第21話 1日の終わり
魔法を見切る。その技術を説明するに当たって、まずはペルシアの誤解を解かなければならないだろう。
「えーと、まず一つ確認なんだけど、昨日俺が魔法を使った時、核が霞んだように見えたんだっけ?」
「はい」
その答えに一度頷いたコウは改まった表情でこう語り出した。
「うん、その目だけどな、『魔力の流れを見る目』ってのは間違いだと思うぜ」
「えっ⋯⋯」
きっぱりと言い切ったコウに驚きの表情を浮かべたのはペルシアだけではない。
「君! それはどういう意味だい?」
理由はよくはわからないがヘイズメルはペルシアよりも大袈裟に驚いていた。
「どういう意味も何もそのままだよ、ペルシアさんの目は魔力の流れが見えてないんだから」
コウのこの言い方をペルシアをバカにしていると取ったのか、今にも激発しそうな表情で立ち上がったヘイズメルを制し、コウは矢継ぎ早に言葉を放つ。
「ちょっと考えたんだけどさ、実際、術式魔法も俺の魔法も魔力の流れ自体は大して変わらないんだよ。俺自身、魔力の流れを見る目を持ってるからそれは間違い無いと思う」
コウの突然のカミングアウトにまじまじと彼を見つめる2人の視線に、多少の居心地の悪さを覚えたコウは仕方なく、彼女達の疑問の視線に答えることにした。
「勘違いしないでほしいが、俺の魔力を見る目は技術的なものだし、そこまで珍しいものじゃ無い」
軽く牽制しながらも相手の様子からその心情を読み取る。淡々と説明すればいい話なのだが、どうもコウはこういう話になると話し方がわざとらしくなってしまう。しかし、交渉の場と同じく指導の場においても相手を引き込む話術というものは効果的に働く。
「多分、この世界の人間にもこの能力を持ってる奴は結構いると思うぜ?」
「馬鹿な、ペルシア様のようなお力を持つものなどこの組合には1人もいない!」
コウのさも当然のような発言にヘイズメルが即座に反論する。しかし、その反論こそコウが引き出したかった反応であり、自分の想定通りに話題が展開されていく様子に内心、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながらコウは続ける。
「そりゃ、ここにはいないだろ。魔力の流れを読むってのはどっちかというと剣士の技術だ」
「剣士の⋯⋯技術?」
予想だにしなかったコウの発言に、ペルシアは目を見開いて言葉を繰り返した。
「うん、剣士向きのな、なんせ剣術ってのは魔法に比べてはるかに近い間合いで扱うものだからな、加えて大概剣技っていうのは一発当てればそれで終わりの一撃必殺だ、当然その一撃を限りなく強力に⋯⋯強く、早くするために世の剣士は凄まじい努力を積んでいるわけだが⋯⋯」
コウの多少回りくどい説明に疑問の表情を濃くする2人に対して、コウはなおも足早に説明を続ける。
「そんな世界にいる達人が、万人が持つ魔力に目をつけないわけはないだろう? 最も、それが魔力だと理解してるかは別だが」
「⋯⋯ッ! それは⋯⋯まさか」
ハッと顔色を変えて立ち上がったペルシアにニヤリと笑いかけ、コウは核心に迫る言葉を口にした。
「そう、上位の剣士の剣技には魔力が込められてるわけだ、まあ意識してのものじゃないだろうから魔法にしてはお粗末だがな」
剣技に魔力を込める、一見難しく聞こえるそれは、しかしそれ程難しいものではない。むしろ太刀筋を強くイメージすればイメージするほどより強く剣が魔力を孕むため、魔力を抜く方が高度なほどである。先日ゼルドロが見せた超高速の切り返し、「霧抜き」と呼ばれたそれも、実際には魔力をエネルギーとして等速の切り返しを2度行う技術だった。ゼルドロの技はそのイメージからか、非常に魔力の流れの読みにくいものであったが、それでも多少漏れた魔力から剣の軌道を読むことができなければコウは防ぐことができなかっただろう。
「なるほど⋯⋯しかし、信じられないな。剣士の方が魔術⋯⋯魔力の扱いに長けているなどと」
コウの説明に、しかし首をひねるヘイズメルにコウは軽く笑いかけた。
「長けてるってことはないさ。剣士はなんだかんだ言っても魔力の状態変化の類はからっきしだからな。ただ命の危険がより身近に、かつ刹那的にやってくる剣士の方が読み予測なんかに関しての技術が発達するのは当然のことだ。特に術式魔法は感覚的な要素を排除して扱うものだしな」
浮かせた腰を下ろした二人の表情には未だ信じられないと言った表情ではあったが、話の大筋は理解できた様子だった。二人は、特にヘイズメルにとっては信じて疑わなかった事実がこの数分でずいぶん覆されることになっているのだろうが、隣のペルシアを気遣ってか先程のように反論してくることはなかった。
「あの⋯⋯ということは私の目は⋯⋯」
