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運命の出会いをしたのよ、あたしたち。

 男は夕方の通りを歩いていた。寂びれた倉庫街だが、帰宅途中の少年や少女が浮かない顔をして歩いていることが多い。簡単なのは駅前で家出中の少女を見つけて少女の「神様」になってやることだったが、そういう少女は売春婦と同じだ。売女はどうにも好みに合わない。それなら三百円で買ったコンビーフの方が良い味を出すだろう。男は飢えていた。それは今日が満月に近かったからでもあるし、見かけた少女の後ろ姿が、非常にそそるものだったからでもある。健康的に引き締まった足をスカートから生やし、短めの髪が清潔そうに揺れている。体のバランスが非常に良い。そして、艶やかな髪は染められた印象を与えさせず、きっと処女だろう、と男は思う。

「君、ちょっといいかい」

「はい」

軽く声をかけると、彼女は背筋を伸ばしたまま振り返った。人通りはない。あるのは男の乗ってきた、ワゴンだけだった。少女の履いていた靴が、こつ、と地面を叩く音がした。

「出張で来たんだが、道がわからなくなってしまってね、カーナビもダメなんだ。よかったら、とりあえず大通りに出るにはどちらへ行ったらいいか、教えて欲しいんだけど。」


「ああ、それなら、この道をずっとまっすぐ行くんです」

「ずっとまっすぐ行けば、わかるのかな」

「そうですね、ずっと、まっすぐ。そうしたらわかります。」

「ありがとう。」

少女はとても美しかった!この辺りを歩いている、どんな美少年も美少女も彼女には決して敵わないだろう。つんと上向きの小さな鼻、意思の強そうな大きな瞳、大きめの唇が誘っている。彼女だ。彼女にしよう。男はポケットに忍ばせていた小型のナイフを右手に持った。前に向き直った少女の口を後ろから塞いで、そのナイフを頬に当てる。

「騒いだらこれが君のお顔に刺さる。いいね?」

少女は、意外なほどあっさりと、小さく頷いた。それが少し引っかかったけれども、騒がれるよりはずっと良い。

「君をレイプしようってわけじゃないんだよ、ちょっと車に乗って欲しいんだ。少しの間だけね」

少女はそれにも抗わず、黙って車に乗り込んだ。ああ、今日はついてるぞ!男は内心咆哮を上げる。そして、男が運転席に乗り込んだ瞬間、

「少しの間だけ、乗ってあげるわ」

男は何か全身を針に刺されたような衝撃を感じて、そのまま、失神した。

少女は高圧のスタンガンに、ふう、と息をかける。そして、男を見て、なんと好みだろうかと思った。四十半ばだろう、瘦せ型だがとても肌つやが良い。何よりこうして見ていても、頭蓋骨の形のなんと素晴らしいことか。ああ、今日はついてるわ!少女は心の中で歓喜する。男の持ち物を漁り、免許証を携帯で写真に撮った。免許証とはなんと便利なものだろう。生年月日から顔写真、名前、住所まで書いてあるなんて、神様からのプレゼントとしか考えられない。少女はそれから、男の頭を撫でまわすと、その額にキスをした。整髪料の香りがする。そして、何か、独特な体臭を持っていることに気が付いて、ぞくりとした、少女は飢えていた。それは今日が満月で、生理が終わって三日経ったからかもしれないし、男の体臭に興奮したからかもしれない。ナンパ待ちをするのもいいけれど、こうして人気のない道を歩いてみるのも良いものだ。ジャンクフードばかり食べて下品な言葉遣いをする若者とは違う。少女は男の携帯の指紋認証を解除すると、適当に中身を漁った。とりたてて変わったものはなかった。ロックのかかった、画像フォルダ一つを除いては。

「…見、」

「見たわ。」

少女は朦朧とした意識を取り戻そうとしている男にスタンガンを突きつける。

あは、あはははははははははははは!

「見たわ。あたし、見たわ。あは、あはははは!」

携帯を奪おうとする今の今まで気を失っていたよろけた男と、健康極まりない少女の攻防。少女は男にスタンガンを突きつけながら、唇を吊り上げて、言った。

「貴方の家に帰りましょう。まっすぐ、ずっとまっすぐよ。」

男はわけがわからないまま、車を出すように要求され、少女に従う。どうしてこんなことになってしまったのか。男は、痺れた頭で状況を整理しようとする。何故この少女は通報しなかったのか。笑っているのか。男が信号でブレーキを踏んだ時、少女は自分の携帯の画像を見せた。男は、目を見開いた。

「これでおあいこ。安心してくださいな、何も食べようってわけじゃないんだから。」

車はまっすぐ、大通りに抜け、まっすぐ、男の家へと向かう。少女を乗せた場所は何処だったのか、男にはもう、わからない。



「君は何が目的なんだ」

「あら、わかったかと思ってたのに。」

男の家の中へ入ると少女は、高いヒールをコツコツと鳴らして部屋を見回っていた。念のため、とされた手錠を見つめて、男は少女を目を細めて眺める。

「そうだ、お土産に、あたしがご馳走作ってあげる。キッチンはどこ?」

「…そっちだ。」

「素敵ね、あたしこの家気に入ったわ。おじさまお金持ちなのね」

「父の遺産がたんまりあってね。それと不動産を幾つか持ってる。お陰で僕はそれを食い潰すのに忙しいさ」

少女はそれを聞いて、満足そうに頷いた。

「椅子とソファがもう一対必要だわ。それからベッドもね。空き部屋があちらにあるでしょう、あたし今日からそこに住むわ」

「なんだって?」

「何か文句がおあり?誘拐、殺人未遂犯、それから…。あたし、今ここで警察に電話してもよくってよ。あなたの免許証も持っているもの。もう一度スタンガンで、」

男は手錠をされたまま、少女に体当たりをして馬乗りになった。少女の身体はとても軽く、小さな音を立てただけで床に転がる。男は口の中に唾液が溢れてくるのを感じた。手錠をされたままだって、この体格差、首を絞めることくらいはわけないことだ。このイカレた少女を殺してしまおう、男は少女の首に手をかける。柔らかな皮膚の下に少女の血の流れを感じて、男は目を剥いて口を吊り上げた。

