弁当
「…うはー…天気いいなぁ」
屋上のドアを開け放って、彼は言った。
どうでもいいといえばどうでもいいのだがドアノブが錆びついている。
ざらざらとして気持ち悪い手触りだ。
腕を目の前でかざして空を眺める彼を横目に見ながら、奏も同じことを思う。
「外で食べるにはもってこいのいい天気だな。暖かいし」
日が当たってコンクリートを暖めてくれてるし、座るとホカホカに違いない。
彼が一番日の当たっているドアに近い場所がいいと言ったので二人はそこに腰を下ろすと、弁当を広げた。
「悪いな、奏。明日俺のパン一袋返す」
「いいよ、別に。俺どうせ弁当持ってくるし」
「じゃあ、お茶か何か…飲み物で返してやる。じゃないと気が治まらない」
「そっか。じゃあ有り難く頂いとく」
そんなやり取りをしながら割り箸を割る彼。
「…お前準備いいよなぁ…」
どっから持ってきたんだよ。
それを横目で捉えて奏は呆れた感じに呟く。
「鞄に常備してるんだよ。万が一の時に備えて」
「万が一ってお前…何があるんだよ…」
「こんなこと?」
「……弁当食うか」
「おう」
パカッと開けると、
「おぉ〜」
彼が声を上げる。
驚きと意外性の声だ。
「…母さんってばまた…」
一方の奏は呆れかえって額を押さえた。
奏の二段弁当の中身は一段目ぎっしりのウィンナー(たこさん)。
二段目――ぎっしりの卵焼き(砂糖の)。
別でタッパーにご飯(マジでただのご飯)。
「お前の弁当って相変わらず凄いのな…」
シンプルで実に面白い弁当だな。
俺、こんなの一度でいいから誰かに作ってもらいてぇ。
なんか自分では作りたくないけど。
とか思いながら、彼の箸は卵焼きへと伸びていく。
はしっ。
感触は言うまでもなくやわらかい。
彼は卵焼きを一つ箸でつかみあげるとそれを口へ運んだ。
パク…。
彼の親友にはそんな音が聞こえた気がしたそうだ。
もぐもぐ…。
「どうだ?美味いか?」
「ん〜…甘いな」
「……それは美味いということでいいんだな…?」
「ああ。今度は塩で頼む」
催促してる――!
明日も俺の弁当つつく気なのかっ!?
……別にいいけどよォ。
なんだかなぁ…腑に落ちないぞ。
明日絶対作ってくるけどな!
今度はウィンナーへと箸を伸ばして口の中に放り込む。
今度はむきゅもきゅうもきゅ…そんなかわいい音が聞こえたらしい彼の親友だ。
「あー…たこさん、ねぇ…――」
「たこがどうした?」
深刻げに目を細める彼に奏は首を傾げて尋ねる。
その数秒後、聞かなきゃよかったと痛感することになるとは微塵も思いはせずに――。
「いや、明日はカニのとか食ってみたいと思って。あ、バラでもいいぞ」
「は――?!」
確定したぁああーー!!
こいつ、明日も俺の弁当食べる気満々だって今確信したよっ。
確実につつく気だ。
おこぼれに預かる気だ。
しかもまたリクエストしやがった。
しかもカニの次に来たそれ、バラ…――なんで何気に難易度上げるんだよお前はぁ!!
ウィンナーでカニが食いたいって…王道のタコさんじゃなくてカニを望むのかお前はっ!
ってそんなことじゃなくて、カニは無理だよ。
俺には無理だって!
今日は特別に母さんが弁当作ってくれたけど、普段は俺が作ってんだぞ。
あの人、基本気まぐれだし…それに第一、母さんに作らせると面倒くさいって言うのも大いにあるんだろうけど、面白いからってウケ狙って俺の驚いたような呆れたようなそんな顔想像しながら一種類だけのおかずだけとか詰め込んだりするんだから…!
前に食パンだけをシンプルに手渡されたこともあったんだぞ!
別にタッパーも用意されててその中にはたっぷりのケチャップが入れられてたし!
なんでケチャップなんだよ?!
それをどうしろって言うんだよっ?!
パンに付けろってか?
ふざけるなっ。
せ め て ジャム に し て く れ 。
だから弁当はいつも自分で作るんだよ…。
現に今日も作ってもらったらこれだし。
どうせニヤニヤしながら思いつきで朝早くから起きて作ったんだろう。
これだから任せられない――!
そんなことを思ってるとだんだん眉間に皺も無意識のうちによってくる。
それを見ていた彼は自分がまずいことを言ったと思ったようで(実際言ったのだが)。
「む、無理ならいいんだ。…その、悪いことを言った…。ただバラの形したウィンナーを一度でもいいから食べてみたいと思ったんだ…」
カニじゃなくてバラかー!
カニはワンクッションだったのか!
本命はやっぱそっちか…バラ、なんだな…。
つーかやめろ。
その顔やめろ。
なんかやばいから。
俺が苦しむ予感がしてやばいから。
「そ、そんなに食いたいのかお前…?」
ああ…訊いちまった。
頬が引き攣りながらも訊いちまったよ。
悪い予感が確定しそうだぜ…。
「ああ。…食べたことなかったもんだから……」
グサァアア…――。
自分自身で的中させちまったぁああ……!
………馬鹿だな俺。
作れねーって思ってるのに、なんとしてでも明日作ってきてやるって思ってるよ。
でもね、だって仕方ないだろ。
あいつにあんな顔されて、あんな声であんなこと言われたら誰が逆らえるというのだろう。
誰が跳ね除けられると言うのだろう?
俺には無理だ!!
残念そうな声であんな台詞を言われて、あんなものすごくしょんぼりとした眼を、悲しそうな顔をされたらたとえどんなに難しい事だって何とかしてやりたくなるってもんだろう。
ということで俺は今日の帰りに大量のウィンナーを購入して家に着いたら早速バラ型ウィンナーの練習をしようと思います。
そして明日の昼の弁当につめたいと思います。
美味くできたバラ型ウィンナーを――!!
待ってろ、葵。
俺が必ず明日食わせてやるからなっ!!!
奏がそう決意し意気込み明日の昼に向けて燃えている間に、その原因となった隣の彼はそんな親友の優しさも露知らずにもしゃもしゃと音を立てながら黙々と、淡々と箸を動かし、口を動かしていた。
――だが。
「…あ…――」
ある時、快調に動かされていた箸がぴしっと音を立てて止まった。
しまった。
ご飯以外全部食っちまったよ、おかず――。
彼は動揺から目を泳がせ、おろおろと珍しくしているとふと一つの入れ物に視線が止まった。
奏の母親が別タッパーに用意したただの白いご飯だ。
そうだ。
そうだった。
余りにも面白すぎる弁当の中身にばかり目がいっていたがご飯があったんだった。
おむすびでもなければ塩で味付けもされず、梅干さえ乗せられていない…ただのご飯が残っているではないか。
「………」
彼はしばしそれを見つめた後、ゆっくりと高く青い空を仰いだ。
まぁタッパー丸々ご飯詰められたの残ってるし、いっか。
にしても今日はいい天気だよなぁ…本当に。
おかずがなくなってることに気付き、さすがの奏も怒るのはあと数秒後の話…。
…少女達の誤解まで話が進んでませんね。
次こそ必ず何故あんなことになったのかを書いてみせます!
だから…見捨てないでください…!!←(痛切実)