表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
24/141

第24話 解放


「革⋯⋯命⋯⋯?」


「国⋯⋯取り⋯⋯?」


 突拍子もないコウの言葉にぽかんとした表情を向けるセナとウチツネ。


「そう、国が国土を売るために国民を排除することに加担したっていうのは革命を起こすのに十分なスキャンダルだからな。当事者の証言もあればある程度の人心を握ることはできるだろ? あとは革命起こして国のトップを取っちまえば国からマークされたりだとか、上層貴族に目をつけられたりだとかいう心配は必要ない。リグルは姉ちゃんや友達を救えて、俺たちは国がゲットできる。なんてギブアンドテイクだ、素晴らしい!」


 矢継ぎ早にまくし立てたコウの熱量にその場の全員が圧倒される。

 しかしその中で唯一の常識人は、辛うじて反論の言葉をコウに投げかけた。


「⋯⋯ちょっと待って下さい、確かに貴方の言う通り今回の件は民衆の反感を買うのには十分な内容ですが、だからと言って革命が成功するとは限らないでしょう? それに失敗したら我々は目を付けられるどころか単なる反逆者です。どう考えてもリスクが大きすぎますよ」


 クロバの説得は非常に合理的で正しいものだった。


「いや、勝てる。それだけの材料が俺たちには揃っている」


 しかし、爛々(らんらん)と輝くコウの双眸そうぼうは、彼のその言葉が疑いようの無い事実であるかのように、見るもの全てに訴えかけた。


「アタシはそれでいいわよ」


 唐突にセナが口を開いた。


「ここでダラダラしてるのもつまんないし、国家様のいいようにされてるのは気に食わないしね」


 彼女のその言葉は、コウの持論ともクロバの説得とも全く異なる価値観から放たれたものだったが、嘘偽りなく本心を言葉にしたそれは少なくとも彼の迷いを打ち払うものになった。


「⋯⋯そうでござるよ、クロバ殿。セナ殿のおっしゃる通り、勝てる勝てないではないのでござる。拙者はこのわらべを助けたい。それだけでよいではござらんか」


 コウに比べて熱血の色味が強い燃えるような瞳に見つめられ、流石のクロバもたじろいだ様子を見せる。


「⋯⋯しかし、私は反対ですよ。第一、リグル君のお仲間を助けるにしても場所がわからないではないですか、助けようがありませんよ」


 しかしクロバはその程度で引き下がる男ではない。今度はその手段を指摘することで彼らの動揺を誘う。

 しかしクロバのこの言葉にコウはニヤリと悪辣な笑みを浮かべた。


「それはお前なら分かってんじゃないか? いや、『情報通のクロバ殿』でなくても少し考えりゃわかる事だろう、相手からすれば騎士団が手出ししない、気づかないふりをしてる間に全てのことを終わらせたいはずだ。それだけ急いでるからリグルは見逃されたんだろうよ。

 さて、村ひとつ空にする程の人数を短期間のうちに売りさばこうとするなら、それ相応に大規模なオークションを開かなくちゃならないわけだが、人目につかなくて広くて集めやすくて逃げやすい、そんな場所がこの国の中にいくつあるんだろうな?」


 クロバを追い詰めるように抑揚豊かに語りかけたコウ、その場の全員の視線を一身に受けたクロバは開きかけた口を閉じ、小さくひとつ、諦めのため息を漏らした。

 引き剥がすように乱雑な手つきで広げられた地図を剥ぐ。

 その下から現れた1枚目の地図、つまりはハタツミを一望する地図の数カ所をクロバは指で指し示した。


「ここ、ここ、ここ、ここ、あとはここでしょうか? コウ様のおっしゃった条件とここ数年の奴隷売買の傾向から予測すればこの辺りになると思いますが⋯⋯」


「なんだよ、やっぱ知ってたんじゃん」


うるさいですね、まったくあなたも私と同じで、厄介ごとは極力避けようとする人間だと思っていたのですがね。しかしどうします? 場所が絞れたとはいえまだ5ヶ所です、その中の何処か、までは分かりませんし、一ヶ所とも限りません。まさか全ての場所に分れるなんて言うつもりじゃないでしょうね、最悪死にますよ?」


 コウの小馬鹿にしたような視線に、ついに悪態をついたクロバ。だが、彼のそれは追い詰められて放った苦しまぎれの八つ当たりというよりは、コウの提案に妥協したその仕返しといった要素が強い。結局のところ、善人ぶっていた彼も案外冷酷な人物だったというだけなのだ。