その沈黙の中から絞り出すように問うたペルシアに、コウは忘れかけていたそもそもの問題を思い出した。
「ああ、うん、もう分かってるかも知れないけど、ペルシアさんの目が捉えてるのは魔力じゃなくて術句だけだな。さしずめ、あんたの目は『術式を読む目』てところかな」
つかの間の静寂。
「そ、そうですか⋯⋯それでは、わ、私の目はそれ程の物では無かったのですね」
コウが告げた結論に、ペルシアはいっぱいに目を見開き震える声で言葉を発した。
「それでは、彼らは、彼らが、し、慕う私の目はそれ程の物では無かったの、ですね」
カタカタとコウの耳に届いた音は震えるペルシアの足が床を打つ音だろうか。
「ペルシア様、お気を確かに!」
やっと自身のショックから立ち直ったヘイズメルがペルシアの肩を取り揺り動かす。しかし、半ばパニックに近い状態のペルシアにはヘイズメルの声は届かない。
「私は、彼らの期待を、う、裏切っ⋯⋯うう⋯⋯いや⋯⋯そんな⋯⋯」
二人のやりとりを見るに、「彼ら」とは魔道士組合の組員のことだろう。大方、ペルシア自身が今自分が魔道士組合長などという大層な立場に立たせてもらえているのは、自身の目が特別なものだったからだという意識があるのだろう、それ故に、それが否定された時、自身の存在理由が全てなくなってしまうような錯覚を覚えていると言ったところか。
(まあ、現実はもっと優しいかもっと酷いかの二択なんだけどな)
現実逃避気味にそんなことを考えていたコウだったが、さすがにこのまま彼女を放っておく訳にはいかない、ふたたび訪れた静寂を逃さず、コウは両手をパチリと打ち合わせた。
びくりと体を震わせたペルシアの視線がコウへと向けられる。
「まあ、なんだ。俺の目は魔力が舞ってる範囲をだいたい感じる程度だけど、あんたの目は術式魔法に限定すれば他の人よりはるかに正確にその内容を理解することができる。『魔力の流れ見る目』ってのとは違うが、そんなのより遥かに高度で希少な能力だよ」
フォローと言うには簡単な言葉だが、「高度で希少な能力」の部分を強調したコウの言葉はペルシアの思考を引きつけさせるに足る効果を示した。
その瞬間を逃さず、ヘイズメルがペルシアに慰めの言葉をかける。
「そうですとも、それに私共はペルシア様の目を面白がって組合長に推薦したのではありません。あなたの人柄を、努力を認めたからこそ彼らもあなた様を推薦したのです」
こうして恐慌をきたしかけたペルシアは、コウとヘイズメルの見事な即興コンビネーションによって落ち着きを取り戻した。
「そう⋯⋯ですね。ありがとうヘイズ」
かくして、コウの記念すべき就業初日の授業は終わりの鐘を迎えた。
——
日が落ちた街を歩く一人の青年、彼は自身の手の中に鎮座する巾着袋をまじまじと眺めながら彼は口を開いた。
「しっかし、儲かったなー」
人ごとのように呟いたコウは、それとなくその中身を確認する。
金貨30枚。
日本の貨幣に換算すれば、約30万円に近い大金であろう。
1日の儲けとすれば異常な額であるそれは、やはり魔道士組合の長とその次点に対する指導料としては妥当なのだろう。
いや、たかだか日当30万で、国家機密にすらなり得る未知の魔術のノウハウを教えるコウの方がおかしいと言うべきか。
ともあれ、これだけあれば安定した生活は確実であり、ともすればコウが次に考えることはその金の使い方であるが、
「美味いよ安いよ〜! クラムトの串焼き!」
コウはまず、恩返しにその金を使うことにした。
「よう、おっちゃん!」
「あん? おう! あん時の兄ちゃんかい!」
相変わらず太短い腕でせっせと串焼きをひっくり返す屋台のオヤジは、コウに対して一瞬訝しげな表情を見せた後、はっと思い出したようにニカッと笑みを浮かべて話した。
「宿は見つかったんかい?」
「おう、職も見つけたぜ」
ニヤニヤと問いかけてくるオヤジにコウは不敵な笑みを浮かべて巾着袋の中身をちらつかせる。
「はあ? なんでいたまげたなぁ、そりゃ金貨かい?」
「ああ、日給金貨30枚だ」
「30枚ぃ!? まったくよぅ、とんでもねえ奴に銀貨くれてやっちまったもんだぜ!」
否定的な口ぶりに反して笑みを浮かべるオヤジにコウはもう一度笑いかけ、一枚の金貨を差し出した。
「あん? なんだいこりゃ?」
「前にもらった金だよ、出世払いに⋯⋯なるんじゃないか?」
オヤジにもらった5シルバーは、日本円にして5千円ほどである。とはいえ、一貫して物価の高い日本で使う5千円と、物価に大きな落差のあるこの国で使う5シルバーとはわけが違う。
オヤジのくれた5シルバーで、コウは数日の間食いつないだのは事実であり、その恩は返して然るべきものだ。
しかし、オヤジはその金貨を受け取らなかった。
「へん! 男に二言はねえやい、あの金はやったんだよ」
