第2話 バカと小銭と守銭奴
「美味いよ安いよ〜! クラムトの串焼き!」
景気良くどら声をあげるオヤジに向かってコウは喋りかけた。
「おっちゃん! この辺に質屋ってないかな?」
さて、本来別世界に降り立つということはそれまでの全ての常識がほとんど通用しないと考えてて差し支えない。それはもちろん文化の違いから風習、そして言語まで、多岐にわたるわけだが、
「あん? どうしたんでい兄ちゃん?」
こと言語能力に関して言えば、コウにとって障害となる要素は何一つなかった。
これは、コウの理解力がずば抜けて高いとか、ヒアリング能力が常軌を逸しているという訳では無い。
『ワードシフト』
コウが親父に喋りかける寸前、自分にかけたその魔法は、直後に触れた言語をほぼ、完全な形でもともと自身が使っていた言語の知識と置き換えるという超魔法。
ほぼ、というのはその言葉の概念が互いの知識にあるか無いかに左右されるが、それ以外の場合においては、ほとんどの言い回しや、あまつさえ方言までも完璧に再現するという優れものである。
欠点は上述の通り、それまで使っていた言語の知識を失うということ。
しかし、それまでの世界での言語が新たな世界で生かされる事はなく、面倒ごとをばかりを招くのだから覚えておく意味はない。
目の前のオヤジの操る言語が、コウの知識的に考えて少数派であることを認識したコウは、自身の言葉を注意して選びながら口を開いた
「いや〜、財布落としちまってさ、宿取る金もないんだよ」
とにかく不審がられないように適当な嘘をでっち上げる。どこの世界もバカには厳しい。以前コウが都会の大きなホテルに泊まった時、受付嬢に天使のような笑顔で平均金額の4倍近い金額をぼったくら事を彼は忘れていなかった。もっとも——
「そいつは災難だったなぁ、持ってきな!こんだけあれば3日は泊まれるぜぃ!」
どこの世界にもやさしきバカは存在するが。
屋台のオヤジからもらった銀貨5枚を手の中で遊ばせながら、コウはなおも大通りを歩く。思わぬ形で金を手に入れたコウは次の行動について考えていた。
周りの露店で売られている食べ物や服は、10ブロンズのものから100ブロンズのものまでと価格が安定しない。手元の銀貨5枚がどれほどの価値かわからない以上、無駄な浪費は避けたいというのがコウの本心だった。
ぼうっと周りを見つつ30分ほど歩いた頃か、次第に周りの景色が下町商店街から山の手繁華街へとシフトしていく。するとコウの目の前に、ひときわ大きな建物が現れた。「 INN」という看板を下げたその屋敷はどうみても宿屋だ。それも、かなり高級な。
ふと目を落とすと看板に書かれた文字が目に入る
一泊 1シルバー500ブロンズ
どうやら屋台のオヤジは相当なお人好しだったようだ。
感謝と呆れの入り混じった複雑な感情を覚えながら、コウは来た道を引き返した。高級宿に3泊できるなら、安宿なら二週間は泊まれる。そうなれば、基本的に物価の高い高級住宅街などさっさと離れるに越したことはない。何より、これでしばらくは情報収集に専念できると考えたのだ。
「まぁ、今日のところは酒場にでも行ってみるか」
コウがここまで情報にこだわるのには理由があった。
コウはまだこの世界の常識を知らない。無知は悪だ。常識を知らないというだけで犯罪の標的になる。法律を知らないというだけで犯罪者になる。相手をを知らないというだけで戦いのリスクが跳ね上がる。そしていつ、いかなる世界であれ、知らなかったなどという甘えは通用しない。
知らなければ死ぬ。
これがコウの常識だった。