「ふん、俺の中でこれはもう『スーパー楽しいおもしろ事件』なんだよ。ああ、あとメンバーは心配すんな。俺の知り合いにそういうのが得意でかなりの武力を持ってる爺さんがいるからな」


——同日、深夜——


 煌々(こうこう)と降り注ぐ月明かりの中、今やほとんど人の寄り付かなくなったその教会は、締め切られた扉から申し訳程度に光を漏らしていた。

 『神に祈れば万人が救われる』とうたった宗教だったが、実利至上主義のこの国にそのような抽象的な崇拝が受け入れられるはずもなく、結果として、完成と同時にほとんど閉鎖に追い込まれたこの教会は、皮肉にも人身売買組織の競売場として長年使われていた。

 今日も今日とて、仮面を付けた数十の人々が卑しい笑みを浮かべてその中央に位置する壇上の男を見やる。


「さァ〜皆さん! よくぞお集まり下さいましたァ〜、今宵は素晴らし〜い商品を取り揃えておりまぁすゥ〜、まァ〜、皆さんにとっては見慣れたような者たちでしょうがァ〜」


 甲高い声で叫んだその男の言い草に、仮面の人々は失笑を漏らした。

 男の言う通り彼らにはこの光景は見慣れた者である。壇上で叫ぶ男は奴隷商のリーダーで、それを囲む仮面の人々はハタツミの中小貴族なのだ。仮面を付けて身分を偽っていることからもわかるように、彼らは奴隷売買という犯罪に加担する買い手であり、また常連なのだ。

 壇上から彼らを見回した男は笑みを浮かべて、改めて口を開いた。


「まァ〜、余計なことはお口チャック〜で行きましょうかァ〜。今宵最初の商品はァ〜、エルフの少女! まあァ、本日の商品はぜ〜んぶエルフな訳ですがァ〜、この娘はその中でもかなりのものですよォ〜!」


 壇上の男の出した合図に、舞台袖に控える屈強な男が鎖に繋がれた一人の少女を壇上に連れて上がる。

 美しい金髪を肩のあたりまで伸ばした少女の怯えるような表情に、仮面の男たちの無遠慮な視線が向けられる。


「いかがですかァ〜? 相当な上玉でしょう? エルフにブロンドはありがちですがァ、ここまで美しい者はそうそういませんよォ〜?」


 壇上の男が買い手を煽るように言葉を放つ。


「10ゴールドだそう!」

「なら私は15ゴールドだ」

「20ゴールド!」

 

 次々に声をあげる買い手達を押しとどめて壇上の男は下卑た笑い声を上げた。


「アハハァ! 皆さんそう慌てずにィ〜、まだ半分でしょう? そうですゥ〜、ワタクシ共は後腐れない商売が身上ですからァ〜、買ってみたらキズ物でした! なんていうくぅだらない商売はしたくないのですゥ〜⋯⋯ほらァ、何してんですかァ、とっととその邪魔な布を剥がしなさいよォ〜」


 男の言葉に、買い手達から笑いと歓声が上がる。彼らに促されるように、震える少女を抑えていた大男は彼女の服にその手をかけた。

 彼女の恐怖や恥辱など意に返さず、男はその手に力を込める。非情に、残酷に、彼の蛮行を止める者はその場に居なかった。




 そう、その場()()居なかった。


 突如響き渡った硬質な破砕音にその場の全員が顔を上げる。

 天井のステンドグラスを打ち砕き、彼女は飛来した。

 砕かれた色とりどりのガラス片が仄白ほのじろい月明かりを受けて鮮やかな残光を引く。それはまるで映画のワンシーンを切り取ったかのような幻想的で美しき光景だった。


 いち早く反応したのは少女を抑えていた大男だ。彼女にかけていた手を自身の左腰、すなわち剣帯に回し少女を突き飛ばしながら抜刀する。

 自身の真上に落ちてくるセナを迎撃するべく、彼はその剣を頭上に振りかざした。

 

