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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
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第23話 最初の決断


 クロバの不鮮明な言動に疑問の表情を浮かべる一同。


「どういう事?」


 辛抱たまらずに問いかけるセナに一度頷いたクロバは笑みを浮かべて言葉を放つ。


「そうですね、どこから説明しましょうか⋯⋯皆さんはこの国の生い立ちは知っていますよね?」


 確認の意味が強いクロバの問いかけであったが。


「え⋯⋯と、超優秀な国王様が完璧な政治でガンガン国土を増やしたって話だっけ?」


 セナの先日、コウに語ったこの国の歴史とおぼしき答えに少し表情を曇らせる。


「ええ、まあそうですが⋯⋯うーん⋯⋯そうですね、そこから詳しく説明しましょうか」


 その言葉と同時にクロバは胸ポケットからもう一枚の地図を取り出した。現在、テーブルの上に広げられているハタツミ全土を見渡せる地図に比べて、クロバが新たに取り出した地図は大陸全土とまではいかないが幾分か縮尺が大きく、ハタツミを含む周辺諸国を一望できるほどの規模であった。その中で最も大きな国、つまりハタツミを指し示しながらクロバは続ける。


「皆さんご存知の通り、この国は亡き初代国王の知略と謀略によって、一商人街でしかなかったここハタツミは当時最先端の自由商益国家じゆうしょうえきこっかとして世界の⋯⋯は少々言い過ぎですが⋯⋯大陸東部の中心地として栄えていました。まぁ、とは言いましても当時は領地も規模も、現在とは比較にならないほどに小さいものでしたが⋯⋯」


 一旦言葉を切ったクロバはチラリとウチツネの様子を伺う、頭の悪い主人を持つが故についてしまった癖なのだろうが、ウチツネが話についてきていることを確認するとクロバは再び口を開いた。


「影響力は計り知れませんでした。当時の貿易は商団を介して行われるものでしたからね、その商団のほとんどがハタツミで商売を行うようになった訳です。これは言い換えれば諸国の貿易権を間接的に握りつぶしたことと同じ、これは他国にとっても良い事とは言えません。特に地力のある、いわゆる列強諸国は自国の利益が他国の掌の上で決められている状況は到底放置できないものでしょう」


「しかし、だからと言ってハタツミに対して武力攻勢を仕掛けることはできません。他国の目がありますから。特に交易を重要視してこなかった中小諸国はわざわざ独自のルートを作らずともハタツミに商品を下ろすだけで相当な国益アップが見込めていた訳ですからそこを攻めようとする列強は利益を独占しようとする敵、当然ハタツミを強く援護します。いくら地力があるとはいえ複数国家を相手に今ある収益をなげうってまで戦争を仕掛ける度胸は彼らにはありませんでした」


 地図に目を落とし、そこに書いてあるのかと言いたくなるほどに流暢に言葉を繋いでいたクロバは不意に顔を上げた。 


「さて、この状況で狡猾で賢明な他国の王たちは何をしたでしょう?」


 クロバのこの問いかけにぽかんと口を開ける一同。当然だ、ここに居るものは皆、商人でもなければ国家元首でもないのだ。そんなことをこれまでの人生で考えもしなかっただろう。

 ただ1人を除いては。


「契約、密約、協定、同盟、そんなとこか?」


 コウの答えに、一瞬目を見開いたかのように見えたクロバだったが、コウが確認したときにはもう、彼はいつもと変わらない微笑を浮かべて話し出していた。


「正解です、勝てないならば並ぶ、せめて取り入る。賢明な国主達がそう考えたことは想像に難くありません。そして彼らはハタツミとの間に強力かつ太いパイプを確保すべく次々にハタツミを訪れてはそれ相応の対価と引き換えに利益の補償を買っていった訳です」


「そうなると次に辛くなってくるのはそのほかの各国、つまりは列強以外の中小諸国です。列強が交易で優位を築いた以上、極端に利益は落ち込みますから。しかし彼らはそれに対して反発することは出来ません。なにせ今反発すれば列強諸国を丸々相手取ることになりますから、いえ、正確には列強は列強でどの国が一番優位に立っているか疑心暗鬼の状態でしたが⋯⋯事情を知らない中小諸国からすれば、ハタツミと条約を結んだ彼らが全て敵に見えたはずです」


