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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
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第22話 日常は唐突に


 コウが魔道士組合に通い始めてから1週間、その日も彼らはたわいない、凡庸ぼんような1日を送っていた。


 相変わらず力任せに木刀を振り回し修練に精を出すウチツネ、セナの店から持ち出したテーブルセットに腰掛け、悠々とコーヒをすするコウ。


「コウ、それ、もう一杯ちょうだい」


 そして、もう開店時間を過ぎているはずなのに一向に店に戻ろうとしないセナ。

 セナはコウの向ける非難の視線をまるで意に介さず、彼女にしてみれば少し小さなロッキングチェアに深々と腰掛け、長い足をふらふらと揺らしながら手に持ったカップを突き出す。

 

「⋯⋯コーヒ嫌いじゃなかったのかよ」


「飲んでみたら美味しかったのよ」


 一つ大きくため息をついたコウはセナからカップをひったくり、テーブルの上に置いていた金属製のポットからコーヒーを注ぐ。2時間ほど前に淹れたにもかかわらずカップに注がれたコーヒーからはふわりと湯気が立ち、豆の持つ芳醇な香りを辺りに振りまく。

 自分の娯楽のために大金をはたいて買った保温瓶にもかかわらず、ここ数日はほぼセナのコーヒー運搬容器として働き続けているそれを一瞥したコウは、そんな不満をおくびにも出さず、誠実そのものな態度でカップを差し出す。


「どうぞお嬢様、コーヒーでごぜ〜ます」


「なんその言い方?」


 こういう時、それなりに乗ってくれるのがセナの美点なのだろう。


——数十分後——


「あら、誰か来たみたいね」


 ぽつりとつぶやいたセナはロッキングチェアから軽やかに立ち上がると店に向かってスタスタと歩き出した。

 人通りがほとんど無いとはいえ、空き地からセナの店までは50メートルほどの距離があるにもかかわらずドアベルの音を聞き逃さないセナの聴力には脱帽ものである。もっとも、商売人なら走って戻るべきであるし、そもそも店に人がいなければ大抵の客は踵を返すのが普通である。


 このままセナを見送り、数分後トボトボと帰って来たところをコーヒー片手に笑うのもいいが、残念ながらカップもポットももう空である。早朝から稽古をつけていることをも含めて、ウチツネにはそろそろ休憩を与えても良い頃合いだろう。


「よーし、ウチツネ、休憩」


 セナから遅れること10秒、ウチツネに休憩の指示を出したコウは追加のコーヒーを入れるべく、重い腰を上げた。

 がたがたと修練でへし折れた丸太を片付ける音を後ろに聞きながら、コウはウチツネを待たずに歩みを進める。

 50メートルとは言え、セナの店からさらに一本曲がった先にあるこの広場からは先行するセナの姿は見えない。彼女の歩行速度から考えても、そこの角を曲がった時点ではセナはもう店の中に入っているだろうとコウは考えていたが、


「ん?」


 予想に反して、セナはまだ店に入っていなかった。それどころか彼女は店の扉に背を向け、目元を抑えてちゅうあおいでいる。


「え? どした——」


 そのような奇行をコウがスルーするはずもなく、セナに追いついた彼は我慢ならずに問いかけたのだが、


「コウ」


 コウの質問はセナの鋭い呼名こめいはばまれた。

 呆気にとられて言葉に詰まるコウに対して、セナは顔に当てた手からチラリと瞳を覗かせると一言一言、言い聞かせるように言い放った。


「私は、何も、見てない。私は、何も、知らない」

 

 あまりにも唐突な、これだけでは訳がわからない宣言である。

 しかし、コウはこの時、セナの言葉を聞きながらも不自然に開いた店の扉に気づいていた。セナの行動と言葉を合わせ考えればこの扉の先に答えがあるであろうことは明らかだ。

 コウは好奇心と若干の不安を胸に店の中を覗いた。

 一見したところ、店に荒らされた形跡はない。棚には整然とワインが並び、無用心にカウンターに放られたコウのカバンも物色された様子はない。当然だろう、ことの犯人はそこまでたどり着けなかったのだから。


