第25話 夜を徹して
「⋯⋯しかしまあ、随分と派手にやりましたね」
コウ達から遅れること数分、教会の扉をくぐったクロバは開口一番、目の前の惨状に、げんなりした表情でつぶやいた。
「裏口から逃げようとした連中は捕らえました⋯⋯けど、どうするんです? これ」
コウの指示した任務の成功を告げながらも、浮かない表情で彼は足元に転がる仮面の首を足で指し示す。
「うん⋯⋯ああ、いや、大丈夫だよ、此処は、このままで」
しかし、それに対するコウの答えは歯切れの良いものではなかった。何事か思案するようなそぶりで、クロバの質問に、答えになっていない言葉を返す。
「はぁ⋯⋯しかしすごいですね。その武器は」
とはいえ、質問したクロバもクロバでコウの答えを聞き流したわけだが。
彼の視線は、セナの握る巨大すぎる大剣に釘付けになっていた。
「うぇ? ああ⋯⋯すごいでしょ」
恍惚とした表情で戦闘の余韻に浸っていたセナは、クロバに声をかけられて一瞬驚いた様な表情を見せた後、満面の笑みで答えた。
「〝巨人級武器〟ですか⋯⋯まさか扱える人間がいるとは思いませんでしたよ」
巨人級武器
その名の通り、巨人や神にしか扱えない様な、人間が扱うには多少無理のある武器にあてがわれる等級である。要するに、大剣や戦斧、戦鎚よりはるかに重かったり大きかったりする武器に与えられる称号で、その様な意味では正しくセナの持つ異形の大剣にはぴったりの呼び名だろう。
最も、巨人のいないこの世界でなぜに巨人級なのか。その名で操るには彼女は細腕すぎやしないかと言った疑問は残るが。
「ふふん、これはもう私の一部みたいなものだからね⋯⋯最近使ってなかったけど⋯⋯」
自慢げに胸を張ってうそぶいたセナは、直後、自身に突き刺さる視線にバツの悪い様子でつぶやいた。そう、コウは忘れていなかったのだ。初めて出会ったその日、嬉々としてジャックナイフを振るっていた彼女の姿を。今思えば、彼女のやたらと格闘を多用する戦闘スタイルはもともと至近距離戦で扱いにくい大剣をもとに編み出されたものだったのだろう。
「まぁいいや、とにかく人質を回収しようか、その裏にいるんだろう?」
深化する思考もそこそこに、コウはセナに向かって問いかけた。リグルの心情を気づかって奴隷や商品と言った表現を控えたコウだったが、その問いは思わぬ方向から打ち破られた。
「彼女らならもう保護しましたよ。今はもう裏手にある馬車に集めてあります」
「え? あっ⋯⋯そうか、お疲れ」
クロバの仕事の速さを評価しながらも、それではやり口がまるっきり奴隷商と変わらないのでは無いかという疑問を飲み込み、コウは一応のねぎらいの言葉をかける。
「そっか⋯⋯そうだな、よし、じゃあ軽く片付けて帰るか」
素晴らしいクロバの働きに、頭の中で今後の予定を修正したコウは、ひときわ明るい表情で言い放った。
無論、足元に広がる血の海にセナが苦い表情でそっぽを向いたことは言うまでも無いだろう。
——翌日、早朝——
その日、ゼルドロ邸は日も上らないうちからたくさんのエルフと執事、そして彼の弟子たちでごった返していた。
「なんじゃ⋯⋯えらく、ややこしいことになったのぅ」
疲れた表情でそうつぶやくゼルドロ自身も、今まさに弟子達を引き連れて奴隷商の競売場からエルフ達を助け出して戻ったところだ。
「その毛布はあっちの母屋に運んでてくれ⋯⋯おっ、ゼル爺お疲れー」
門の前に立ちつくし、自身の道場の阿鼻叫喚具合に頭を抱えるゼルドロに声をかけたのは、コーヒーカップを片手に慌ただしく指示を飛ばすコウだった。
「まったく、なにがお疲れじゃ。いいように使ってくれよってからに⋯⋯」
忌々しげにコウを睨むゼルドロ、
——前日、正午を少し過ぎた頃に突如、道場の門をくぐったコウは弟子達に睨まれる中、ゼルドロに一枚の書状を突き出し、悲痛な声で訴えた。
「善良な市民が助けを求めている、救えるのはあんたらだけだ⋯⋯」
足早にその場を去ったコウが言い残したのはそれだけである、しかし彼が見せた、先日の高慢で不遜な態度とはあまりにもかけ離れた様子は、巧妙に、確実にゼルドロの弟子達の心をうった。
「助けましょうぞ!」
「救いましょうぞ!」
あっけにとられていたゼルドロに、弟子達は口々に言葉をかける。
「うむ⋯⋯分かった」
彼らの手前、救わないと言う選択肢を選ぶことはできなかった。
薄々感じてはいたことだが、開いた書状に記された、弱さなど微塵も感じさせない強気な行程表にゼルドロは大きく一つ、ため息をついた——
