第1話 旅立ちは鮮やかに
朝、目がさめる時の感覚は不思議なものだ。意識のまどろみから徐々に整合性が現れる。支離滅裂な思考が光の彼方に追いやられるような感覚。
そしてゆっくりと目を開くと、いつもの見慣れた天井が、壁が、窓から差し込む一筋の光が目に入る——
ことはなかった。
青い空、白い雲、そして耳元に響く水のせせらぎ。
そのままむくりと体を起こす。目に入ってくるのはいつもの見慣れた未来都市ではなかった。
森の中の湖、消滅したはずの大自然。
そう、目が覚めた時、そこは異世界だった。
「また⋯⋯か⋯⋯」
5回目である。
頭を押さえてゆっくりと立ち上がったこの男、板橋孝はこれが初めての体験ではなかった。
いわゆる、転生上級者である。
「はぁぁ〜⋯⋯」
長々とついたため息で、自身に起こった理不尽に対する不満を一旦先送りにしたコウは、取りあえず人生で5回目となる状況確認を始めた。
まずは自分自身。服装は昨日の夜と同じシャツとズボン、しかしその下の肌は相当に若く、10代後半から20代前半のもののように見える。
(うん、若返ってるな)
感想としては面白みに欠けるが、ただそれだけで自分の手から視線を外したコウは周囲へと目を向ける。
どうやらここは湖のほとりのようで辺りは森林に囲まれている地形。周囲には動物の気配は無く、早急に対処するべき脅威は見当たらない。
最後に、この世界の特徴。
これは正直ほとんどわからない、技術力や通貨の概念、文化や風習、そもそも人間にあたる生物がいるかという情報は時間をかけて調べなければどうしようもない。
ただ——
この段階で一つだけ分かることがあった、それは、
魔法の概念、魔力があること。
かつて、魔法使いでもあったコウは自身の体に満ちる魔力を感じていた。
取りあえず行動してみよう。コウが歩き出したのは異世界で目を覚ましてからおよそ三分後のことだった。コウはこれまでの経験から何も知らない状況がいかに危険かを知っていた。
湖の周りを歩きながら生物の痕跡を探す。どのような世界でも水は生物にとってなくてはならない存在だ。だからこうして湖の周りを調べていれば獣道を見つけることができたり、食料を見つけることができる。
そのコウの予想は、考えられる中で最高の結果をもたらした。
湖を半周ほど回った時、コウは一艘のボートを見つけた。
苔むして底が抜け、見るからに古い。
しかし、そのボートはここを人間が使っていたことを示す大きな証拠だった。
コウはボートの周りをくまなく探した。ボートがあるということは人が来るということ、人が来るということは道があるということだからだ。そして予想通り道はあった。長い間使われていなかったために草が生い茂り、一目で道とはわからないほどの有様ではあったが、
「俺の目は誤魔化せないんだよな」
相当な年月を様々な世界で戦い続けたコウには一目瞭然だった。
数時間後——
商人の国ハタツミ、その大通りを一人、場違いな格好をした青年が歩いていた。
「ふーむ、しかし広いな、この街は」
コウはブラブラ道の端を歩きながら、周囲の建物に目をやる。
宿屋、武器屋、防具屋、道具屋、教会にカジノと見事な取り揃えである。そしてその前を歩くのは腰に剣を差した騎士風の青年、大斧を担いだいかついオヤジ、とんがり帽子に杖を握りしめた魔法使い風の少女。
「さしずめ剣と魔法の世界ってとこか」
そしてはるかかなたに見える天にも届きそうな尖塔。
それを一瞥したコウはふらりと手近な屋台に足を向けた。