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ヒカリの存在  作者: 水晶
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彼の弱音

 昼休みを、静かに過ごしたいと思った彼は、今朝親友に付き合って変えた髪型…いい加減やめてもいいものの親友に徹底的に付き合ってツインテールのまま図書室にひとりいた。


 本を座って読むためにある椅子の上には上履きを履いたままの足を、本を置いたりすためにある机の上に腰を下ろして、彼はこれまた分厚い本を悶々と読んでいた。


 パラ、パラ…。


 誰にはばかれることもなく読書に集中できる場所は、普段人の出入りが少ない所で彼を本の世界へいざない、存分に癒してくれる。


 だが、彼は表情一つ変えずにはたから見れば無感動な目で本のページを捲っていく。


 表面上そうであっても、彼の心には緑あふれる豊かな森と花が満開で、澄んだ小鳥の鳴き声が聴こえているようである。


 突然、図書室のドアが開いた。


 彼は一度顔を上げ、音のしたドアへ視線をやる。


 だが、やってきた人物を認めると、すぐさままた本へ視線を戻した。


 コツコツと足音が近づいてくる。


 気のせいとは思えないほどに、嬉しそうな気配が伝わってくる。


 彼はそれにあえて気づかないふりを装って、本の文章に意識を集中させた。


 だが…――。


 「あっおいちゃーん!!今日も大変お目見めみえ麗しく」


 むなしくも、意識も集中も本から離れさせられた…いとこの声によって。


 彼はパタンと、分厚い本を閉じた。


 いとこの明るい声により、集中力が切れて静かな空間だった図書室に他の存在が入り込んだことで彼の心に広がっていた緑と花が砂塵の如く霧散していき、小鳥の愛らしい鳴き声が何かのうなり声にすり替わった瞬間であった。


 そして、おもてを上げていとこを不快気に見ると、彼は一つ盛大に大きくため息を吐き出した。


 だるそうな彼の視線の先の人物は彼とは正反対に大いに元気だ。


 それがまたどちらかというと静かを好む彼をどっぷりと疲れさせる。


 「俺は結と面会などする立場にないし、大体なんだよ…その変な日本語は。それを言うなら、『見目みめ麗しい』だ…!」


 「あはっ。ばれちゃった?変な日本語とは思ったんだけど、しっくり来る言葉が浮かんでこなくってね…。さすが葵ちゃん!よくわかったねぇ、私の言いたかったこと。もしかしてナルシストだったりする?」


 「ばか。そんなことがあってたまるか。大体どこがいいのか俺には全くわからん。――で…なんの用だよ、結」


 「本当に自分のことを解ってないね。葵はもっと知っておくべきだよ…じゃないと、いつか取り返しのつかないことになるよ。私はそんな無防備な葵が心配で心配で…だけど、用がなければ私は葵に会いに来ちゃ駄目なの?」


 「…別に悪いとは言ってないだろ。つーか、なんだよ…その取り返しのつかないことって…――まぁ、いい。ただ、来たのだから、用があるのかと思って訊いただけだよ」


 「そう。ならいいや。もし、それでも訊いてくるなら、『葵の綺麗な顔を拝みに来た』って言おうかと思ったよ」


 明るく茶化す結は、彼が足を置いている隣の椅子に座ると、彼を見上げた。


 「うわー…本物の美人さんてホント、どこから見ても完璧に美人さんだよねェ!」


 彼はその言葉を受けて、閉じた本を片手に結を見下ろした…嫌そうな顔をして。


 「どいつもコイツも俺のことなんて、この顔しか見てないと思うときがあるんだよな、結。付き合った人は皆実際の俺を見ようとはせずに、『最低』の言葉を俺にぶつけてさ…。結、お前もそう思ってるのか?『綺麗』、『綺麗』言うけれど、お前も俺の顔しか見てはくれてないのかな?」


 不安オーラを身に纏い、尋ねられたその彼の端正な顔を陰らせる内容に結は不覚にもうろたえた。


 自分の何気ない本音の一言が、彼を傷つける要因になってしまうだなんて…。


 しかし、結はうろたえからすぐに我を取り戻し、首をぶんぶんと勢いよく横に振った。


 彼はそんな結を伏せ目がちのやや冷たい表情で見ている。


 これは、彼が他を拒絶するときの目だ。


 結は耳の奥で心音が速度を急激に上げ、どくどくとうるさく聞こえるほどに胸が冷えていくのを感じながら、ともすれば冷たい彼の目に息も絡めとられそうになりながらも意を決して口を開いた。


 早く、何か言わなければ…彼が自分との距離を開けていってしまう。


 きゅっと、震える手のひらを胸の辺りで拳に変えた。


 「私は…私はっ…――」


 彼は結をまだじっと、無言で見ている。


 「――…て、ごめんな。悪かったよ、急にこんなこと訊いちゃったりしてさ。わからないよな」


 彼は結がなかなか答えないのを肯定と取ったのか、その場の気まずい空気を一掃するような明るい笑顔をこぼした。


 彼にはそれが精一杯だった。


 だが、結の目は誤魔化しきれず、彼の精一杯の仮面はすぐさま剥がれ落ちていく。


 「……私は、葵の全部が好きよ。その綺麗な顔もあなたの一部なんだよ。確かに皆は葵の表しか見てないかもしれないけれど、私は葵の声も、葵を作っている全てが好き。見たいとは思わないけれど、言いたくないことがあったりするときの悲しそうな顔も私は知ってるわ」


 「結…」


 じっと真剣なまなざしで見つめられて自分が咄嗟に何を口走ったのかを、知って結は顔を真っ赤にするが、彼はそんな結をいつものように『子供だな』と笑ったりはしなかった。


 「ありがとう、結。俺、結の前だと他の人に訊けないようなことまで話しちゃうから、大変だよな」


 「う、ううんっ!!」


 「でも、結はどんなことでも真剣に聞いて答えてくれるから、俺はつい甘えちゃうんだよな」


 「――…いいよ、私にだけ甘えてくれれば」


 「うん…ありがとうな」


 そして、彼は結を真っ直ぐ見て仄かに微笑んだ。


 それをもろに見てしまった結といえば――…ご馳走様でしたと、満足げな表情を浮かべた。


 彼は、私の好きをどのように取ったのでしょうか?

 彼は静かな場所が大好きです。


 暇さえあれば大抵は図書室で読書に耽ります。


 小さい頃からずっと一緒にいて彼が心を許している結にだけは、たまに弱音…本音をぽろっと零しちゃうようです。


 だから、それをわかっている結は彼を独占したいという欲求に駆られます。


 支えてあげたいと思っている結は、ですが反面諦めているような節があります。


 さて、彼女がこれからどう動くのか、それまでご自由にご想像を馳せていて下さいませ。


 これからも楽しんで読んで頂けるよう精一杯頑張りますので、よろしくお願い致します。

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