第19話 シャルロット・へレスティア
強烈な閃光はヘイズメルの魔法が砕けたものかコウの魔法が砕けたものか。
とにかくヘイズメルの魔法は不発に終わった。
彼の魔法は命中直前で展開されたコウの防御魔法によって打ち砕かれた。
ヘイズメルの放った魔法は大きく分ければ風属性の区分にあたる、一般に言う「かまいたち」に近い代物だった。
とするならば、単純な物理障壁のみで防御可能であり、コウの予定通りにヘイズメルの魔法は空中で見えない障壁に激突し砕け散った。
コウの予想が外れたのはここから先である。
ヘイズメルの魔法が砕け散った直後、飛び出したセナによってコウの魔法もまた砕かれた。
慌てたのはコウである。飛び出したセナを引き止めるべく手を伸ばすが、セナのしなやかな跳躍の前にコウの手は空を掴む。半秒もかからずにヘイズメルに飛びついたセナは、その首に両の手をかけた。
それに一歩遅れて飛び込んだコウがすかさず、セナを引き剥がそうと二人を押しのける。
「んあっ⋯⋯」
問答無用で顔を押しのけられたセナが間抜けな声を漏らし。
「かはっ」
大きく突き飛ばされたヘイズメルは自身に何が起こったのかわからないと言った様子で荒く息をつく。
「お前⋯⋯何やってんだよ」
コウは眉をへの字にして暴れ猫、セナを問い詰めた。
「ん、だってそいつがいきなり⋯⋯」
顔面を掴む手を払いのけながらセナは食い下がる。
「いきなりじゃありません、明らかにそう言う流れだっただろ」
前半は教師のように、後半はいつもの調子でコウはセナをたしなめたのだが、
「え?」
完全に予想外とでも言うのか、目を丸くして驚きの表情を浮かべるセナに対してコウはようやく彼女の蛮行の理由を悟った。
「さっきこいつ、なんて言ってたっけ?」
コウはヘイズメルを指差しながらセナに質問を投げかける。
「あ〜⋯⋯」
セナはようやく自分の失態を理解したのか、唐突に目を泳がせた。
「みのほどをわきまえるがいい! つってただろ、当てる気なんて最初から無かったんだよ。さてはお前、寝てただろ」
コウの生活がかかった重要な会談の場で熟睡し、あまつさえ相手の重要人物を殺しかけるという失態は重い。
「仕方ないじゃない! 寝起きに攻撃されたら誰だってああするわよ!」
「寝起きに人絞め殺そうとかどこのギャングだよ!」
開き直ったセナに対して、コウの厳しい叱責が飛ぶ。しかしコウのその言葉に対して、セナはなぜか笑顔で応えた。
「絞め殺す? 違うわよ、こう、バキッと⋯⋯」
「⋯⋯お前なぁ⋯⋯」
両手を閉じるジェスチャーと共に行われたセナの意味のわからない訂正に、コウは頭を抱えた。
「⋯⋯なぜ」
ポツンとこぼれ落ちた疑問の声にコウは声の方向へと向き直る。そこには急展開についていけず、半ば放心状態で事の顛末を見守っていたペルシアがはっと気づいたような表情でこちらを見ていた。
「なぜ、ヘイズの魔法が当たらないと分かったのですか?」
そのペルシアの疑問にコウはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「ま、そういうのを教えてやるって事だろ?」
——ハタツミ王城、謁見の間——
「以上をもちまして、商団連からの報告を終わります」
謁見の間といっても亡き国父の設計によって作られたその間には巨大な円卓が据え付けられ、どちらかといえば会談場の趣きが強いと言えよう。
「うむ、では今回の議会はこれで閉廷とする」
その豪奢な円卓会議場のさらに奥、一段高くなっている上座から威風堂々(いふうどうどう)たる声を発したのは、他でもないこの国の国王、ルイン・ライラット二世であった。
「お待ちください国王」
