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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
一章 目覚めと気怠げな死神
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第17話 仕事探しのディスタンス


 シラトネ事業じぎょう組合くみあい役場やくば


 いかつい戦士然とした風体の男たちでごった返す中、隅の方にある陽の当たらない薄暗いテーブルで、コウとセナは神妙な面持ちで安酒をチビチビと舐めていた。


 シラトネ事業組合役場はハタツミ国内で4番目に大きなギルド式依頼売買施設、比較的短期間の依頼を扱う、いわゆるハローワークだ。

 国家資格との兼ね合いからか、ギルド会社自体は排斥してそのシステムだけを流用するというなんとも政治的なしがらみを感じずにはいられないこの事業組合という施設。

 しかし、迷子のペット探しからモンスターの討伐依頼、果ては某ご令嬢の家庭教師まで、多種多様な依頼に対して的確に実力者を割り振る

ことができる国家資格制度との相性は抜群に良いと言えるだろう。


 そのような施設にコウが来た理由は、もちろん仕事を探しているからだ。


 ——昨日、必死の思いで指導したウチツネから容赦なき無給宣言を受けた。

 よくよく考えてみれば、コウのような素性もわからない流れ者にわざわざ剣術を教わろうとする者がいるはずがないではないか、その点で言えば収入源となりそうな弟子はウチツネだけだったのだ。

 の非情さに涙しながら帰路につこうとしたコウの肩を掴んだのはなんとセナであった。

 曰く、仕事の探し方を知っていると言う。

 その言葉に最後の望みをかけてコウは翌日、この役場に来たという訳だ。——


 結論から言おう、仕事はなかった。


「おい、セナ、どういうことだよ。話が違うぞ」


「知らないわよ、まさか剣資格だけないなんて思わないじゃない」


 必要な資格ごとに区分されたその巨大な掲示板の中で、「必要資格、剣術」のコーナーだけが、短期契約はおろか即日の依頼書すら一枚もない有様であったのだ。

 神妙なムードに飽きたのか、残った酒を一気に煽ったセナはおもむろに近くの定員を呼び止め何かを注文し始めた。

 そうなのだ、金がないのはコウのみ、セナは自身の店の儲けかなんなのかは知らないがそれなりに金を持っているのだ。久しぶりに感じたシンプルな劣等感に顔をしかめたコウは、それとなく視線を彼女から外した。

 しかし、そうやって顔を背けた先にも見たくない表情というものはあるもので。

 コウは幸せそうな赤ら顔で大ジョッキを傾けているオヤジとバッチリと目を合わせてしまった。慌てて視線をそらすも時すでに遅く、のしのしとこちらへ歩いてくる俊敏さのかけらもない足音を聞きながら、コウは今日何度目とも知れないため息をついた。


「どうしたんだいあんちゃん、不景気なツラぁしちまってよぅ?」


 のしかかるように肩を組みながら迫って来たそのオヤジを押しのけながら、コウは素直に答える。


「いや、仕事が見つからなくってさ」


 まあ、傷心しょうしんの爽やか青年のイメージでこのオヤジの親心をかきたてなんらかの情報を得ようとするあたり、コウも転んでもただでは起きない性格ではあるが。


「ほう、そいつは残念だったな、あんちゃんよそものか? なんか資格持ってんのかい?」


 その効果もあってか、自分のことのように残念そうな顔をしたオヤジは真剣な眼差しでコウに問いかける。


「まあね、いちおう剣資格だけは持ってるんだけどな」


 数瞬考えを巡らせたコウは、上記のような当たり障りのない答えでその問いをいなす。初対面の相手に免許皆伝だの道場破りだのといった話がこじれるようなことは言いたくなかったからだ。


「そいつは惜しかったなぁ、あとひと月、いや2週間早けりゃたんまり仕事はあったのによぅ」


 ことさら悲壮な顔をしたオヤジは、コウの肩をベシベシと叩きながら悔しがった。


「二週早けりゃってどういうことだ?」


 対するコウは落胆などもはや微塵も感じていなかったがオヤジの態度にこれ幸いと疑問をぶつける。


あんちゃんもこの国が商人の国だってことぁ知ってるわな?」


「ああ」


 唐突な問いだったが、セナからこの国についてそれなりに聞いていたコウはその事実を知っていた。


「よし、だからこの国にはバカみたいな量の商人たちが一年中商売をしてる訳だ。でだなあ、商売の期間ってのは一年で4つに分けられる、春、夏、秋、冬の4つだ。特に旅商人の旅団なんかはこの季節の境目に合わせていろんな国を渡り歩くんだが、そん時にこれまたとんでもない量の傭兵を連れまわす訳だ、こいつらは護衛だな。夜盗やとうや山賊からしたら商隊しょうたいなんて格好の獲物だから当然護衛は必要なんだわな」


