第11話 偶然と必然 2
人混みが次第に逃げ惑う人々の波に変わり、そして惨劇の舞台へと至る。
まず、ゼルドロの視界に飛び込んできたのは大型の直剣を持つ二人組の男達だった。大柄な体格とまだら模様の髪から見るに奴らが今回の件の犯人だろう。
その対面に立つ、こちらに背を向けた青年。その手に握られている木刀を見て一瞬訝しんだ後に、ゼルドロははっと気づいた。
(あれは⋯⋯昼間の⋯⋯)
その青年は先ほどまでゼルドロの迷いの元であった人物、コウだった。
と、ゼルドロが気づいた瞬間、コウが動いた。
木刀を片手で上段に振りかぶりながら滑るように手前の男に接近する。相対した男も馬鹿ではない、正面から迫るコウに対して同じく直剣を上段に構える。しかし、コウに止まる様子はない
ゼルドロは驚きと焦りとともに駆け出した。驚きはコウの無謀さに、焦りは予想できる結末に。
互いに同じ条件で刀を打ち合わせたならば、勝つのはコウだろう。ドルフの男の動きにも無駄はなく二流の域は脱しているように見えた、しかし、それでも技術は良くてヤゼンと同等、殺しに慣れている様子からすれば実力的にはもう少し上かもしれないが、それでもコウには敵わない。
しかし今回は訳が違う。木刀と実剣、打ち合わせて砕けるのは間違いなく木刀だ。加えてドルフの男が持つのは間合いに秀でた大型の直剣、どう考えてもコウの方が打ち負ける。
(あるいは⋯⋯いや)
瞬間ゼルドロの脳裏によぎったのはコウが昼間見せた真剣鷲掴み、しかしすぐに否定する。大型の直剣は間合いと同時に威力にも秀でる。もし掴み損ねれば首が飛び、掴めても腕が飛ぶ。
しかし、勝ち目のない戦いに飛び込む青年を止めるべく、駆けたゼルドロの努力も虚しく、無慈悲にもコウと男の剣は交錯し——
大地に頭をめり込ませて地に伏したのはドルフの男だった。
足を止め、立ち尽くしながらゼルドロは、信じられない思いで眼前の青年を見つめる。先の一撃が現実であったかを見極めるために。
振り返ったもう一人のドルフの男は、そこに倒れている自分の仲間を見て一瞬表情を曇らせる。しかし、男はさすがの切り替えを見せ、先と同じく真正面から向かっていくコウに対して構えを取る。
数秒前の繰り返しのように男の剣がコウに迫り——
そして、左に滑る。
空を切り裂く男の斬撃と、一切揺らぐことなく男の首筋に打ち込まれるコウの一撃。疾走の勢いも乗せたそれは、文句なく一撃で男の意識を刈り取った。
地面に叩きつけられるドルフの男を前に、やはりゼルドロはコウを見つめていた。
コウと男の剣が交錯した瞬間、ゼルドロは確かにそれを見た。男の剣が横にずれる瞬間。刃に添えられたその手を。
(まさか⋯⋯本当にそんな真似を⋯⋯)
払いのけたのだ。刃がぶつかるその寸前に、スルリと横から飛び出したその左手で。ゴミを払うように呆気なく。
相手の一撃を防ぎ、反撃を打ち込む。自身の動作を一切阻害することなく行われたその技術は、一朝一夕に身につくものではない。
いや、ことによれば一生をかけても会得することのできない領域。
その技術を前に、ゼルドロは驚愕と、言いようのない気持ちの高まりを覚えた。
——————
陽も落ち西の空が紫がかった頃、やけに人気の少ない街道に立つ青年。
足元に転がる二人の男はピクリとも動かず静寂が辺りを包んでいた。
「どうやら、わしの目もだいぶ鈍っていたようじゃのう⋯⋯」
だからこそ、青年、コウは後ろでボソリと呟かれたこの言葉を聞き取ることが出来た。
「あ、ジジイ」
振り返ったコウは開口一番、シンプルに失礼な言葉を発したがゼルドロにははっきりとは聞こえなかったようだ。不満の表情は読み取れない。
「コウ殿、どうやら昼間の評価には誤りがあったようですな。つきましては明日、もう一度道場の方まで来ていただきますようお願い申し上げたい」
代わりにゼルドロはその目に誠意の光を込め、よく通る声で言い放った。
「おう、いーよー」
その返答はゼルドロが予想していたものの十分の一は軽いものだったが、その承諾に一度頷くと踵を返してその場を後にした。
再び辺りを包んだ静寂は、訪れた途端、またも打ち破られる。
「終わったみたいね、そっちいってもいいかしら?」
頭上から響いたその声にコウが顔をあげると、中世ヨーロッパを彷彿とさせる細長い三階建ての建物の屋根に腰掛けるセナの姿が見えた。
「おう、いーよー」
(あれ? さっきから俺これしか言ってなくね?)
