第27話 強調&演出
「死ぬ? どういうことだい? ガハハ! さては気でも狂ったのか、ボウズ!」
髭面の大男の笑い声につられるように群衆の所々から失笑がもれる。
夕暮れ時の街頭演説は、革命という史上稀に見る大事の始まりとしては、相当に情けないスタートを切った。
「へいへいおっさん、笑い事じゃねえよ、これは」
笑い出した男をたしなめるように木箱の上から話しかけるコウ。そんなコウ自身も笑みに近い表情を浮かべ、集会の場はゆるい空気に包まれる。
そんな中で、コウはそのままの表情でこう切り出した。
「みんなも知ってるお隣さん、ゼルカトリア公国は、この国を攻めるつもりみたいだ」
この、たった一言で多少なりとも場の空気が引き締まったのは、ゼルカトリアの侵攻という言葉が、狂人の妄言では済まされない程度には現実的であると認識している人間が少なからずいる、という事を示しているのだろう。
「ゼルカトリアは割と閉鎖的な国だったからな、知らない人がいるのも無理はないかもしれないが、今あの国が持ってる軍力は、十分この国を攻め落とすのに事足りるものだぜ?」
続いたコウの言葉を鵜呑みにした者は少ない、しかし、否定するだけの情報を人々は持っていない。自分たちが知らない情報を持っているコウの笑みは、今までのそれとは打って変わって不気味なものだった。
「おい、滅多なこと言うんじゃねえぞ? なんだってそんな事⋯⋯」
なんだってそんな事が言えるんだ、そう続けようとした男の言葉は、高圧的に割って入ったコウの言葉に遮られる。
「おいおい、少し考えりゃ分かるだろ? 交渉、商談で軍事力を抑えてきたハタツミと違ってゼルカトリアは一国だけで国力を上げてきたんだぜ? 一つの国として、明らかに向こうの方が完成してるだろう? 強大な武力があって当然だ」
コウのこの言葉はあくまでも理屈であり、根拠はない。しかし自信満々な彼の態度と、その口ぶりは沸き起こってしかるべき反論の言葉を抑圧する。
「⋯⋯だからって俺らができるような事があるのか? いざという時は国王様がなんとかしてくださる。それに俺らには騎士様たちがついてるじゃないか、そうだろう!」
前半はコウに問うように、後半は民衆を鼓舞するように男の声が広場に響く。
その言葉に頷く者、同調の声をあげる者、拍手で讃える者と様々だが、群衆は男の意見に肯定的な態度を示していた。
「王が裏切った、としても、か?」
コウがこの言葉を放つまでは。
「てめぇ、何言ってやがる!」
振り向きざまに怒鳴った男。その言葉を無視してコウは振り返り、通りに向かって手招きをした。
コウのその大げさな動作に、群衆は彼が振り向いた方向を見やる。
そして、コウが呼び寄せた人物を認めた者、その全てが同様に息を呑んだ。
日も落ちかけ、松明を支柱に括り付けた簡素な街灯に照らされた道を、こちらに向かって歩いてくる2人の人影。
フラフラとおぼつかない足取りで歩くフードを被った者と、それを支えるように付き添う小柄な人影。
群衆は、彼らがすぐ目の前に来るまで、それがエルフであると、またその2人が子供であると理解する事ができなかった。
というのは、その2人の格好があまりにも酷いものだったからだ。
2人は血にまみれていた。正確には、血と泥にまみれていた。身体中のあちこちに殴られたような痣と切られたような傷が走り、その手足には素人目に見ても分かるほどにはっきりと枷の跡が残る。それは人々が想像するものよりも強烈な、「奴隷」という概念そのものを凝縮したかのような姿だった。
その姿は、2人が人間ではない、亜人であるという事実を含めても到底群衆の道徳心が、正義感が許容できるものではなく、フラフラと歩く彼らから人々は目を離せずにいた。
「こいつらは、ほんの数日前までただの平民だった、まあ、エルフだから農民とかそこら辺だろうな。だがこいつらの村は残念なことに奴隷商のターゲットにされてしまった。今じゃ、このザマだ」
