第12話 師範の謀略
その日、流水花月流刀術指南場、別名、流水花月会の本道場には朝も早くから流水花月会の門下生ほぼ全員が集められていた。一同が息を飲んで見つめる中、師範代、ゼルドロは厳粛な面持ちで自らの前に座る二人の男女を睨みつける。
「コウ殿、セナ殿、貴殿らに国家剣技資格、並びに流水花月流刀術免許皆伝を与える!」
空気を震わせるほどの気迫で放たれたその声に外野が一斉にどよめいた。
(まあそうなるわな)
後ろから聞こえるざわめきを人ごとのように聞き流しながらコウは疲れた表情を表に出した。
免許皆伝、現実世界でのそれは本来、その流派に関する基礎、基本、果ては秘伝から奥義までのありとあらゆる技術を習得した者に与えられる階級だがどうやらこの世界では違うらしい。
単純に戦闘能力、この場合は刀を用いた戦闘でその流派の最高指導者より上回っていれば獲得できる言うなれば強さの指標。
(自分たちが手も足も及ばない人物のさらに上って事が分かれば驚くことも無理ないか)
そこまで考えたコウはふと、正座に慣れないのか、もぞもぞとしきりに足を組み替えるセナの方に目をやった。
(それにしても⋯⋯)
「静まれぃ!!」
しかしそのコウの思考を断ち切るようにゼルドロの怒声が響く。
怒りではなくたしなめ、そして諦めの色の強い表情から察するに、ここの門下生は普段から相当に騒がしいようだ。
「ウォッホン⋯⋯ウチツネよ、前に来なさい」
いやに特徴的な咳払いの後、ゼルドロは唐突にウチツネを呼びつけた。
「ははぁ!!」
ウチツネはウチツネで自分がなぜ呼ばれたか理解しているようではなかったが、とりあえず力強い声で答える。うん、バカっぽい。
ズカズカと大股で歩いて来たウチツネは、どかっとゼルドロの前に跪いた。しかしゼルドロは一向に口を開こうとせず、何事か考え込んでいる。
「何でござりまするか、師範代」
数十秒はたっただろうか、しびれを切らしたウチツネは訝しそうな表情でゼルドロに問うた。なおも数秒、考え込んだゼルドロは、突如としてカッと目を見開き、
「うむ、ウチツネよ、お前はしばらくコウ殿の付き人をせよ」
唐突なその発言に呆気にとられた表情で硬直するウチツネ。衝撃発言のもう一人の当事者であるコウはというと、
(は? え? ひょ!?)
などという語彙力が崩壊した思考に走っていた。
「お、お待ちくだされ師範代! それは拙者を破門にするという意味でござりましょうか⁈」
我に帰ったウチツネは慌てて問いただす。
「違う、そのような意味はない。しかし⋯⋯」
「お前には流水花月を極めることはできん」
はっきりと言い放ったゼルドロのその言葉にウチツネの表情が凍りつく。
「⋯⋯それは、拙者には剣の才能がないという事でござるか?」
「違う、才能がないのはわしの方じゃ」
呆然としたウチツネの呟きにゼルドロは大きくかぶりを振った。
「わしにはお前の才を引き出すだけの力がない、それはお前の才の本質が流水花月の真髄とは別にあるからじゃ」
そこまで語ったゼルドロは、不意に、笑みを浮かべて続ける。
「お前の才に合うた技をわしは知らん、またその技をわしが覚え、そしてお前に伝えるには、わしに残された人生は短すぎる」
再び表情を引き締めたゼルドロは力強い視線と声音で激励する。
「ウチツネよ、お前はその男の元で学べ。自身の才と技、それに至る全てを。そして強くなれ、強くなってわしを超えて見せよ!」
「ちょっと待て!」
ゼルドロの熱き師弟愛を感じさせる発言に水を差したのは他ならぬコウであった。
「俺はそいつを引き受けるなんて一言も言ってないぞ?」
「はて、よう聞こえませんでしたが、剣資格、いらないのですかな?」
「⋯⋯このジジイ」
この老人は剣資格を盾に厄介者を押し付ける気なのだ。コウがその事実に気づいた時、それは少しばかり遅かった。
「おおおおおおおぉおぉぉ」
野太い声で男泣きをしているマッチョサムライによって、コウの反論は遮られた。
「拙者、拙者はぁっ⋯⋯!」
「このウチツネ! いつか! 師範代をも超えられるだけの立派な剣客となってここに戻ってまいりまするぅぅっ!!」
張り裂けんばかりの大声で涙ながらに成長を誓ったウチツネと、その旅立ちを祝う門下一同、事態は挽回不可能な程に確定していた。
——
結局ウチツネにセナの店の地図を渡して道場から出て来たコウたちは道場の出口に向かって歩き出した。
「アタシを巻き込まないでくれる? あんたが任されたんでしょ? あのバカ」
「うるせぇ! 旅は道づれ何とやらだよ、まったく」
巻き込まれたと言いながらもやけに楽しそうなセナに向かって愚痴をこぼすコウ。
「あ〜あ、ホントは剣資格も要らなかったのにめんどくさいことになったわね」
天を仰ぎ見ながら呟くセナの横顔を見て、不意に忘れていた疑問が蘇る。
(そういえば⋯⋯)
何故セナが免許皆伝をもらえたのか?
実際に戦ったコウにはセナに免許皆伝をとる、言い換えればゼルドロに勝利するだけの実力がある事は分かるが、ゼルドロが見たのはヤゼンという名の男との勝負のみ、その上に勝負内容もおざなりだった。コウがゼルドロの立場だったとしてもあれだけでセナに免許皆伝を与える理由にはならない。
そんなことを考えながら二人がちょうど門のところまで来た時、そこには意外な人物がいた。
「あ、ジジイ」
前日のそれと比べて、明らかに怒りのこもった声音でコウがその人物に呼びかける。
「おやおや、随分と邪険にされますな」
対するゼルドロももはや慇懃無礼にも見える余裕の態度で返す。
「何だよまだ何か押し付ける気か?」
「いやいや、用があるのはセナ殿の方じゃ」
疲れを表面に出した問いに、ゼルドロは笑いながら首を横に振った、どうやら厄介ごとを押し付けた自覚があるようだ。
「セナ殿、これは忠告なのじゃがな」
一呼吸の間を置いた後、ゼルドロは、ひときわ鮮やかな眼光をその目に宿して口を開いた。
「身なりには気をつけたほうが身のためですぞ、知っているものは知っているのじゃから」
その言葉に凍りつくコウ。
対するセナは、
「そう? じゃ、気をつけることにするわ」
強烈に照りつける太陽が、彼女のその酷薄な笑みに濃い影を落としていた。
用語解説
剣術資格は別名で正確には「国家剣技資格」(魔術、弓術も同様)
また様々な資格は慣用的に「~術資格」と表現されることがあります。