 果たして、それは戦闘と呼べるものだったのだろうか。


 剣を構える男に対して、セナが振り下ろしたそれは明らかに常軌を逸していた。

 男の剣が最初から無かったかのようにあっさりと砕け、直後その身体も剣圧に弾け飛ぶ。


 轟音を響かせながら着地したセナの前に人はおらず、その足元に広がる紅の残骸だけが、そこに何かがあったことを告げる。


「ああ⋯⋯ふふっ⋯⋯ははは」


 彼女の白い肌に、その白い服に数滴の血の跡が散り、その全身を月明かりが照らす。

 その中で笑みを、恍惚の笑みを浮かべる彼女は、眼を見張るほどに美しく、非現実的な存在として彼らの思考をからめとる。


「最ッ高⋯⋯」


 急速に人間味を帯びたその表情に、ようやく彼らはその状況を理解した。


「敵襲ゥ! 敵襲ですよォ!」


 もはや悲鳴とも取れるその言葉に舞台袖から次々と武装した男達が現れる。セナを囲むように大きく展開した男達は、剣の切っ先をセナに向けながらジリジリと間合いを詰める。彼らの顔には敵意と、そしてぬぐいきれない恐怖が浮かんでいた。当然だろう、たった今、眼前で彼らの隊長格だった男が殺されたのだ。

 そして何より、巨大なその武器を操る彼女が、彼らには同じ人間に見えなかったのだ。


 化け物、魔物、これは悪夢だと言い聞かせたくなるほどに恐ろしい存在として、彼女はそこにあった。


 ジリジリと間を詰める男達、突如その一人が腰から下を残して爆ぜた。

 悲鳴などあげる間も無く、その命を落とした仲間の姿に恐怖と怒りが飽和した彼らは我先にと争うようにセナに切りかかった。


 次々と打ち砕かれていく男達を前に、未だ放心状態から覚めやらない仮面の貴族達は彼女の武器の異常性に気づいた。


 それは、刀身だけで2メートルはある大剣。しかし、それが剣であると即座に理解できた者は少ないだろう。


 全体が錆びにまみれて赤茶色に染まったその剣は、異常なほどに太く、広く、分厚かった。


 重さにしてどれほどのものだろうか。一目見て100キロ、材質によればその倍はするであろう代物は、剣という『武器』よりも破城槌のような『兵器』を彷彿とさせるものだった。


 いや、まさしく『兵器』であろう。彼女はそれをまるでナイフのように軽やかに振り回すのだから。


 霞むほどの速度で踏み込んだセナはその大剣を右から左に振り抜く、体重を乗せたその一撃は苦もなく、相手の剣を打ち砕き——


 さらに一歩、踏み込みながら切り返した一撃に、男の肉体は無残にも千切れ飛んだ。


 彼女の速度と、彼女の間合いと、彼女の豪剣が合わさったそれを止めることができようはずもない。

 次々に死にゆく者達を前に、舞台は大混乱に包まれた。


「随分とやってくれますねェ!」


 その混乱に、これまで指揮に徹してきた男が悪態を吐く。奴隷商のリーダー、レイバンは自身の背中に手を回し、一本のナイフを抜きはなった。

 その刃から滴る液体は、即効性の神経毒。しかしそれでもその小さな刀では彼女の操る大剣と全く釣り合っていないように見える。


 しかし、事はそう単純ではない。奴隷商のリーダーは曲がりなりにも相当な死線をくぐり抜けてきた猛者。大剣使いの共通の弱点を彼は知っていた。

 それは、近接戦に弱いという事。鈍重で巨大な刃は、剣闘でいう中距離、つまりは自身の獲物が届く間合いでは絶大な威力を発揮する反面、それ以外の間合いに弱い。

 遠距離ではその重さが足枷となり、近距離ではその小回りの効かない剣を満足に振るうことが出来なくなる。

 セナの踏み込みは凄まじく、遠距離戦には十分に対応できるものだったが近距離の速度では自身のナイフの方が早い。

 その自負に従って、レイバンはそのナイフを遊ばせながら機会を待っていたのだ。


 飛びかかってきた男を後ろの仮面貴族ごと切り払ったセナとレイバンの間に飛びちった血しぶきが二人の視界を遮る。


 その隙を彼は見逃さなかった。


 猛烈な疾走でその血飛沫に飛び込むレイバン、それを抜けた瞬間、手を伸ばせば触れられるほどの距離に、大剣を振り抜いた姿勢のセナの身体があった。

 振り抜かれた大剣はレイバンの頭上をかすめたもの。あの状況でなお、彼の突撃を読んで大剣を切り返した彼女のその直感に戦慄しながらも。レイバンは引きつった笑みを浮かべた。


