具体的な彼
「あっおいくぅーん!」
「…なに、結」
「今日もきれいだなーって思って。ふふ…ほんと、羨ましいくらいきれいだよねぇ」
そう言って、腰に届くか届かないかというくらいの髪を二つに分けてさらに耳の後ろくらいで結った少女は笑う。
「…――。」
「あれ?どうしたの、気分悪いの?」
その顔を心配そうなそれに変えて、覗き込んでくる。
「悪くないよ、大丈夫」
軽く微笑して、本を棚の元の場所に戻す。ちなみにここは図書室である。
彼と結のふたりしかいないので、普段よりも更にしぃーんと静まり返っていて、それが彼には大変居心地がいいのであった。
「そう?ならいいんだけど。…あ。そういえば葵、振られてんだってね、また。どうしてこんなにいい人を皆ことごとく振っていくんだろ」
彼の知り合いは皆別れた恋人との事を訊いてくる。
今回も例外ではなかった。
彼は、横目で結をちらと見やる。
その声とその様子からしてどうやら本気で不思議に思っているらしいのが窺える。
「さぁね…。多分、俺のことを勝手に脳内妄想して好きになって、いざ付き合ってみたら自分の脳内妄想的イメージと違っていて最悪ってところなんじゃないかな…?」
「さぁね」といったくせにさらりとその理由をかなり具体的に答える彼に、結は瞬間的に唖然呆然としてしまう。
――その心境はというと…。
そこまで具体的かつまんざら間違ってもいないよーな答え方で「さぁね」はないんじゃないかな。
そして、そこまでどーして推測できてるのにそれを直そうとか思わないのかな。
ああ、まだ言いたいことはたくさんあるけれど、どこをどう――どこから言ってやればいいのか分からないのが口惜しい。
まぁ、とりあえずだ。結の心境は複雑にいりみざれていてなんとあらわしていいやらと。
とにかくとして今の状態を一言で表してしまえばである。
それは呆然絶句の領域であった(内心は絶句などと黙ってはいられずいまでも百万語が吹き荒れているのだが…)。
「――んで、本題は?そんなくだらないこと話に来たんじゃないんだろ、結」
彼は同じ棚からまた一冊なにやら難しそうで分厚い本を抜き取ると、視線を棚から本に移し、パラパラと目を通し始める。
その時の少し伏せ目がちの横顔を、桜色に染めた顔で結は見つめる。
「うん。葵、私のことどう思ってる?」
「んー、別にぃ…。普通だよ」
「普通って?嫌いか好きかで言ったら、どう?」
「どっちかっていわれたら、ねぇ…。そうだね…うん、まぁ、嫌いではないよ。嫌いかどうかの二択で訊かれたら、好きだよって答える。…そういう結は俺のこと、どう思ってんだよ?」
結にしてみれば訊いたからといってまさかにも彼に同じ事を訊かれるとは思ってもみなかったようで何の心構えも当然出来ておらず、どきりと体がはねてしまった。
「俺のこと、いい加減な奴だとか感情がない奴だとか女タラシとか格好付けとか…そーゆーこと、思ってない?」
どうしてこの人はまた、いちいちそんなに具体的なの!!
そこまで具体的に言える――挙げられるってことは前に何回か誰かにそんなこと言われた!?
こんなこと訊きづらいけど、一度訊いてみようかな?
「――なんでそんな風に思うの?」
すると彼は、ゆっくりと分厚い本から目線を上げ、結を見た。
その目は僅かながらにも見開かれており、ぽけっとした感じで自分を見ているから結は、彼が驚いているんだと気づいてしまった。
ついで、困ったように微笑んだのだ。
「どうして…って――」
やっぱり訊いちゃ…ダメだったかな。
彼はそれきり言葉に詰まってしまい、結は余計に一人動揺した。
「ご、ごめんねっ!私、葵が言いたくないならそれでいいから!!……から、だから気にしないで!」
本当に、気にしないで。
葵のこと、傷つけたくないの。
だから、そんな悲しそうな顔、お願いだからしないで。
私は知ってるけれど…
ねぇ 葵は、知ってる?
葵は気づいていないかもしれないけれど、
困ったり、言いたくないことがあったりすると。
葵はいつもそうして、今みたいに笑って、誤魔化そうとするんだよ。
「…――いや、別に気にするようなこと、お前に言われてないし。だから謝る必要なし。なんかわかんねーけど、お前のほうこそ気にするなよ?分かった?」
「う、うん。わかっ…た」
「よし!良い子だなぁ、結は」
クスクスとわらって彼は結の頭に手をのせ、くしゃくしゃと撫でた。
その表情にほっと安心して、その手の感触を嬉しく感じていたが、その数秒後…――。
いまさっき彼が言ったことに違和感を感じてぶすっとふくれあがった。
「私は子供じゃなーぁー一いっ!!!葵と同い年の女の子なんだからっ!」
「あれ、気づいた?」
「気づくよっ!葵の馬鹿ー!」
「………ほら、そーゆーとこが子供なんだってば」
彼がクスクスと呆れたようにつぶやいたのが結の耳に入って、更に結はふくれあがってしまた。
「もう、うるさい一!!黙ってて!」
「はいはい」
彼はいわれたとおりに言葉は発しなかったが、その代わりしばらくの間はクスクスといった小さな笑いはおさまりそうになかった。
彼と結は幼い頃からよく遊んでいて、弟はいたが妹のいなかった彼は同い年の結を妹同然に接していました。
ですが、結は…――これを読んでくれた方はもう察してくださっているかもしれませんね。
彼は結を妹という風にしか見ていませんが、結は彼に特別な感情を抱いています。
さてさて、この想いは果たして報われるのでしょうか?
気長にお付き合いくださると嬉しいです!!