フラフラと歩む2人を待たずに、コウは口を開いた。
台の上から2人を指差し、変わらない笑みを浮かべながらコウはなおも言葉を放つ。
「なぜこうなったのか分かるか? 国がこれを黙認したからだ。 国がこいつらを見捨てたからだ。これまでのもそうだ。凶作? 反逆? そんなものは後付けだ。これまでこの国がゼルカトリアに差し出した領土は一体どれだけあると思う? これから差し出す領土のために、一体どれほどの犠牲が出ると思う?」
コウがこの言葉を言い切ったと同時に、フラフラと少年に支えられながらコウの前にたどり着いた血まみれの人影、それは少年の腕から崩れ落ちるように膝をつき、手をつき、こうべを垂れてか細い声をあげた。
「お願い⋯⋯します⋯⋯私の⋯⋯私達の⋯⋯村を⋯⋯家族を⋯⋯助けて⋯⋯」
悲痛な、切実な願い。この時になって初めて、2人を囲む人々はフードを被ったその人が女性であると気づいた。
その2人を台の上から眺めるコウ、いまだ笑みを崩さない彼の表情は、かえって人々の視線を惹きつける。
「こいつらはエルフだからな、お前らはなんとも思わないかもしれないけどさ、次は俺らの番だぜ?」
台に腰を下ろし、頭を下げる少女の頭を踏みつけるようなジェスチャーをしながら、それを囲む人々を一人一人指差し、バカにしたような表情で言葉を紡ぐ。
「まあ俺たちはどうってことないかもしれない、だが、お前の子供はどうだ? お前の息子は? あんたの娘は? お前の孫はどうなるよ? あんたらが惚けた顔してのうのうと毎日を過ごしたなら、その埋め合わせをするのはあんたらの子々孫々、そんとき国が助けてくれるとでも思うか?」
コウの高慢な態度に対してか、頭を下げる彼女らをバカにするような非道な行動に対してか、彼女らに非情な運命を背負わせた国に対してか、あるいは彼女らに我が子を写してか⋯⋯
しかし、一つ言えることはその場に集まる人々、そのほとんどが同様に、その目に怒りの炎を浮かべて台上に立ち上がったコウを見据えていた。
「嫌だろう、自身が愚民と自覚して生きるのは。嫌だろう、我が子が苦しむと知って未来を託すのは。嫌だろう! 何もせずに死ぬのは!」
コウは人々を煽る。
上昇しきった怒りのボルテージは一人一人の意思を無視して混ざり合い、いつしか一つの、大きなエネルギーとなる。
「ならば武器を取れ! ならば徒党を組め! 敵はあそこにいる! あの豪奢で無様な城の最奥にいる!」
その時、群衆から上がった咆哮は、とても人間のものとは思えないほどに重く、深く、怒りに満ちていたという。
「そんじゃ、まあ、革命だ!」
————
さて、演説の会場となったフリハラ広場は、もともと林だった場所の木を切り払って道と広場を作ったものだ。
そのため、道を少し外れるだけで相当に大きな樹木の生い茂る、視界の悪い空間になっているのである。
その木陰から群衆を見守る2人の影、そのうちの1人は焚きつけられた群衆があげた咆哮を聞いて、面白がるような表情で呟いた。
「おうおう、やったやった、やりよったわ。あやつめ、たぶらかしよったわ」
どうどうと走り出す群衆を眺めながら満足げに頷く老人、ゼルドロに対して、その横で呆れたような、戸惑ったような表情を浮かべながらクロバは問いかけた。
「いや、早すぎるでしょう、昨日の今日ですよ? もう少し準備すべきことがあったんじゃないですか?」
クロバにすれば、これは単なる演説会であり、まさかそのまま革命を始めるなどと思ってはいなかったようだ。
しかし、彼のこの問いに答えたのはゼルドロではなかった。
「民意は熱しやすくて冷めやすい、国家は不意打ちに弱い、電撃開戦が一番効果的だろ?」
革命の先導者であるにもかかわらず、しれっと人々の波から抜け出してきたコウがその問いに答えた。
「それは、まぁそうですけど⋯⋯」