などと下らない違和感に苛まれている間に、セナは10メートルはあろうかという建物の屋上から躊躇なく飛び降りた。空中で体を捻りながら足のバネを目一杯使って着地するそのさまは、猫のようにしなやかだった。
「で、明日もついてかなきゃいけないの?」
その華麗な身のこなしに目を奪われていたコウはそのセナの質問の意味をすぐに理解できなかった。一秒ほどのタイムラグののちに、そういえば今日の道場破りもセナはコウの付き添いでしかなかったことを思い出す。
「あ、ああ⋯⋯いや、どっちでも良いぜ?」
「何よどっちでもって⋯⋯アタシあんたに連れ出されただけで本当は今日も出て来たくなかったくらいなんだけど」
「アッハイ、スンマセン」
例によって下らない会話の応酬になりつつあった時、しかし今回は二人に声をかける人物がいた。
「どうやら思ったほどの被害は出ていないようだな⋯⋯衛兵隊は倒れている連中を運べ! そこの二人組、お前達がこいつらを倒してくれたようだな、いろいろ聞きたいことがある。ついて来たまえ!」
いつの間にやらぞろぞろと現れたお揃いの騎士鎧集団、その中の隊長とおぼしき人物がカブトの面頬をあげてこちらを睨みつけていた。
「あーはいは⋯⋯」
隊長のもっともな意見に素直に頷こうとしたコウははっと気づいた。何の疑問も抱かずに歩いていこうとするセナの腕を捕まえ——
「お前、指名手配」
「あ⋯⋯」
——その夜、二人はやたらと勘の鋭い騎士による熱烈な尋問を受け、解放された時には東の空に日が登っていたという——
——翌日——
「きっつぅ⋯⋯」
「⋯⋯な、バレなかっただろ⋯⋯」
「十分危なかったわよ! ったく何よあいつ、違うって言ってんのにしつこすぎるのよ」
「まあ、違わないからなぁ」
二人の顔には一目でわかるほどに疲労の色が浮かんでいた。無理もないだろう、何せ二人は一昨日からほとんど寝ていない、二徹状態だ。加えてコウもセナも前日は剣術試合から町巡りとそれなりにハードな予定をこなしている。
本当ならばすぐにでも宿屋のベッドに飛び込みたいところだが今日に限ってはそうもいかなかった。
「じゃあ、俺はこのままジジイのとこに行ってくるからまた後でな」
「え? まだ早くない?」
疲労のにじむ声でため息まじりに呟いたコウに、セナが疑問の声を上げる。
「いや、今帰って寝ちまったら明日の朝まで起きれる気がしないからな。」
「あっそ⋯⋯」
コウの怠惰なセリフにセナは呆れたような視線を向けた。そしてコウから視線を外し、何事か考えた後に——
「やっぱアタシも行くわ、面白そうだし」
「あっそ⋯⋯」
今度はコウが呆れた視線を向ける番だった。
ところで、人の記憶力には少々怪しい部分がある。
コウは突如として眼前に現れた悪趣味な千段階段の前で大きく一つため息をついた。
——————
「おや、随分と早いですな」
絶望の階段を突破した寝不足二人組を迎えたのは、箒を片手に不敵な笑みを浮かべるゼルドロだった。
「別にいいだろ、爺さん昨日時間言ってなかったじゃん」
「ははは、それはそうだ。ではこちらに」
そう行ったゼルドロは持っていた箒を側の木に立てかけ、コウ達に先行して道場へと歩き出した。
「今日はちゃんと連れてってくれるみたいね」
「⋯⋯俺は昨日、案内して欲しかったけどね」
——
ゼルドロに連れられて境内(というのも、この道場は鳥居がある事からも分かるようにかなり神社よりの作りをしている)を歩く二人は少し広めの中庭に出た。一面砂地の広場には数本の丸太が立ち、見るからに修練場の様相を呈している。早朝という事もあってか人の姿は無い⋯⋯いや。
その中で一人、せっせと丸太を振り回す大柄な男——
ウチツネである。
「あいつ、昨日の——」
「バカじゃん」