「⋯⋯かはっ、く⋯⋯姉、ちゃん」


 扉から1メートルもない位置に倒れる血まみれの少年。その姿を捉えた瞬間、コウはおおよそを察した。


「私は、何も、見てない。私は、何も、知らない」


 繰り返し、今度は自分に言い聞かせるように呟くセナ。

 そうだろう、そう言いたいだろう。正体不明の瀕死の少年、訳ありであることは確実だ。はっきり言って厄介ごと以外の何者でもない。


「そういうことに出来ない?」


 すがるように呟いた彼女の心の底からの要求は、


「はぁ⋯⋯うんダメだね」


 こちらはこちらで面倒臭い感100パーセントのため息とともに棄却された。

 

——1時間後——


「ふーん、じゃあ奴隷売買でここまで連れてこられたんだ」


 心底どうでも良さそうな口調でコウは目の前の少年、エルフの少年の話を要約した。


 リグル・トラス。

 エルフにありがちな濃緑色の頭髪ととんがり耳を持つこの少年は、国のはずれにあるエルフの街で両親姉妹とともに平和な日々を送っていた。ところがある日、突如として現れたドルフ(ドワーフとエルフの混血)のぞくどもに村は荒らされ、リグルは村の女子供と同じく、姉であるリムカと共にさらわれてしまう。馬車にすし詰めにされて運ばれること2日、誘拐犯の隙をつき、傷を負いながらも逃げ出すことに成功したリグルは助けを求めて街を駆け、セナの店で力尽きていたところをコウたちに保護されたという流れだ。

 なお、1時間というのは魔法で傷を癒したり、着替えさせたり、食べさせたりしながらリグルからこれだけの情報を聞き出すのにかかった時である。


「お願いします、お姉ちゃんを助けてください」


 それもこれも、この少年が終始うわごとのようにこの言葉を繰り返すからなのだが。


「うーん、つっても場所がわからない以上どうしようもないからなぁ」


 すがりつくようなリグルの言葉に、コウはやんわりと拒否の意を示す。言葉の上では「出来ないから」断っている程を装っているが、コウの内心は「やりたくない」の一心だった。

 非常に残念な話だが、異種族が入り乱れる異世界という環境において奴隷というものはさほど珍しいものではない。彼らを助けたところでそれは全体のほんの一部に過ぎず、また上手く行かなければ奴隷を買えるほどには裕福な貴族達を敵に回すこととなる。それを避けるための労力とリスクは計り知れない。また何より——


 達成感に欠ける。


 一般的な視点か見れば冷酷非道のそしりを免れない考え方であるが、彼にとってはそれが全てなのだ。


「まさか、探すところからやらせるつもりなの? いやよ、めんどくさい」


 訂正、()()にとってはそれが全てだ。


 ところで、話は変わるがコウは服を一着しか持っていない。この世界に来た時に着ていた白シャツとズボンだ。宿屋が麻の寝巻きを貸してくれるおかげで毎日洗って着直す事が出来るし、地方の商人が集まるこの街では変な格好が珍しくないという環境もあいまって、コウはこの世界でまだ服を買う事なく生活している。もちろんセナも自分用の丈の長い女服しか持っていない。

 となると今リグルが着ている子供サイズのシャツとズボンは誰が用意したのかという問題だが、


「まあまあ、皆さんもそのぐらいにして、もう少し話を聞いてみましょう」


 今にも泣き出しそうな顔で俯くリグルの肩をとった執事服の青年、ヴァン・リッツ・クローバー、彼の働きである。

 貴族のような名前の響きではあるが、クローバー氏はれっきとした執事である。

 さて、彼はハタツミ国家執事資格1級(現実で言うところの医師免許クラス)の所持者であり、魔法資格、剣術資格も所有している。加えて野草学、建築学、薬学や果ては錬金術まで、あらゆることに精通しておりその上で情報通じょうほうつうという完璧超人なのだ。

 さて、そんな完璧執事は誰に仕えているのかと言うと——


「そうでござる! クロバ殿の言う通りでござるよ! このような幼気いたいけな子供の懇願を無下には出来ないでござる!」


「⋯⋯ウチツネ様、もう何度も申していますが、せめて人前ではクローバーかクロとお呼びください。それに私もまだ引き受けるとは言っていません」


 はい、そうです。ウチツネです。


 正確にはウチツネの家、グラムト商会に使える執事であるが、ウチツネの父、バルタス・グラムトが諸費用を納めていなかった息子の非礼を詫びる為に期限付きでコウの補佐兼ウチツネの尻拭い担当として送り込まれたのである。


