第10話 偶然と必然
「あれ? 随分早かったな、資格は?」
セナがコウに追いついたのは道場の門を出てすぐだった。千段階段を数段下った辺りに座り込んでいたコウのひょうひょうとした態度からは、さっきの一瞬の表情の余韻は全く感じられなかった。
「貰ってないわよそんなもの。アタシは別にいらないし」
「まじかよ、もったいね」
そう呟くとコウは立ち上がり、
「じゃ、帰りにどっか寄ろうぜ、どうせ暇だろ?」
ニヤリと笑いながら歩き出した。
数分後——
「で、どうしたの?」
延々と続く階段を下りながら、セナはコウに問いかける。
「どうしたって?」
「さっき、変な顔してたでしょ」
「変な顔って⋯⋯ああ」
問いかけられたコウはふっと、また遠い目をして続けた。
「いや、昔は剣とか怖かったな〜と思ってさ」
「何それ、それぐらいで引き下がったわけ?」
「まぁ、あのジジイが言ってたこともその通りだしな」
予想より自己中心的な物言いに、セナは馬鹿を見るような目で返した。
「それくらいで諦めてたら、資格なんて取れないわよ」
セナの割と真面目な意見を聞いたコウはなぜか苦笑いをさらに噛み殺したような表情になる。
「ちょっと、アタシ何かおかしなこと言ったかしら?」
「いや⋯⋯なんか久しぶりに聞いたわ、そんな現実味のある言葉」
数時間後——
「いや〜、意外と高いのな、色々」
夕暮れの街はにわかに活気付き、人通りも増える。そんな街道を歩くコウの手にはちょっとした小袋と小さな巾着。
「買いすぎよ、ポーションなんていらないでしょ」
横を歩くセナは全くの手ぶらだった。これはコウが紳士的男女差別によってキャリーをかって出たのではなくセナが荷物になる買い物を一切しなかった為である。
「いやいや、職なし金なしの俺に色々奢らせたの、お前だからね?」
手に握る巾着は、ジャラジャラとした小銭による肥大化に反して価値を大きく落とした。コウの現在所持金は2シルバー400ブロンズ、前日の宿泊料である300ブロンズを差し引いても、今日だけで2シルバー以上の出費である。しかしコウが購入したあれこれの代金は1シルバーに満たない。
「あら? 美味しかったわよ? 特にお肉は」
「そりゃ700ブロンズもしたんだから美味いだろ!」
本日の出費、その半分はセナの食費、優雅なランチのお会計に使われたのだった。滑らかな手つきでナイフとフォークを操り、分厚い肉を口に運ぶ姿は見ているだけである種の満足感を得られるものだが、それでも減るものは減るのだ。
そんなことを考えながら、コウは手の中の巾着をむなしそうに眺めていた。
偶然とは全く恐ろしいものである。
下らない言葉を交わしながら歩いていたコウは突如響いた悲鳴に思わず振り返った。
「きゃあ! なに?」
「ち、血が!」
「衛兵だ、衛兵を呼べ!」
口々に悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々の波に揉まれながらも、どうにか踏みとどまったコウが見たものは——
血だまりに立つ二人組の男たち。
鋭い顔立ちに大柄な体格、そしてまだら模様の特徴的な髪を持った頭からは長い耳が突き出している。
「あら、ドルフじゃない」
眼前の流血沙汰にも一切の動揺を見せずにセナは思い出したように呟いた。
「誰? 知り合い?」
「え? あぁ、違うわ。ドルフよドルフ」
その答えになっていない説明に疑問の表情を浮かべるコウに対して、セナは意地の悪い笑みで促すように囁いた
「ほら、ドワーフとエルフの……」
セナの言葉にコウは大きく目を見開いた。
「まさか、混血か?」
「そ、そのまさか」
ドワーフとエルフはどこの世界でも仲が悪い。と、言うよりは基本的に異種族間で友好関係を保てている社会自体が存在しないのだ。同じ人間同士でさえ、肌の色で長きにわたる差別が続いてきたように種族すらも違う亜人の間でのいさかいはもはや異世界の風物詩と言っていい。