頑なオヤジの江戸っ子対応に苦笑したコウは、新たな提案をする。
「じゃあ串焼きをくれ、それならいいだろ?」
「なぁにいってんでい! あったりめぇだろ!」
その言葉とともにオヤジはテカテカと油の滴る肉の串焼きをコウに向かって突き出した。
「サンキュー、いくらだ?」
何気なく聞いたコウに、
「100ブロンズでい!」
オヤジは衝撃の答えを返す。
「は? 100? 高くないか?」
100ブロンズ、つまり100円はこの辺りの宿なら一泊か二泊に匹敵する値段である、はっきり言って屋台の串焼きに払うような値段ではない。
「なに言ってんだい、うちはいつでも格安価格でい!」
「はぁ、もいいよそれで、つりはあるよな?」
しかし、今日の彼には決して払えない値段ではない。金貨1枚と交換に受け取った熱々の串焼きに、コウはため息まじりにかぶりついた。
その時、歴史が動いた。
⋯⋯というのは誇張だが、そう思わせる程度には衝撃的な旨味が彼の口の中に広がった。
「⋯⋯なにこれ、うまっ!」
「へっへっへ、美味いだろう、何たってトリミア牛だからな」
満面の笑みで自慢するオヤジだが、コウはそれに反論できなかった。
代わりコウは素朴な疑問を投げかけた。
「これ⋯⋯儲かってんの?」
トリミア牛が何なのかはわからないが、先程の味わいからして相当な高級品なのだろう。100ブロンズは屋台の串焼きにしては高いが、高級と言うには安い、そんな商売をしていてこの男は果たして食べていけるのか、眼前を見ればそれは一目瞭然だがコウは反射的に問いかけていた。
「そいつぁ⋯⋯」
しかし、その答えは返ってこなかった。
「叔父上! む、コウ殿! コウ殿ではありませぬか」
唐突に声をかけられ、オヤジとコウの二人はふいと後ろを見る。
コウの視線の先にいたのは見慣れた袴姿の体格のいい一人の青年。
「え、ウチツネ?」
唐突な登場にコウは多少の混乱を覚えた。
「おう! ウチツネじゃねえか! バルタスは元気にしてるかい?」
それに反して平然と返答する屋台のオヤジにコウは彼らの顔を交互に見る。
「え? お前ら知り合いなの?」
コウの問いかけるに、
「あん? 兄ちゃんウチツネと知り合いなのかい」
質問に質問で返したオヤジとコウの間に一瞬の沈黙が流れる。
その静寂に割って入ったウチツネは手早くコウをオヤジに紹介する。
「叔父上、こちらの方はコウ殿、拙者の今の師匠でござる」
まったくもって、人の繋がりとは予測できないものである。
————
「えーと、まずは話を整理しようか」
驚きの出会いから10分、眉間に指を当て、コウは考え込むように呟いた。
「あいよ」
「わかり申した」
景気よく応じる目の前の2人に、コウは彼らから聞いた信じられない事実を復唱する。
「おっちゃんはウチツネのおじさんになるんだな?」
「おうよ」
「⋯⋯で、ウチツネのお父さんの兄がこのおっちゃん、クラムトさんな訳だな?」
「そうでござる」
ここまでは、何ら信じられない話ではない。しかし問題はここからだ。
「で、ウチツネ、お前の親父が大商人って話、マジ?」
「そうでござるな、元でござるが」
これである、このウチツネが名家の出なのである。
「ったりめえよぅ! バルタスが助けてくれなきゃこの店は回ってねぇよ!」
赤字覚悟の地獄営業を敢行する叔父といい、頭が悪くて剣術が上達しなかったウチツネといい、この家系に大商人になれるほどの逸材がいるなど誰が想像できただろうか。
そしてウチツネの父親が富豪となると、もう一つの矛盾が生まれる。
「⋯⋯ウチツネさあ、家を出たって言ってなかったっけ?」
「む、そうでござるよ? 一人暮らしを始めてからもう3年になるでござる」
さも当然のように言い放ったウチツネを、コウは気が遠くなるような錯覚を覚えた。「家を出たから金を払えない」と言われれば普通は勘当されたか家出したかのどちらかを考えるだろう。それがまさか「一人暮らししてるから」などと言った馬鹿げた理由などとコウは考えもしなかった。
「それじゃあ父親から借りれば指導料払えんじゃねの?」
「いやはや、1人家を出た手前、父上に迷惑をかけるわけにもいきませぬからな」
その前に他人に迷惑をかけないというところを考えて欲しかったものだが。
「ウチツネ、そいつぁいけねえよ。バルタスには俺が話をつけとくから兄ちゃんに渡すもんはきっちり渡しな。それが男ってもんよ」
しかしそこは男クラムト、筋はきっちり通すその男気はコウにとって賞賛に値する。
「なるほど、盲点でござった。流石は叔父上でござる!」
「へん! こういう類のこたぁこのクラムト様に任せとけって!」
まあ、頭の悪そうな会話は全く評価に値はしなかったが。
————
こうしてコウの平穏な1日は騒がしく過ぎて行った。