「リグル君、で宜しいでしょうか、あなた達を捕まえた方達について、何か気づいたことはありませんか?」


 さて、優しい口調で問いかけるクロバの言葉にリグルは懸命に頭を働かせる。


「えっと⋯⋯すごい人数でした、全員が武器を持ってて、村の大人達が止めようとしたけどみんなやられてしまって⋯⋯それで、えっと⋯⋯」


 しかし、それっきり言葉に詰まったリグルを前に、さすがのクロバも苦い笑みを浮かべる。

 幾ら何でもこれでは情報が少なすぎる、今の所わかっている犯人像が「ドルフの集団」だけなのだ、これでは推理以前の問題だ。


「えーと、他に何か分かることはありませんか?」


 困ったような顔で再度問いかけるクロバに、リグルは目に涙を浮かべてかぶりを振る。


「ごめんなさい、あの時は無我夢中で何が起こったのかよく分からなくて⋯⋯捕まって、みんな捕まって馬車に乗せられる時になってやっとさらわれるって気づいたんです。その後はずっと馬車に乗せられてて⋯⋯」


 早々に手詰まりの様相を呈する現状に、場に重苦しい空気が流れる。

 しかしコウはリグルの言葉に感じた一つの違和感を聞き逃さなかった。


「おい、『みんな捕まって』って具体的に何人ぐらいだ?」


「えっ⋯⋯えと、村の子供達はみんな捕まってたと思います。女の人は子供とは別の馬車に乗せられて⋯⋯他にも何台も馬車があったので多分村の人はほとんど捕まったと思います」


 コウの突飛な質問にリグルは一瞬詰まった後、しかし、はっきりと答えた。


「おや? それは妙ですね、人さらいにしては規模が大きすぎます」


 リグルの答えに首をかしげたのはクロバだ。


「それに詰めも甘い、そんだけ捕まえてるならバレた時のリスクもデカイはずだ。なのにリグルは怪我こそしてるが逃げきれてる。もし俺がその人さらい集団のメンバーだとして、逃げ出したのがガキ1人なら多少手間は掛かっても確実に殺してると思うぜ?」


 コウの物言いに怯えるような表情を見せるリグルと引きつった笑みを浮かべるクロバ、ウチツネはウンウンと頷くばかりで話を理解している様子がない。セナに至っては淹れ直したコーヒーをグビリと煽って完全にブレイクタイムである。


「しかし、そうですね、規模の割にはどうにも詰めが甘いようです。これで真面目にやっているのだとすれば相当に急いでいるのか公的機関を恐れていないのか⋯⋯いや、待ってください」


 ぶつぶつと呟き、大げさに肩をすくめてみせたクロバは、しかしその瞬間、ピタリと動きを止める。その目には鋭い光が宿り、あたかも事件解決の糸口を見つけた名探偵のように虚空を睨みつける。


「リグル君、君の村、襲われた村の名前をもう一度聞かせて頂けますか」


「えっと⋯⋯フライア村です」


 眼光そのままに向き直ったクロバに、リグルはおっかなびっくり言葉を返す。

 リグルの答えを聞くや否や、クロバは燕尾服の胸ポケットから折りたたまれた一枚の地図を取り出した。その地図をばさりと開き、テーブルいっぱいに広げる。見た所手書きのその地図はしかし、ハタツミ王国全土を網羅するほどの驚異的な情報量を誇っていた。


「フライア、フライア⋯⋯ああ、やはり、そういう事でしたか」


 地図に目を走らせたクロバは、その村の名前を見つけた瞬間、確信を得た表情で顔を上げた。


「どうやら今回の事件はただの人さらいではなさそうです」


 そう言いながらクロバが指し示したのは地図の下側、つまりハタツミの南端にある一つの村。「フライア」の文字が刻まれたその村を指す指が、その直後、ゆっくりとスライドする。その場の全員が見守る中、彼の指がピタリと動きを止めたのは文字通り、地図の下端。ハタツミから飛び出したその部分には、それまでの精緻な地図とは打って変わってただ空白が広がるばかり。

 否、ただ一つ、「ゼルカトリア公国」という名称だけがその空白の中に刻まれていた。

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