「うんうん」


 酔っ払っているようで意外としっかりした調子で話し出したオヤジに内心驚きつつもコウは先を促した。


「んで、ハタツミは商人のために作られたような街なんで自警団やら騎士団のおかげで治安はちゃんとしてるんだわ。となるとさっき言った傭兵どもは商売の期間が一つ終わるまでは完全に用無しなんだわ。ってことでほとんどの商団は移動時期の間だけ護衛と契約して終わったら解除、んで次の期間になったらまた別の護衛、みたいな感じでどんどん契約を乗り換えていくんだわな。となると残った傭兵どもは商売期間は仕事がない訳なんだが⋯⋯」


「その間にギルドの仕事を受けるってことか」


 オヤジの言葉を先取りしてコウが呟く。


「そういうことだわな」


 その言葉をオヤジは満足げに肯定した


「ちなみに今の時期は?」


「秋の期間に入って3週間てとこだわな」


 可愛そうなものを見る目で答えたオヤジに対して、コウはこの日1番のため息をついた。


 ——翌日——


 宿屋を引き払った(と言うより、もう引き払うしかなかった)コウはセナと二人、それはそれは立派な清潔感漂う役所のような建物の前に立っていた。


「凄いのね〜、魔道士組合まどうしくみあいって」


「同感だな、もう場違いだろこれ」


 一例だけで比較してしまうのもどうかと思うが。眼前いっぱいに広がるこの建物は先日訪れた剣術道場などとは比較にならない規模だった。


 ——前日、事業組合の酒場にて新参者のコウに親切に解説をしてくれたオヤジはもう一つ、面白い話をしていった。


「魔道資格ならいくらでも仕事はあったんだがなぁ」


 剣術に比べて汎用性の高い魔法は様々な場面で需要があり、依頼の量も剣士と違い一年中安定して多いそうだ。加えてこの世界の高位の魔道士というのは学者のような扱いを受けているらしく高収入な依頼も多数あるという。

 これ幸いとうなずいたコウは、やっとの思いで取得した剣資格に早々に見切りをつけ、オヤジから魔法資格の取り方を聞き出して酒場を後にした。(もちろん、豪勢なステーキセットをぱくついていたセナと一緒に立ち上がった時は白い目で見られた)

 酒場に戻って待ちぼうけを食らっていたウチツネに軽く稽古をつけ、「明日は自主練をしておくように」と言い渡してコウは本格的に軽くなった巾着を握り締めながら眠りについた——


 上記の通り、今日に関していえば、セナが付いてくる理由はまったくないのだが。


「わーお、見てコウ、受付まであるわよ」


 彼女は好奇心だけで付いて来ていた。


「ほら、あんまり騒ぐなよ、今日は穏便に済ませるんだからな」


 こういうタイプの人間に制止が効かないのは分かってはいたが、それでもコウにはこう言うしかなかった。


——


「すんませーん、魔法資格っていうのを取りたいんですけど」


 大理石のような素材でできた受付カウンターでコウは不自然でない程度に最大限の笑顔を作って話しかける。


「魔法資格の取得ですね、それでしたらあちらの正面にありますメインカウンターにて取り扱っております」


 対する受付嬢のお姉さんもそれはそれは素晴らしい笑顔でロビーの奥にある大きなカウンターを指し示した。


 小走りで駆け寄ったコウは到達する10メートルほど前からこちらを笑顔で見守っていた若い受付嬢の女性に先ほどと同じ質問を投げかけた。


「かしこまりました、それではこちらの書類に必要事項を記入してご提出ください」


 住所から氏名までありとあらゆる事項が列挙されたその書類は現実世界で言う住民票に近いだろうか。

 となると困ったことがある、転生して日の浅いコウにはここにかけるような内容がほとんどないのだ。


「あの〜、俺ここに越して来たばかりで書けるとこほとんど無いんですけど〜」


「旅行者の方ですか? では前職とお名前、あと出身国だけで結構です」


 一瞬不思議そうな視線を向けられたもののそこまで不審がられてはいない。しかし、それでもなおコウにはこの書類を書くことができない。


「前職も出身国もないんですけど〜」


「えっ⋯⋯」


 自然な反応だ、至極自然な反応だ。前職はおろか生まれすらない人間がいるわけがないではないか。しかしここで別世界の地名を出すわけにもいかない、バレた時が怖いからだ。怖いどころの話ではない、転生者に対して時に人間は人権を無視する。全員がそうと言うわけでもないが経験としてコウはそれを知っていた。そんな扱いを受けるくらいなら出自を隠すスパイとして断罪された方が概ねましだ。


「はい⋯⋯それでは名前だけで結構です」


「あっはい、ありがとござまーす」


 なんとか自力で立て直してくれた受付嬢に心の中で最大級の感謝をしつつも、口頭では軽く答えながらこうはペンを手に取り(羽ペンである)書類作成に取り掛かった。

 といっても名前を書くだけである。しかしそれすらもコウにとってはそうスラスラと書けるものではなかった。

 文字が読めないわけではない、転生者の特権か、彼固有の能力か、コウはどの世界においても最初に接した言語を理解することができた。あらゆる文章はコウの語彙力に対応して翻訳され、またかなりの年月を生きたコウの語彙力は相当なものとなっていたためこと文学で苦労したためしはない。