コウのセリフを奪うように放たれたセナのシンプルかつダイレクトな暴言を聞き、ゼルドロは苦笑気味な表情を浮かべた。
「あれは⋯⋯なにぶん、不器用なやつで。人一倍根性はあるのですがね⋯⋯まあ、わしの教え方が悪いのでしょうな」
(マジであいつ頭悪いんだろうなあ)
ゼルドロのその自虐から滲み出る疲労感に、コウは若干の同情を覚えた。
——そんなこんなで本道場前——
ガラリと扉を引いたゼルドロに続いて二人も建物に入る。建物自体は先日と変わらない、ささくれ一つない板張りの床は日本で言うところの剣道場と似ている。
さて、そんな道場の真ん中に置かれている先日は無かったもの。
具体的には緩やかな弧を描く刃渡り70センチほどの刀——
——がふた振り。
無骨なデザインの刀を二刀とも手にとったゼルドロは、その内の一振りをコウに向けて差し出す。
「ワシと勝負をしましょうや、こいつを使って、全力で」
なまじ予想出来ただけにコウの答えには余裕があった
「ああ、いいぜ」
(あ、コイツちょっと変えてきたわね)
セナの場の空気をぶち壊す能天気な思考は、幸いにも言葉として発せられることはなかった。
(さてと⋯⋯)
コウはゼルドロに渡された刀のつかを握り力を込める。刀は一瞬の抵抗ののちに滑らかに鞘の中を滑りその刀身をあらわにした。
(へえ、結構いいじゃん)
曇り一つないその刀身はいかにも名うての刀匠が鍛えた刀であることがうかがえる。
「じゃ、やるか」
コウは何度か刀を振った後一度うなづくとパチリと鍔を鳴らしながら刀を収め、ゼルドロに向き直った。
束の間の静寂。
二人は、同時に地を蹴った。
昨日と同じく正面から飛び込むコウに対してゼルドロは防御の構えを取る。
コウの袈裟斬りに対して、ゼルドロは刀を倒しその峰を支える形で左手をあてがう、いわゆるトゥハンドブロックの構えだ。
それに対するコウは自身の袈裟斬りを追い越すように左手を突き出す。その手は一直線にゼルドロの刀へと吸い込まれ——
(やはりな⋯⋯)
瞬間、ゼルドロの刀が霞がかかったかのようにその場から消え失せた。
コウの手が空を掴む。その表情には少なくない驚きが現れていた。
その表情を冷静に見下ろしながら、ゼルドロは上段に構えた刀で——
一閃。
「あっぶねぇ!」
しかし、そのありえない角度からの切り上げすらコウは防いで見せた。
霧抜きと呼ばれる、構えを瞬時に変える技術、それを二重に使って防御から上段、そして下段へと瞬時に刀を入れ替えながら繰り出されたゼルドロの変則切りを。
(有り得ん!)
自身の首筋にあてがわれた刃を認識することも忘れて、ゼルドロは目を見開いていた。今の攻撃は門下にすら教えてこなかったいわば隠し球、加えてもう一枚フェイントを重ねて放った斬撃である。しかしそれをコウは素手で刃をそらすことで防いでみせた。本来ならば単純な袈裟斬りに対してですら、武具で剣を弾くパリィの数倍にもなる正確性を要するその技術で。
「⋯⋯ひとつ、恥を忍んで聞かせてもらえまいか、貴殿はなぜワシの刀を防げたのじゃ?」
この問いは、本来ならば師範という立場の人間がするべきではなかっただろう。しかしゼルドロの一人の剣士としての疑問が彼の口を動かした。
「ああ、昔似た技を使うやつと戦ったことあるんだよ」
コウはこの問いに対し、一瞬の迷いののちに歯切れの悪い声で答えた。
「ありえん⋯⋯霧抜きは流水花月独自の⋯⋯それも秘伝に近い技術、同じ技など⋯⋯」
「あー⋯⋯なんか色々言っちゃってるけど大丈夫なのか? それに——」
呆然と呟きだしたゼルドロを可哀想なものを見る目で見つめた後コウは屈託無い笑みを浮かべながら続けた。
「もしかしたら爺さんの師匠と同じ考えを抱いた奴がいるのかもしれないぜ、世界のどこかには」




