志穂の想い
老若男女問わず惑わす美貌の彼と親しい友だちになるのにはそう時間はかからなかった。
彼が振られたと聞いて、志穂は告白をした。
チャンスだと、思ったのだ。
彼は来るもの拒まず、また去るものも追わない…噂に聞く恋焦がれる人はそんな人だった。
だが、それは所詮は噂だったのか、どうしてか志穂の告白は拒まれた。
『ごめん、俺、今誰ともそういう関係になりたくないんだ。だから、君とは付き合えないよ』
それが、理由だった。
彼が丁寧に理由まで言ってくれたことに、告白して断られ一気に沈んだ気持ちは少しだけ浮上した。
だけど、どうしてという想いは収まらずに震える唇から無意識にも零れてしまった。
『前の彼女さんのことが忘れ、られないんですか…?』
彼は先日彼女に振られていた。
皆女の子のほうから告白して、来るもの拒まずの彼は容認していたらしかったけれど、今回も周りが知る限りだが、彼とその彼女との恋人らしい姿は何一つとして見られなかった。
そして、その彼女も例にもれず彼を二週間を過ぎた頃くらいに振った。
志穂はその翌日に彼に想いを伝えて、見事に玉砕。
彼が来るもの拒まずという噂は嘘だったのだろうかと、去るもの追わずという噂は嘘だったのだろうかと、そのとき思った。
だけど、彼の痛そうな表情を見てしまったから、気づいたことがある。
彼はこれまでに何十人者女と付き合ってきていたが、本当に人を恋愛感情で好きになったことはないのだと。
だから、ほんの少しだけ志穂は彼のことを可哀そうに思ってしまった。
「志穂っ!」
自分を呼び止める美声に、廊下を歩いていた志穂は振り返った。
そして、自分に向かって駆け寄ってくる姿と同性さえも虜にさせてしまうその甘い笑顔を認めると、志穂は頬をほんのりと赤らめる。
彼は呼び止めたことで足を止めた志穂に追いつくと、更にその笑みを深くして笑んだ。
「志穂、なんかこうして顔見るの久しぶりだなぁ。元気だった?」
「……」
「…志穂?」
返事がないことを不思議に思った彼は聞こえていなかったかのかと軽く首をかしげ、再度繰り返せばやっと志穂は気づいたように声を上げた。
「…!ぇ、あ…なんだっけ?」
「ちゃんと聞いててよ。元気だった?」
「ぁ…う、うん!」
「ホントかよ…まぁ、いい。ところで放課後暇?良かったら、俺と奏たちでカラオケ行かない?」
「……行くっ!行きます」
「はは…元気良いね、志穂は。やっぱ、若いね」
「葵さんも、若いと思うけれど…。一つ年上なだけだし」
「……俺、心は年寄りくさいってよく言われるから。まァ、放課後志穂の教室行くね!忘れて、独り帰らないでね!!」
「わかりました!」
「よし、よろしい。じゃぁ、俺もう戻るから」
「うん」
彼はひらひらと手を振って、二年の教室に戻っていった。
時々彼はこんな風に唐突にやって来ては、遊びに誘ってくれる。
今も彼のことは好きだけれど、しばらくはこのままでいいかもしれない。
彼が自分のこの気持ちを憶えてくれているかどうかも判らないが、遠くから見ていた頃に比べれば距離はかなり縮まっただろう。
だから、とりあえず今はまだこの関係に浸っていたいのだ。
近くもなく遠くもない距離感。
それは恐らく彼が一番好きな距離感。
一番楽な立ち位置に在るのは彼を知らない人ばかり。
多分、自分もその位置関係におかれている。
だけれど、彼は自分から他人を誘うことはまずにないらしいのだ。
その点で行けば、遊びに誘われる自分は少しだけ、彼にとって特別に思われているのだろうか。
なら、嬉しいのに。
少しでも彼の特別だったのならば、どんなにいいだろう。
好きな人に特別に思われて、喜ばない人はいないはずだ。
彼に一番大切に思われている人はどんなに幸せなことだろう。
今一番彼の心の中を誰が、大きく占めているのか。
自分はいつかその枠に入れるだろうか。
ああ、どうか早くこちらを振り向いてください。
その甘い笑顔を一番近くで見つめていたいのです。
いかがでしたでしょうか?
ほんの少しだけシリアスを漂わせてみた志穂の視点話です。
志穂は以前より近く感じられる彼の存在に嬉しさを感じていますが、同時にこれ以上望んでは贅沢かなと考えるような臆病な子です。
それでも、真剣に彼を好きなので、どうすればいいのかと日々思い悩んでいるのです。
…青春ですね。
次は少し話に急展開を見せる予定なので、楽しみにしていてください!