 問題は名前である、板橋孝いたばしこう、この簡単な名前にどれだけの情報が詰まっているだろう。もしかしたらこの名前に禁句とされる単語が含まれるかもしれない、もしかしたらこの名前が敵国の元首と同じかもしれない、実際昔にコウは特徴的な名前が原因で異世界生活のスタート地点を大都市から弱小部族の田舎村に変更せざるおえなくなったこともあったのだ。


「なぁ、セナ〜」


「なに?」


「お前の名前借りていい?」


「は?」


 だからコウは今最も身近な人物に泣きついた。


苗字みょうじだけでいいからさ、コウ・フラット、な? おかしくないだろ?」


「⋯⋯なに? 求婚してるの?」


 はるか上から投げかけられる冷たい視線に、しかし、コウは臆することなく言いつのる。


「違う違う! ただちょろっと名前を借りるだけだから! いらなくなったら返すから!」


 コウの失礼極まりない物言いに数瞬表情を固めたセナは直後、吹き出した。


「プフッ⋯⋯あはっ」


「くふっ⋯⋯わかったわよ⋯⋯貸すだけだからね」


 コウの頭に手を置きながら数秒笑い転げたセナは涙をぬぐいながらもコウの頼みを聞き受けた。早速コウはしばらくの間この世界での自分の名前になるであろう「コウ・フラット」と言うその文字を用紙に書きこんだのだ。

 

 一応、完成した書類(といっても名前を書いただけだが)を受付嬢に渡す。これで魔法資格の取得は完了したも同然だ。


「はい、これで事務手続きは完了ですね。それでは後日、魔法試験を行いますので受験料として1ゴールドをお納めください」


 そう、思いたかったのだ。


「あえーっと⋯⋯魔法試験?」


「はい、魔法資格をご希望の方は月に一度行われるハタツミ魔法技能試験というものに合格していただかなければなりません」


「ちなみに、それいつですか?」


「今月の分は終了いたしましたので次の日程は来月の第2水曜日となります」


 絶望、もはやそれしかない。この瞬間今から約3週間の無給自足生活が決定したのだ。


「あのー、1ゴールドの方を⋯⋯」


 呆けた顔で宙を見るコウに心配そうな声音で受付嬢の女性は声をかけた。そもそもここで払う1ゴールドすらコウは持っていないのだ。


「セナ⋯⋯」


 コウは小声でセナに助け舟を求めた。先日散々奢ってやったのはこういう時に助け舟を出してもらうためでもあった、がしかし、


「あー、財布忘れちゃった」


 ニコッと笑いながら返されたその答えに、コウは小悪魔的を通り越した、悪魔的な嘲笑を垣間見かいまみた気がした。

 八方塞がりである、解決策は存在しない、ここでコウが起こせる唯一の行動といえば。


「お願いします! 資格をください!」


 土下座、懇願、神頼み。


「えっ⋯⋯はっ?」


「お願いします! お願いします!」


「ちょっと、困りますっ!」


 こうやってとどめが刺されるまで(もう刺されている)無様に延命することしかコウにできることはない。


「もうお金でいいです! 生活費をください!」


 この騒ぎにあたりの人々も何事かと様子を伺う。人だかりはさらなる人を呼び、ものの数分でその場は野次馬ひしめくお祭り騒ぎとなっていた。


 かたや金をくれと懇願する青年、かたやそれを必死に押し留める受付嬢。そんな喧騒を沈めたのは、受付嬢にとって救いの手であり、コウにとっても最大の標的。


「どうされたのですか? そんなに騒いで」


 金髪碧眼きんぱつへきがん、少女漫画のようなイケメン紳士が颯爽と現れた。


「ヘイズメル副組合長!」


 受付嬢のその助かったと言いたげな表情に、コウの視線がその紳士を捉える。


「やれやれみなさん、あまり騒ぐと組合長の逆鱗に触れますよ」


 しかしその紳士はキザに肩をすくめて見せると一歩左に退いた。

 その後ろから姿を現したのは亜麻色あまいろの髪を魔道士然としたローブに流した一人の女性。その姿を見るや否や、群衆がどよめいた。

 コトリ、という音を捉えたコウがちらりと目をやると、受付嬢の震える手と倒れたインクボトルからドボドボと流れるインクが視界に入る。

 現在進行形で重要書類が黒塗りに変わっていくことすら気にも留めずに、ワナワナと震える唇で受付嬢は現れた女性の名を口にした。


「ぺ⋯⋯ペルシア組合長!」


 どうやらコウは魔道士組合最高位の人物の召喚しょうかんに成功したようだった。





 


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