「なるほど⋯⋯武力の選択肢を潰したわけか」


 納得の表情でつぶやいたコウにクロバが満面の笑みを向ける。


「その通り、さすがコウ様です。ハタツミの初代国王、ルイン・ライラットは群雄割拠する諸国を二つに分け、またそれぞれの武力をブラフとしてこの大陸東部から武力という選択肢そのものを奪ったのです。その上で彼は交易で稼ぎ出した潤沢な資金を使って近隣国家から領土を買い漁った訳です」


「そりゃきついな、武力に訴えられない以上、商売からハブられたら死ぬもんな」


「その通り、他国はハタツミに反抗することができませんから、どれほど不利益でも一見して十分な対価があればその要求を受けざるを得ません。こうしてハタツミは世界でも指折りの大国にまでのしあがったのです」


 本来領土というものは国家の肉体と同じ、たとえどれ程の対価を積まれたとしてもおいそれと売り渡すことができるものではない。しかし、その本来なら不条理とも取れる国家戦略がまかり通ってしまう世界をたった一代で作り上げたハタツミの初代国王の手腕には感服するより他ない。


「で、それがコレと何の関係があるの?」


 しかしそれは遥か過去の話。現在発生している奴隷問題の説明にはなっていない。リグルを指差しながら問いかけたセナの声音には多少の苛立ちが含まれていた。

 そして、セナのその言葉を見透かしていたかのように悠々とクロバはその問いを無視した。


「しかし、たった一つ、当時のハタツミに対抗し得た国家があります」


 クロバは地図の一点を指し示し、こう続けた。


「ゼルカトリア公国、かの国の奇策によって、また世界は動き出したのです」


「奇策って何なのよ?」


 それにしてもクロバの喋りは見事なものだ。さっきまでテーブルに伸びていた問題児が今では立ち上がらんばかりに首を伸ばして彼の話に聞き入っているではないか。

 セナの質問に今度こそ頷いたクロバは快活に続けた。


「ゼルカトリア公国はハタツミとは対照的な国策でこの一強状態を打ち崩しました」


「対照的?」


「はい、ゼルカトリアがとった国策は産業の全てを国内で完結させるというもの、あらゆる取引を国内で行い、各分野に確実に利益を分配することで彼の国はたったの10年かそこらでハタツミに対抗できるだけの国力と軍力を手に入れたのです」


 クロバのこの話に、コウは一つの疑問をぶつけた。


「⋯⋯交易もせずにそんなに発展できるもんなの? 国って」


 確かに生産から消費までの全てを国内で完結させる政策を取れば経済は安定する。しかし、それは同時に交易、貿易によってもたらされる技術的、経済的なブレイクスルー(例えば香辛料の輸入によって食文化が急速に多様化するなど)を放棄するということ。致命的な打撃を受けることもなければ爆発的な成長もない、ある種『ド安定』な政策に見える。

 クロバの言っていた「10年かそこら」で当時の最大国家に並べるほどの発展を得たという話がどうにも府に落ちなかったのだ。


「いえ、鎖国というわけではありませんから、輸出こそしていませんでしたが必要であり、なおかつ国内で生産できない類のものは輸入していたようですよ」


 しかし帰ってきたクロバの答えは新たな疑問を生んだ。。


「え⋯⋯それって中途半端じゃね?」


 小規模な外交ならまだしも輸入オンリーでは意味がない、貿易とは輸出入でワンセットであり、輸入だけでは資金は減る一方だ。

 ブレイクスルーの代償に単純に国力を落としていては話にならないではないか。

 しかしクロバはその余裕の笑みを崩さず悠々と言い放った。


「そこが奇策なんですよ」


 言葉と同時に今度はその手を燕尾服の内ポケットに突っ込む。

 本日3度目のその光景に、コウが某ネコ型ロボットを連想してしまったことは言うまでもないだろう。

 さて、クロバがそのポケットから取り出したのは、黒を基調としたなめし革の、どこか見覚えのある長方形の小ぶりなカバンのようなもの。

 記憶のどこかに引っかかるそれを何だったかと眺めていたコウは、クロバがその中から取り出した紙束を見てハッと気づいた。


「これは紙幣と言います」


 あるしゅ、特徴的な作りとサイズのそれは紛れもなく長財布である。 

 普通なら見間違うことはないほどに平凡な作りであったが、長財布という物は基本的に紙幣に合わせて作られたものであり、またこの世界で紙幣というものに巡り合うなどとは到底考えていなかったコウにとってそれは盲点だったのだ。