「怒りはなぁ、憎しみと違って冷めやすいからのう、まああのやり方なら早い方がいいじゃろうな」
ゼルドロもコウを擁護する言葉をかける。もっとも、「あのやり方」という彼の表現は、執拗に怒りを煽るコウの手法そのものを高く評価してはいないということなのだろうが。
「あの〜」
そんな会話をする3人に、後ろからためらいがちに声をかけた人物がいた。振り返ったコウの視界に映ったのは、先ほどまで頭を下げていた血まみれの少女だ。しかし、先ほどまでとは随分様子が違う。あれほどに弱々しかった足取りは、今ではしっかりとしたものに変わり、フードを脱ぎ去った頭からは輝かんばかりに美しい赤髪が流れている。
「おおリムカ、お疲れ〜」
そう、先ほどまで悲惨な奴隷役を演じていたのはリムカとリグルである。幸か不幸か、奴隷というのは奴隷商からすれば商品であり、その価値を保つため、最低限の生活は約束される、本来ならこれほどに悲惨な状態にはならないのである。
では、彼女のこの傷と血はどういうことかというと——
「はい⋯⋯でも、すごいですね、これ」
コウの言葉にどう答えたものかあやふやな言葉を返したリムカは、しみじみとした驚きと賞賛の表情をを浮かべて自分の体を見回し、クロバに向き直った。
「フフフ、かなりの完成度でしょう、傷の造形には苦労しましたけど」
2人の格好はなんと、蜜蝋と血糊に泥を加え、半日がかりでクロバが作り上げた、いわゆる特殊メイクなのである。
改めてクロバの器用さには脱帽するばかりだが、そうなると、ここには新たな問題が発生する。
「でも、よかったんですか?」
リムカの唐突な問いかけに、コウは疑問の表情で先を促す。
「こんな、皆さんを騙すような感じになっちゃってるじゃないですか」
その言葉にコウは2人が微妙な表情で彼を見つめる理由がわかった。
彼女らが受けた仕打ちはひどいものであったが、それを誇張して伝えることは、民衆を騙すことになるのではないか。彼女らからすればそれは大事なことなのだろう。
コウからすれば、的外れな質問であったが。
「リムカ、俺は別に人々を救いたいからやってるんじゃないんだよ、楽しいからやってるだけなんだ」
直接答えたわけではないが、その答えは2人を絶句させるには十分なものだった。
「でもな、その方がいいだろう。だからこそ俺は動けたんだから。仕事とか生活とか報酬とか、そんなこと考えてる奴革命なんてできるかっての。お前達が求めてる改革は、俺ぐらいおかしな奴じゃないと出来ない。なら、遊びでも俺がやる方が早いだろ?」
コウのこの言葉に、リムカは反論する事が出来なかった。
遊び半分で革命など、正気の沙汰とは思えない。しかし、コウがそうしなければ、彼女達のように悲惨な目にあう人々が増え続ける事も事実であるし、彼の言うように問題の根本的解決にはならない。
リムカが、出口の見えない思考の渦に飲まれていく様子を見送ったコウはおもむろに口を開いた。
「ところで、ペルシアの方はどうなってる?」
クロバに問いかけたコウ、これは、今日の昼間に魔道師組合に出向いた際に取り付けた要求「今回の革命に参加してくれる組合員を有志で募って欲しい」というものだ。
コウからすれば、1人でも参加してくれるか、そうでなくても大手である魔道士組合からの協力があった、という形だけでも示すことで革命軍の影響力をあげようという魂胆だったのだが。
「見ます?」
クロバの疲れ切った、呆れたような表情に不安を覚えながら、差し出された書類を奪い取る。
一面に名前が書き込まれたその書類の上には、こう記されていた。
——革命軍参加表明、計1023名——
「さすが、魔道士組合組合長といいますか、凄まじい影響力ですね、魔道士組合の幹部のほとんどが参加を表明したようですよ」
ここにきて、コウは人徳が何たるかを思い知らされることとなった。




