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踊れないサロメと新月のアルバート•フィッシュ

 それは、寝苦しい晩だった。少女は自分がスープになった夢を見ていた。ベッドサイドテーブルに置いた盆の上の、今の恋人を抱き寄せる。ひやりとした感覚に、言い表し得ない気味の悪さを抱いて、少女は首を取り落とした。どうして。どうして。ばくばくとする胸を押さえながら、少女は転がり落ちた首を掴んだ。髪を鷲掴みにして、持ち上げる。それに口付けようとして、少女は、自分のくちびるを噛み締めた。血が滲むほど噛み締めたのは、これが、初めてだった。

「あなたなんかいらない」

そう言って、少女は、生首を投げた。ごろりと転がったそれが、虚ろな目で少女を見る。見るな見るな見るな見るな!少女は寒気を覚えた。棚に飾られた今までの恋人たちのしゃれこうべに、手で触れる。眼孔のぽっかりと空いたそれらは、少しだけ少女を落ち着かせた。どの骸骨も、覚えている。まだ肉のついていた時の顔を。それに口付けた時の高揚を。しかし、少女は、突然泣き出した。どうして、どうして、と言って、泣いた。満たされない。満たされない。幾ら集めても、満たされない。いつかこの部屋はしゃれこうべで埋まって、自分はその中で死んでしまうような気がした。

「あたしを満たしてくれるものは何なの?」

「あたしが、本当に欲しいものはなあに?」

ドアをノックする音がした。

「おい、君、大丈夫かい」

ああ、アルバートおじさま!少女はドアの鍵を開けると、男に抱き付いた。

「どうして、おじさまには、こんなに邪魔なものが沢山ついているの。」

男は、泣いている少女を見て、笑った。か細く震えている姿を見ていると、唾液が溢れてくるのがわかった。

その日は決して満月ではなかった。月の無い、真っ暗な夜だった。男は、優しい声を出した。

「泣くんじゃないよ、可哀想に、僕のサロメ。君の望むものは何だい?」

「おじさまの、首を。」

「望むものはなんでもあげよう、愛しいサロメ。但し、上手に踊れたらだ。今回ばかりは、踊らずにというわけにはいかないよ。これは、約束だったからね。」

少女は頷いた。この物語は、終わりに近い。


 •


「おじさま、美味しい?」

「美味しいよ、今まで食べた中で一番美味しい。」

「よかったわ、不味いって言われたら、耐えられないもの。」

男が最後の晩餐を終えると、少女は、男に聞いた。

「ねえ、今、どんな気持ち?」

男は答えた。

「こういう時は、形式に則って答えようか。楽しみだよ、なんせ、経験したことがないからね」

少女は笑った。そして、二回、高圧の電流を流した。



 


 少女は男の生首を掲げると、血のしたたるそれに、キスをした。今までに経験したことのない程の快感に、それだけで少女はエクスタシーを感じた。繰り返し、繰り返し、接吻をする。ああ!おじさま!おじさま!少女は何度も口付けをして、彼の髪を撫で、掻き上げ、まだ生温かいそれを抱きしめる。したたった真っ赤な血液が身体を汚すのも気にせずに、少女は恍惚の表情で男を抱いていた。

「ああ、おじさま、あたし、おじさまにキスをしたわ!おじさまの唇は甘いのね、それともあたしの味なのかしら。でも、恋って、愛って、本当は甘いのでしょう?甘くて甘くて気が狂いそうなものなのでしょう?あたし、おじさまにキスをしてるわ!」

男は自分が生首になった夢を見ていた。死は、永遠の眠りであると誰かは云う。男は自分が生首になった夢を見ている。永遠に、その夢を見続けている。



 



『事件の顛末』


 


 通報したのは男の所持する不動産を管理している会社の社員だった。男と連絡が取れなくなり自宅を訪れると、玄関のドアから漏れている腐臭に気が付き、一人暮らしの男の不幸を想像した哀れなその不動産会社の社員は、警察を呼びドアを開けた。その不動産会社の男は、あまりの臭いに玄関先で立ち竦んだ。中へ入った警官は、その場で嘔吐し、震える声で応援を呼んだ。その時はまだ、警官は、陰惨な殺人事件だと思っていた。

応援に駆け付けた警官隊は、まず、リビングにあった男の首の無い腐乱しかけた死体を発見した。家中の捜索が始まった。キッチンにあった、おびただしい数の人肉、目玉の瓶詰め、塩漬けにされた胎児のようなもの、冷蔵庫に入っている人の手と思われるもの、乳房と思われるもの、そして、鍋の中に入ったままで腐っている、足のようなものを、込み上げる吐き気を抑えながら写真に収めていった。リビングの男の死体から伸びていた赤黒く変色した血痕を辿ると、鍵のかかったベッドルームへと辿りついた。警官たちは鍵をこじ開け、部屋の中を見た。

そこには、一人の美しい少女がいた。少女は腐乱した男の首を抱き、すやすやと静かに眠っていた。少女には、両足が無かった。ああ、哀れなサロメ、もうお気に入りの七センチのヒールも履くことが出来ない。

病院に運ばれた少女は、殆ど話すことが出来なかった。自分の本当の名前すらも、語ることが出来なかった。

「あたしは、踊れないサロメ。」

「あたしの足は、おじさまにあげたの。」

「おじさまは、アルバート・フィッシュ。蘇った、アルバート・フィッシュよ。」

事件は大々的に報道された。連続誘拐殺人事件、少女の寝室にあった多くの頭蓋骨も話題を呼んだ。少女を誘拐、監禁されたものと見る声と、共犯者だと見る声が世間には入り混じり、後者の人々は狂った少女を死刑にしろと叫んだ。少女は、精神病棟へと入れられたまま、自分を踊れないサロメだと言い続けていた。


「君は彼を殺害したと認めるかね?」

「あたしは、おじさまを、愛していただけ。」



蘇った月下の食人鬼、アルバート•フィッシュと、その男と同居していた狂った少女、サロメの二人の手にかけられた、正確な犠牲者数は、未だ判明していない。


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