「これでェ! 終わりですよォ!」


 叫びながら右手に握られたナイフを彼女の腹に突き込む。

 しかし、その腕は空中で不自然に折れ曲がった。

 強烈な速度で振り抜かれたセナの左フックがレイバンの右ひじを捉え、簡単にへし折ったのだ。


「ゲヒッ!」


 レイバンの悲鳴はその痛みによるものでは無い、彼がそれを認識する前に、彼の腹にはセナの左膝が食い込んでいたのだ。

 そのまま突き飛ばすように、セナが膝を伸ばしてレイバンを蹴り上げる。

 壇上から仮面の貴族の上に放り出されたレイバン、その彼に追いつくように飛び上がったセナは担ぐように振り上げた大剣で。その下の群衆ごと、彼を叩き潰した。


——数分後——


「よーし、とつげーき!」


 コウの能天気な声にウチツネが刀を振るう、

 未だ木刀ではあるが、重量と強度に重きを置いて作られたその刀は無理なく教会の扉を吹き飛ばした。


「ヒッ、ひいイィィ!」


 開け放たれた扉に悲鳴を漏らす数人の仮面。


「うっわー⋯⋯やったなー⋯⋯」


 扉をくぐり、中をのぞいたコウは引き気味に一言、ため息を漏らした。

 扉の前でへたり込み、怯えた表情を浮かべる貴族以外に生きている者は確認できない、おそらく奴隷達は舞台袖に隠れているのだろうし、セナも手は出していないだろうが少し心配になる程には凄惨な光景がそこに広がっていた。


「あ、コウ! やっぱいいね! これ」


 その血に塗れた舞台の真ん中で、巨大な大剣を引きずりながら楽しげにステップをとるセナ。あれが仲間であると自覚したくはなかったが、文句なく今日のMVPは彼女である、コウは苦虫を噛み潰したような顔で彼女にねぎらいの言葉をかけた。


「おう、お疲れー」


 しかし、恨みつらみはそう簡単に決着するものでは無い。コウの後ろから飛び出したその小柄な人影を、コウは慌てて捕まえた。


「え? 何してんの?」


 決死の表情で飛び出したリグルのその小さな手には小さなナイフが握られていた。


「っ! 離してください! 彼奴が、彼奴らがお姉ちゃんを⋯⋯」


 深い怒りの込められた視線でヘタリ込む貴族どもを睨みつける彼の、その怒りは、しかし、多少の勘違いが含まれていた。


「あー⋯⋯リグル、それは違うぜ」


「えっ⋯⋯」


 コウの思いもよらない言葉に、リグルが目を丸くして振り向く。


「彼奴らはあくまでも買い手、お前の姉ちゃんをさらった賊はそこに飛び散ってるどれかだ。どれだけ外道なものでもこいつらはただ自分の権利を使っただけ、俺たちが殺していいもんじゃない」


「でもっ、でも⋯⋯」


 コウの言葉はリグルには到底理解出来ないものであったが。しかし、コウに言い返すだけの言葉を持っていなかった。


「そうだ、そうである! 我々はただ買い物に来ただけなのだ!」

「私どもを斬ろうなどと何を言っているのだ!」

「そんなことよりあそこで暴れている殺人鬼をどうにかしたらどうなのだ!」


 コウの言葉を聞いた瞬間、まるで別人のように立ち上がり、高慢に命令を下しはじめた彼らの態度に、やるせない気持ちで俯くリグル。


(こんな、こんな人たちが⋯⋯なんで、こんな人たちを⋯⋯)


 悔しさに涙をこぼすリグル。


「だから」


 ぼそりと呟いたコウ。

 瞬間、リグルは自分の襟首を捕まえていたその手が離れたことを感じた。

 涙に歪む視界で顔を上げたリグル。

 その目の前には晴れやかな笑顔を浮かべたコウの姿があった。

 涙を拭ってもう一度顔を上げた瞬間、ゴトゴトっと何か重いものが落ちる音が辺りに響いた。

 糸が切れたように、先程まで騒いでいた貴族達がその場に倒れこむ。彼らには共通して、首から上が無くなっていた。


「これは俺の高慢だな」


 朗らかに告げるコウ、その肩に担ぐようにして乗せられた刀は、ぬらぬら赤く、月明かりに照らされていた。


 




 


 

 


  

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