 当然、程度は違えどその場にいた全員が疑問や驚き、その他様々な心情でクロバが取り出した紙束に視線を落としていた。


「なに? これ」


「何なんですかこの紙は?」


 セナがひょいとその「紙幣」をつまみ上げ、疑問の声を上げる。

 それから遅れること半秒、クロバとコウの割合難しい話に目を白黒させていたリグルも疑問と好奇心にその手を伸ばす。


「おっと」


 しかしその手は素早くあてがわれたクロバの両手によって押し止められた。


「触らない方が身のためですよ。セナさんもそれを返していただけませんか? それ一枚で1000ゴールドの価値があるんですから、まあこの国では使えませんがね」


「えっ」


「は?」


 驚きの声に一瞬遅れて手を引っ込めたリグル、1000ゴールドは物価に換算すれば現実世界で言うところの数千万円、いや、物価の差が激しいこの世界で最低限生活するだけならば一生暮らせるだけの大金だ。

 と、視界の端からそそくさと卓上に戻された1000ゴールド紙幣を、クロバは苦笑を浮かべながら受け取った。

 クロバはその一枚を含めた数枚の紙幣をカジノのディーラーを彷彿とさせる滑らかな手つきで卓上に並べる。

 「10B」「100B」「10S」「100S」「10G」「100G」「1000G」と印刷されたその紙幣は現実世界での紙幣と何ら遜色ないほどの精緻なものであった。


「左から、10ブレン、100ブレン、10ジル、100ジル、10ゴルドに100ゴルド、そして1000ゴルドです。価値としてはその通り、こちらの国で言う銅貨、銀貨、金貨に対応している形になります」


 改めて10ブレン紙幣をつまみ上げたセナが率直な感想を漏らす。


「これで? 便利ね」


 この世界の貨幣は基本的に、その原材料の価値を基準に作られている。銅貨ならば銅の、銀貨ならば銀の、金貨ならば金の価値を基本に、だからこそ多国間でもスムーズな交易ができるわけだが、それには多少の弊害が伴う。

 つまり、半端な額の会計の場合、大量の硬貨が必要になるわけだ。

1シルバーの商品ならば用意するのは銀貨1枚、しかし999ブロンズの商品の場合は銅貨を999枚用意しなければならないのだ。もちろん、釣り銭によって解決する方法もあるし、大抵の硬貨は100枚ないし10枚を一まとめに結んでおくのが一般的であるため、それほど困る訳ではないのだが、それは小規模な売り買いでの話。

 莫大な額の商談の場合、単純に大量の金貨を用意する必要があるため、それの運搬や保管に莫大な労力がかかってしまう訳だ。

 その点、金貨1000枚の価値を紙切れ一枚で保証できる紙幣というものは極めて効率的な代物だ。


「まあ、そう言うことです。ゼルカトリアは国内での貨幣として、この紙幣を使うことで自国内の商団を爆発的に活性化させた訳ですね」


「交易で利潤を得ながら多国間のバランスを調整し有利を築き上げたハタツミの国策が『超外交的』とするならば、紙幣という限定的なアイテムを用いて国内の生産性を上げ続けたゼルカトリアの国策は『超内向的』と言えるでしょう」


 2国家の特徴をそうまとめたクロバは、机に並べた紙幣を片付けて一息つきながら椅子に腰を下ろした。

 説明は終わり、といった雰囲気を醸し出すクロバだが、ここで逃すわけにはいかない。むしろここからが本題だ。


「で、それが今回の件と何の関係があるんだよ」


 コウは先のセナとほとんど同じ質問をクロバに投げかけた。


「おっと、いや失礼、その話がまだでしたね」


 申し訳なさそうな言葉に反して、飄々と頭を下げながら立ち上がったクロバは何食わぬ顔で続けた。


「先程から述べているようにゼルカトリアは「公国」、つまりは貴族たちによる連立国家ですから当然、国内での小競り合いもあった訳です。それに対処するために貴族たちが私兵を持っていたことは想像に難くありません。加えて当時はハタツミによって他国の軍力は押さえつけられていましたから。結果としてゼルカトリアは飛び抜けて強大な軍事力を持った国家となったのです」


「さて、そうなると当然他国の対応もそれまでのようにはいかなくなります。単純に戦争で潰される可能性がありますから。それに気づいた列強諸国は次々と自国の軍力強化に力を入れました」