「エルフの魔法適性と頭脳にドワーフの体力と鋳金術を備えたとんでもなく優秀でとんでもなく下等な種族よ、ドルフって」
そのセナの偏見モリモリな説明でコウは理解した。
要するに、和解などしていないのだろう。
この世界、アースガルドはかつて一枚の大陸の上に数多くの種族がひしめく大乱の世界だった。その絶え間なく続く戦乱はいつしか収束し、異なる認識を持つ種族はそれぞれに集落や都市、国家といったコミュニティを作り、世界にはある程度の平和が訪れた。
と、言うのが昨日セナから聞いたこの世界の生い立ちだが、目の前にいるこれはイレギュラー。要するに、はぐれものなのだろう。
それが衝動的に生み出されたものか、意図的に生み出されたものなのかは分からない。ただ、今目の前で勇気ある冒険者を次々に切っていくその二人組を放っておくことはできなかった。
(⋯⋯ったく、めんどくさいなぁ。こんな不要な目立ち方したくなかったのにな)
「アタシは目立てないから、やるなら一人でやってね」
そんなコウの苦悩を敏感に感じ取ったセナは満面の笑みで逃げ惑う人の波に消えていった。
——————
斜陽の街並みは人々の営みを写すようで。
その中を歩くいぶし銀の髪を結んだゼルドロは、小ジワの目立つ顔をうつむかせながら物思いにふけっていた。
内容は今日の来客、長身の女剣士と異様な青年の二人組についてだった。
ともに驚異的な実力を持つ二人組は、しかし、ともにゼルドロに強烈な違和感をいだかせた。
まず、セナと名乗った女、見上げるほど高い身長と長い手足からは想像もできない速度で繰り出された攻撃は文句なく達人の領域に到達していたし、その身長をいかした間合いの掌握、とどめの一撃に至るまでの戦術は理にかなっていた。ただ、その全てに対して満足していないような、やる気のなさが気にかかった。
しかし、ゼルドロの思考を捉えて離さないのは彼女ではなかった
コウと名乗った青年、大した特徴のない風態にもかかわらず、ゼルドロの思考に色濃く残る彼の姿をゼルドロは思い返していた。
最初の不遜な態度とは裏腹に、奔放で自由なコウの剣術は、まるで赤子の手を捻るようにゼルドロの弟子を下した。それ自体はさして気になるところはない、自分の命にも相手の命にも責任を持たない勝手な戦いはまさしく、命の価値を分かっていない子供そのものだったし、ゼルドロもそれとして対処した。
しかし、コウが時折見せた達観したような、納得したような表情は逆に、若者の成長を眺める老人のようでもあった。
若者の姿で子供のように戦い老人のように笑うその男が、ゼルドロには同じ人に見えなかったのだ。
まるで、人の皮を被った魔物と相対しているような違和感。
(⋯⋯ふう。こればかりは考えても仕方ないかもしれんな)
ゼルドロが思考をまとめて顔を上げたちょうどその時、正面から血相を変えて走ってくる少年と目があった。
「ゼルドロさん!」
少年はゼルドロを見つけると一瞬ホッとしたような顔を見せて駆け寄り、力尽きたように崩れ落ちた。少年を抱きとめたゼルドロは、その体がびっしょりと脂汗に濡れていることに気づいた。
「どうしたんだ、何があった?」
少年のただならぬ様子にゼルドロが問う。
「⋯⋯ぜっ、ゼルドロさん、たい、大変だっ! ドルフ、ドルフの二人組が、大通りで⋯⋯」
息も絶え絶えに話された少年の説明でゼルドロは状況を把握した。
「分かった、ぬしはここで休んでおれ!」
それだけ言い残したゼルドロは大通りに向けて猛然と疾駆した。
ドルフのならず者自体は今でこそ少ないが昔から存在していた、その多くは旅商人や運送隊を山道で襲撃する野盗だったが、襲われたその多くは皆殺しにされた。
(あのような輩が街中で暴れれば何人死者が出るか分かったものではないな⋯⋯)
冷静に事態を分析しながらも、ゼルドロは霞むような早さで人混みを駆け抜ける。
雑然とした人混みに次第に方向性が生まれる。それはまさしく事態の中心に近づいている証拠だった。