「まあよい、あの書状に載っとったのはこの娘じゃろ?」
その手の不満を飲み込み(今回の一件ではコウの方に道理がある)、ゼルドロは自身の後方に控える弟子達を指で指し示した。
それと同時に隊列が二つに割れ、その中から守られるようにエルフの集団が現れた。
彼らの先頭に立つその女性を見て、コウが気づくことはない。
「お姉ちゃん!」
ただ、コウの後ろから飛び出したリグルにとってはその人こそがその時、全てだった。
「リグル!」
飛びついたリグルをひしと抱きしめる、エルフには珍しく真紅の髪色を持つ女性。
緊張の糸が切れたのか、彼女の胸に顔をうずめ、おうおうと泣き声をあげるリグル。そしてその体をぎゅっと抱きしめ、なだめながらも自身の涙を止めることのできない彼女。
そんな感動的な姉弟の再会シーンに、コウは容赦無く水を差した。
「もしもし? あんたがリグルのお姉さん?」
コウに声をかけられて彼女はリグルを抱きしめたまま立ち上がった。
「はい⋯⋯あの、あなたは?」
不信感を持たれないためにも、ここはリグルに「この人はコウさん! 死にそうだった僕を助けてくれたんだ!」くらいの事は言って欲しい場面だが、泣き崩れるリグルにコウの心情を察する様子はない。
仕方なくコウは自ら名乗った。
「俺はコウ、そいつに依頼されてあんたらを助けた者だ」
リグルを指差しながらコウが答える。
「そうだったんですか⋯⋯あっ、ごめんなさい! 私はリムカです」
会話の中に出来た微妙な間に気づいたリムカが名乗り返す。しかし、その言葉のたどたどしさに彼女の複雑な心境が見てとれた。
彼女らからすれば、奴隷商もコウ達も大差ない存在であるはずだ。いや、今まさに売られようとしているところを助けたことに違いは無いだろうから奴隷商よりはマシかもしれないが、それでも、見知らぬ者達にまた連れてこられたことには変わりない。
「まあ、ややこしい話は中ですればいいじゃろ。ほれ、さっさと入りなさい」
気まずい空気の流れる二人の間で、ゼルドロのこの言葉はまさしく鶴の一声だった。
ところで今回の作戦は5つの競売場を同時に襲撃する電撃作戦だった訳だが、その成功のために投入された戦力は相当なものとなった。
一つ目はコウ(セナ)を、二つ目はゼルドロを、三つ目は流水花月2番手の実力者を中心とした部隊で攻撃したのだ。
では、残りの2箇所は一体誰が攻めたのかというと——
「お待たせしました、お嬢様方。セッテリアのムニエルでございます」
まさかもまさか、クロバの呼び集めた執事部隊である。
彼の「友に協力を仰ぎます」という言葉が、まさかこんな事態になろうとはコウ自身思ってもみなかった。
流石、完璧執事のお友達というべきだろうか。それぞれがなんらかの武術に長けた彼らは十二分に活躍し、見事に2箇所の攻撃を達成してみせた。
その上で助け出したエルフ達のメンタルケアにも抜かりはないのだから脱帽ものである。しかし、
「⋯⋯どこのホストクラブだよ」
眉目秀麗な執事達が右へ左へ駆け回り、傷心のエルフの女性達を慰める様は、まさしくそれだった。
——1時間後——
「分かりました、それなら協力します」
決意の表情で自身の手を取るリムカに、コウは笑みを浮かべながらも、内心、相当な疲労感に襲われていた。別に、徹夜が辛いとか彼女を説得するのが大変だったというわけではない。
彼女の警戒を解き、こちらの提案に応じてもらうにあたり、執事部隊の存在は大きかっただろう。
しかし、やはり彼ら特有の規律や掟というものはあるようで(執事という職業柄ならば当然なのだが)、それは超自由主義たるコウにはそれなりのストレスになるのだ。
「ねえ、この後何かするわけでもないんでしょう? じゃあ帰って休みたいんだけど」
そんな心情のコウにとって、セナがぼやいたこの言葉は非常に助かるものだった。
「うん、いいよ。俺も荷物取りに戻るし」
セナの言葉にコウは自身も宣言した。
「でしたら、私も一度お屋敷の方に」
しかし、それに便乗するように言い放ったクロバの言葉は、コウも全く予想外のものだった。
「お忘れに? あなたがやれとおっしゃいましたよね?」
そんな表情が顔に出ていたのか、それをみたクロバが咎めるような視線をコウに向けた。
「ああ、いや、そうだったな」
自身が出した指示を忘れるなど、普段のコウならば考えられない事である。やっぱり相当疲れているんだと思い直したコウは挨拶もそこそこに道場を後にした。
