?」


 シャルロットは、驚愕きょうがくに打たれ、一瞬ではあるが、頭が真っ白になるような感覚に囚われていたのだから。


「騎士長、何をしている。行くぞ」


 ライラットに声をかけられ、ようやくシャルロットは平静を取り戻した。


(私は、こんな時に何を惚けているのだ!)


 心の中で自分を叱責しながらも、騎士団の指揮を取るべく、シャルロットはライラットに続くように、足早に彼の書斎を後にした。


——30分後、南部街道——


「おお、ぞろぞろ増えたな、1時間ってとこかな。初めてにしては早い方かな?」


 数分前に比べて、明らかに厚みを増した騎士の防衛線と睨み合う革命軍の前線、それを家屋の上に腰掛けて眺めながら、コウは気の抜けた声を上げた。


「革命だなんだと言っておきながら防衛線を張った時はどうなることかと思いましたが。まさか、このようなことになるとは。」


 コウの横に立ち、驚きと賞賛の声を上げるクロバ。

 騎士団の防衛線はまさしく、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と言えるほどに混乱を極めていた。


「はははは、そりゃこうなるさ、流石の騎士団でも革命なんて起こされるのは初めてのことだろうからな。下からの伝達も、上からの指示も遅れて当然だ。

 なかなか来ない上からの指示にしびれを切らした兵士が応援を呼ぶのも頷けるし、それを知らずに上層部が援軍を送るのも予想できる。まあ、こんなに釣れるとは思わなかったけどな」


 楽しげに語るコウ、彼の笑みを裏付けるように、騎士団の戦線には今もなお過剰な増援部隊が到着しては怒号を上げていた。


 これだけの惨状を引き起こすために、革命軍がしたことはただ一つ、前線の進行を止める、それだけである。

 しかし、たったそれだけのシンプルな指示であるがゆえに、烏合うごうの衆である革命軍でも正確に実行することができ、また、複雑な指令を下され、混在する指揮系統に四苦八苦する騎士団に対して優位に立つことができたのだ。


 騎士団の混乱具合に満足げに頷いたコウはすっくと立ち上がり、くるりと後ろを振り返った。

 

「さあ、ここまでくれば後は簡単だ、てんやわんやの前線を突破してスカスカの王城に突入し、国王の首を取る。まぁ、これは少数精鋭の方がやりやすいから俺とセナで行くよ。あとは、ゼルドロ、クロバ、ヘイズメルを中心としてここの戦線を崩されないように耐えればいい。準備はいいな?」


 闘志を目に浮かべて頷くウチツネ、渋々といった様子で頷くクロバ、何故かノリノリで頷くゼルドロ、全く乗り気ではないが一応頷くヘイズメル、眠たそうに目をこするセナ。列挙するときりがないが、その場にいた全員の肯定を確認したコウは大きく頷くと、腕を突き上げ、ときの声を上げた。


「じゃあ、まぁ⋯⋯頑張るぞー! おー!」


 信じられないことだが、歴史に大きな爪痕を残したハタツミの革命は、このような能天気な雄叫びに始まったのである。


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