「…馬鹿なひと。」

ぱちり、と男の脚に痺れが走る。

「どっちが速いかしら、あたしが電圧を上げるのと、あなたがあたしを絞め殺すの。」

「…僕は、君を殺して食べる」

ばちり、もう1度強めの電流が走って、男は少女の首から手を離した。その隙に少女は男の下から抜け出て、男を思い切り蹴飛ばした。ヒールの先が男の頬を掠め、男が呻く。

「お話は食事の時にしましょう。おじさまは、それまでにふかふかのベッドと立派な椅子、綺麗なソファを用意して。これはもう決まったことなの。あたしたちは運命の出会いをしたのよ」

少女はそう言うと、自分のバッグを持ち、キッチンへと向かった。冷蔵庫、冷凍庫、調味料の棚、調理器具、それらを調べて、楽しそうに目を細める。ああ、悪趣味。悪趣味この上ないわ。肉の塩漬けの瓶を持ち上げて、瞬きをした。

少女はバッグの中から「材料」を取り出すと、早速ご馳走の準備に取り掛かった。リビングでは、男が、手錠をされたまま、電話で家具を注文していた。



「さあ、召し上がれ。」

「君が作ったのか?」

「当たり前のことを言わないでくださいな。あたし、ずっとキッチンにいたでしように」

「この。これは。」

「おじさまは食べちゃうから知らないかもしれないけれど、バラバラ死体を捨てるのに1番大事なことは何だと思う?身元が分からないようにすることよ。身元の確認は顔…はいいの。歯の治療痕もね。入っているなら刺青に、それから、」

少女は皿を指差した。男は、ナイフで肉を切り取りながら、ああ、と洩らす。鮮度は悪いが、少女の味付けが良いのだろう。なかなか食べられなくはない。

「指紋、だね?」

「ええ。」

あたし小柄で力も無いでしょう、と少女は歌うように言う。

「結構大変なのよ、処分するの。」

そう言うと少女は、ちらりと鍋の様子を伺った。強火でことこと。下準備は念入りに。

「これは君が?」

「そう」

「君は食べないのかい」

「生憎食べる趣味はないわ」

べー、と少女は赤い舌を出す。自分はというと、棚にあったヴィンテージワインをグラスに注ぎ、それを飲んでいるのだった。

「あたしはね、恋するためにこうしてるのよ。要らないパーツを全部切り取ってね、あたしが愛せるカタチにするの。あたしは、首から下は、ぜーんぶ要らない。あたしにとって腕も脚も胴体も、醜い無駄なパーツでしかないわ。」

男は、キッチンの奥にある鍋の中身を想像した。やっと、少女の考えていることに理解が及ぶ。

「随分と極端なだね」

「カニバリズムとどちらが多いのかしら」

「さあ。しかし君の名前が分かったよ」

少女は不審そうな目を向ける。男は、ナイフとフォークを器用に使い、皿の上で手首のソテーの爪を剥がした。

「今度からは爪を剥がしてくれ。」

「名前って?どういうこと?」

男はフォークで刺した指を口に含み、歯の先で肉を骨から削り取る。コリ、という音がして、第二関節から下が皿へと落ちた。

「君は僕の名前を知っているが、僕は知らない。そして僕は君に、君に知られてしまった名前で呼ばれたいとは思わなくてね。」

「…じゃあ、どうするの?」

「君は、サロメだ。君が欲しいものを僕は君に与えよう。小柄な君に肉体労働なんてさせないよ。君はさしずめ、踊らずして愛するものを手に入れる、踊らないサロメ、というところだ。」

「サロメ、ね。」

少女は自嘲気味に笑って、グラスのワインをこくりと飲んだ。くるくるとワイングラスを回す。じゃあおじさまは、と、赤ワインで濡れた唇が紡いだ。

「おじさまは、アルバート。」

「アルバート・フィッシュ?」

「そう。あたしが踊らないサロメなら、おじさまは、自由に泳げない月夜の食人鬼、アルバート・フィッシュ。どうかしら」

「いいね、気に入ったよ。」

「あたしをここに住まわせてくださる?」

「それはもう決まったことなんだろう?明日には君のベッドが届くよ。皮のソファも、座り心地の良い椅子もね。」

「嬉しいわ、あたしのアルバートおじさま。あたしが料理を作ってあげる。ちゃあんと次からは爪も剥ぐわ。」

「どうもありがとう、僕のサロメ。君が『無駄』だと感じたものは、すべて僕が『処分』しよう。」

「あたしの安全もお願い出来るかしら」

「それは、君のベッドルームへ鍵をかけることで対処しようか」

「わかったわ」

「僕の安全はどう願えば良いのかな?」

「…途切れずに、あたしの欲しいものをくだされば。」

「承知したよ。」

少女と男は、指切りをした。

ゆびきりげんまん、うそついたら?

すーぷにしてたべる。

くびだけにしちゃう。

嘘を吐かなくたって、この約束は脆い。ほら、鍋の中で煮込まれている、ぐずぐずになった脳味噌みたいに。

ああ、今日はついている!男も、少女も、歓喜した。男は手首のソテーに舌包みを打ちながら。少女は鍋の中へ入れられた頭部を、ゆっくりと鍋から引きあげた。


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