——
宿に戻り、荷物を回収したコウはその中に自身の財布が入っていないことに気づいた。軽く舌打ちをしたコウ、しかしこれはそれほど深刻な問題ではなかった。
財布を取り出した場所は一つしかない、コウは足早にセナの店に向かった。
セナの店の扉に手をかけた時、コウは意外な人物の声を聞いた。
「しかし、驚きました。まさか、こんな所に伝説の殺人鬼がいるとは思いませんでしたよ」
開け放たれた小窓から聞こえるクロバの声に、コウは手を止めて耳を澄ませた。
「⋯⋯何言ってんのよ?」
続いて聞こえたのは、警戒の滲むセナの声。
「フフ、一度でも見たことがあるものなら、先ほどの姿を見て気づかないはずがないと思いますよ? そもそも、巨人級武器を扱える人間を私は、彼女以外知りませんでしたし」
「ふーん⋯⋯」
クロバの言葉に観念したのか、続いたセナの言葉に否定の意思は見られない。
「稀代の殺人鬼にして、上流貴族を次々と殺して回った国家反逆罪に問われた部隊の隊長。王国の手を噛み裂いた狂犬に、まさか、こんなところで出会えるとは」
「それで、突き出そうっての?」
その変わりとでもいうか、続いた言葉と一緒に響いた重々しい金属音は大剣を持ち上げた音だろうか。
「いえいえ、私はただ疑問だっただけですよ。初めてあなたにお会いした時の印象はどちらかというと快楽殺人鬼に近いものでしたから、国家反逆罪という罪状が不自然に思えましたので」
その予想を裏付けるように、慌てた様子でクロバが言葉を並べたてる。
「ふーん⋯⋯そう」
その甲斐あってか、次に聞こえたセナの声には強い敵意は見られなかった。
「否定されない⋯⋯という事は、その通りだったのでしょうか?」
「別に、殺しまくってた事は事実だしね」
しかし、その言葉はひどく歯切れの悪いものだった。
「ほんと、やんなっちゃうわよね。あいつらが殺せって言ったくせにね」
「あいつら、とは?」
セナの含みのある言い方に、クロバが問いかける。
「騎士団に指示するやつなんて、国の上層部以外ないでしょう?」
皮肉げにつぶやいたセナ。
「なるほど、それが今回の革命に乗り気な理由ですか」
納得の言葉をあげたクロバ。
「まさか」
しかし、その言葉はあっさりとセナに覆された。
「殺したのはアタシだし好きでやってた事だしね。踊らされてたのはムカつくけど⋯⋯それをどう言うかはあっちの勝手よ」
「⋯⋯ではなぜこのような面倒な計画に賛同したのですか?」
拍子抜けの様子をにじませて、クロバが再び問いかける。
「⋯⋯ほら、あいつよ、コウよ」
彼女の口から放たれた自身の名前に、コウは聞き耳をたてる。
「あいつにアタシは、勝てるかどうかわかんないのよね」
あっけらかんとした彼女の言葉に、クロバが素直な疑問の声をあげた
「⋯⋯考えられませんね、彼にそれほどの実力があるとは」
(⋯⋯なにおう)
「まあ、確かにぱっと見は弱そうよね、て言うか実際そんなに強くないのかもしれないけど⋯⋯」
本人がいないと思って好き勝手なことを言う二人に、乗り込んでやりたい衝動を抑えつつ、コウは次の言葉を待つ。
「でも、どうやったら勝てるか⋯⋯あいつを絶対に殺せるかはわかんない。首切り飛ばしても笑いながら喋りかけてきそうでしょ? あいつって」
やれやれといった声音でつぶやくセナに。
「フフ、確かに。彼にはそういった要素はありますね」
苦笑いを浮かべてクロバが肯定の意を示す。
「あんな奴、初めて会ったわよ。あんな面白いやつについていかない理由はないわよね?」
彼女のその言葉に、小さく笑みを浮かべたコウは、一息に扉を開け放った。
「あっ⋯⋯」
「これは⋯⋯」
振り返った2人が口々にやってしまったといった雰囲気の言葉を漏らす。
「どうしたのよ? 荷物取りに帰ったんじゃなかったの」
「いや、財布を忘れていたみたいでね」
そう言いながらコウはカウンターの端を指差す。その先にある小ぶりな巾着袋をつかんだセナはコウに向かって投げてよこした。
「ほら、しっかりしときなさいよね」
それを掴み取ったコウは、笑顔で礼の言葉を述べた。
「おう、ありがと。それより、何の話をしてたんだよ?」
もちろん、追求も忘れずに。
「⋯⋯コウ様がいかに素晴らしい人間であるかを——」
「ヘイ! 白々しいぞクロバァ!」
疲労と深夜テンションでいつもよりハイになっているコウの追求はこの後30分ほども続いた。