しかし、彼の宣言は円卓に並んだ一人の女性によって阻まれた。
「どうした、騎士長」
騎士団長シャルロット・へレスティア、彼女は艶やかで長い黒髪をさばきながらすくっと立ち上がり、こう続けた。
「南方のゼルカトリア公国に不穏な動きがみられます」
——同日、夜——
王城から別棟へと続く渡り廊下をシャルロットは1人、歩いていた。凛々しく美しいその顔に、しかし、憂鬱な表情を浮かべて彼女は自身に割り当てられた個室に足を進めた。
王城に自分の部屋を持てるのはやはり騎士長という役職ゆえだろう。
(あるいは私を国に縛り付けるための枷か)
とにかく彼女はそのような暗澹とした思考にとらわれる程度には落胆していたのだ。
ノブを回し、自室に入る。長靴を脱ぎ捨て、堅苦しい外用の騎士服を放ってそのままベッドに身を投げ出し目を瞑る。天井に取り付けられたシャンデリアですら、今の彼女には煩わしく見えた。——
控えめなノックの音でシャルロットは目を覚ました。
「リリアです、よろしいでしょうか?」
聞きなれたその声に思わず顔をほころばせながら彼女は身体を起こした。
「ええ、入って」
彼女のその言葉を待っていたかのように勢いよく扉が開く。
「騎士長様! ハーブティーをお持ちしました!」
副騎士長リリア・テレス、彼女だけがシャルロットにとって、この王城の中で気を許せる唯一の人間である。
彼女の入れたハーブティーを一口含んでやっと、シャルロットは気が休まるのを感じた。
「シャルロット様、会談の方は上手くいきましたか?」
「ダメだったな、彼らは事の重大さをまるで分かっていないようだった」
だから、というわけではないが、シャルロットはその日初めて自分の言葉に怒りの色をにじませた。
「やはり、軍拡は通りませんでしたか⋯⋯」
リリアのその言葉にシャルロットは暗い面持ちで頷く
「ああ、彼らはエルフの村を差し出せばそれで済むと思っているようだが、それではなんの解決にもなりはしない」
ティーカップを半分ほど満たす薄黄緑色の液体を見つめながらシャルロットは大きく一つため息をついた。
ゼルカトリア公国の侵攻は今に始まった事ではない、軍事レベルの高い彼の国からすれば、商国という形で莫大な領土を買いあさり、肥大化したハタツミは恰好の標的でしかなく、また過去にも幾度となく攻勢を示してきた。その度にハタツミは秘密裏に辺境のエルフの村や土地を切り崩し、ゼルカトリアに譲渡する事で難を逃れてきたのだ。
「せめて衛兵隊だけでももう少し増やせればいいのですが」
リリアのこの言葉に、シャルロットの抑えていた怒りが爆発した。
「私がそれを言った時、商団連のグラシカはなんて言ったと思う? 『行商人が怯えるから過度な武力の保持は避けるべきだ、有事の際は傭兵や国民から兵を募ればいい』だとさ! 彼らは寄せ集めの平民と訓練された兵士の違いもわかってないんだ! それだけでどれだけの犠牲が減らせると思う? それなのに彼らは⋯⋯目先の利益しか考えちゃいない、本当ならエルフだって私たちの国民なんだ⋯⋯」
怒りをあらわにしたシャルロット、その固く握り締められた手をとったのはリリアだった。
「あ、すまない⋯⋯」
その感覚に我に返ったシャルロットは、思わず声を荒げてしまった事を謝った。
「シャルロット様、あなたの苦悩は私にも分かります、一緒に剣をとり、国のために戦ってきたのですから」
自分の胸に手を当て、ひと言ひと言を言い聞かせるように囁くリリア。
「ですからこれからも戦っていきましょう。国の⋯⋯いえ、国民のために」
戦う、それは改革の比喩か、騎士の勤めとしてか。
「そうだな⋯⋯戦おう、命をかけて」
月明かりの差し込む一室で、彼女たちは互いの覚悟を語り合ったのだ。