 ニコニコと笑みを浮かべながら説明を続けるクロバだったが、ここで急に表情を曇らせた。


「しかしそれが運の尽き、結局のところ国力の少ない国家はハタツミに依存しなければ国家の維持すらままなりませんから、結果として軍力強化に踏み切った列強は少数派となり、孤立し、急速に国力を落とすこととなりました」


「結果として、大陸東部の情勢はハタツミとゼルカトリアの二強状態となってしまいました」


 これだけの説明で事態を理解することは難しいだろう。


「で?」


 現にセナは苛立ち気味にクロバに先を促していた。


「おや、これまでの話を聞いていてもわかりませんか? 商売に特化したハタツミと順当に成長してきたゼルカトリアが隣接した時、単純な戦争でどちらが勝つかは火を見るより明らかだと思いますが?」


「は?」


 煽るようなクロバの言葉に、激発したセナは掴みかからんばかりに腕を振り上げる、対するクロバも慌てて防御の構えをとった。しかし直後、殴り飛ばしても勝った事にはならないと気づいたのか、セナは腕を止めて反論の言葉を探し、


「⋯⋯うるさいわね、知ってたわよそんな事ぐらい」


 それも見つからなかったのか、よく分からない言い訳で拳を収めた。

 やれやれと姿勢を正したクロバは一転して吐き捨てるように呟いた

 

「しかし現王も強かですね、国土を切り売りして国難を凌ぐとは」


 その言葉は誰に向けて放たれたものでも無かったのだが、


「切り、売り?」


 リグルはクロバの言葉が暗に指している部分を敏感に察知したのかポツリと疑問の声を上げた。


「⋯⋯リグル君、あなたの村はハタツミからゼルカトリアへの貢物として捨てられたんですよ」


 クロバから苦い顔で告げられたその言葉にリグルは頭が真っ白になるほどの衝撃を受けた。


「考えてもみてください、村一つ空にする程の規模の奴隷売買など普通あることではありません。馬車何台にも渡る奴隷を街に運び込もうとしてバレないわけがないではありませんか、しかし、それがなされたということはつまり、誰かが黙認、ないし隠蔽したということ。検問に当たるのは騎士団直下の衛兵隊、つまりは騎士団がもみ消したということ。それで得をするのは国内の反対なく領土を切り離せる「国」そのものです」


 クロバが口を閉じた瞬間、部屋に重苦しい空気が流れる。

 あれ程騒がしかったセナとウチツネもバックに現れた国家という存在に何の言葉も見つからない様子で視線を泳がせている。

 

「これは流石に分が悪すぎます、リグル君のお姉さんやお友達を助けたために国に目をつけられるのは困りますから、ことを起こすのはやめたほうが無難、リグル君には悪いですが⋯⋯諦めていただくしかありませんね 」


「そんな⋯⋯」


 瞳に涙を浮かべて、クロバの最後通告とも取れる言葉にかぶりを振るリグル。

 1人の少年が知るには残酷すぎる現実を突きつけられた彼を、慰める言葉は誰も持っていなかった。


 その中でただ1人、彼は、泣きじゃくる少年を視界に映しながら、尋常ならざる速度で思考を巡らせていた。


「リグル」


 不意に名前を呼ばれた彼は涙に濡れる瞳を拭うこともせずコウに顔を向ける。


「お前の姉ちゃん、助けてやろうか?」


 唐突な彼の言葉に、場の全員が驚きと懐疑の表情を彼に向ける。


「助けてっ! 助けて下さい!」


 ばね仕掛けのように跳ね起きたリグルはコウに縋り付き嘆願たんがんする。


「ただし、条件がある。お前の姉ちゃんを助け出した後、俺の遊びに付き合ってくれ」


 側から見れば怪しいことこの上ない条件であったが、


「やります! やります、何でもしますから!」


 藁にもすがる思いのリグルにとっては一考の余地もない些細なことである。


「一応、聞きますが、『遊び』とは、何をするおつもりでしょう?」


 トントン拍子に進んでいく話に割り込むようにクロバが引きつった表情で問いかける。


「決まってんじゃん」


 しかしコウはクロバには見向きもせず、自身の足にすがりつくリグルの頭を撫でながら笑み崩れた表情で口を開いた。


「革命、国取りだよ」



 

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