告白
屋上でそれは突然起こった。
誰もが予想だにしない展開。
それは少女達の勝手な誤解から始まった。
彼と奏が思いもしない、ありもしない誤解。
二人にとっては迷惑極まりない最悪なものだった。
弁解しようにも話を聞いてくれないせいで事はさらに大きく膨らんでしまった。
だけど、一番の迷惑を被ったのは彼ではなく、彼に思いを寄せる少女たちでもなく、何故か彼の親友ただひとりだった。
「葵くん、好きです!」
まず初めに屋上にいた彼と奏を見て誤解に目を回した志穂が、
「…なんと答えれば?」
彼を困らせて、
「この木田瑠花の恋人にもう一度なってください!」
二番目にこちらも誤解している瑠花が彼を焦らせて、
「…どうすればいい?奏、助けて…」
「…無理」
「私と付き合ってください!一生幸せにします!」
最後に上二人と同じく彼と奏を誤解した結が見目麗しい彼を顔面蒼白にした。
「それプロポーズだよぉ…告白通り越してるよ、結」
彼は額を押さえて俯いた。
これは何か夢でも見ているのだろうか。
むしろ夢であって欲しいと思う自分がどこかにいる。
夢でないならドッキリでもいい。
そんな乙女の本気を踏みにじるような失礼なことを思っていると、
「私は本気だよ」
その混乱を見透かしたように結が強く静かな面持ちで言った。
それが現実でこの子達が本気であると言うことを如実に物語っていて、
「……」
返答に詰まった。
「誤魔化しは効かないって事だな。逃げ道はたたれた!さぁ、どうするっっ?」
彼のことが好きな少女たち…この際はっきりさせてしまえ。
ちょうどいいとばかりに奏がにやりと笑って、彼を急き立てる。
が。
「ふふふ…ははは…――逃げ道ならそこにある!奏、俺はお前が告白してくれて嬉しかったぞー、好きだっ!」
彼は不気味に笑い出すと隣に座っていた奏を抱き寄せた。
「!?」
「な…!?やけくそになって俺巻き込むんじゃねー!」
誤解を上手く利用しやがって!
ズル賢い奴だ。
奏の悪態も無視して、頬ずりをしてくる。
傍から見ていて違和感がないのがまた悲しいところだろう。
それほどまでにして彼はこの状況から本気で逃れたがっていた。
その気持ちはわからなくもないが、はっきりできないからといって…親友を巻き込まないで欲しい。
「照れるな、俺はお前の気持ちが一番嬉しかった。幸せになろうな」
「…だ、だめだよ葵!奏くん、将来有望じゃなさそうじゃん!苦労するよ、幸せなんて縁遠いよ!!」
「えっ!そこなの?!結ちゃん、突っ込むとこそこなのっ!?もっとほかにあるんじゃない!?つーか何気にひでぇッ!!」
「たとえ貧乏であったとしてもそこにコイツがいれば俺は幸せになれる…二人の間に愛さえあれば幸せだッ!」
「ギャー誰かこの人、止めてー!ヤバイ、どうかしてる!誰か…ヘルプミー!」
「大丈夫だ、俺がついてる」
「そんなお前で俺は困ってるんだ、たった今!」
「苦しみを乗り越えればきっと幸せが待ってる」
「ちょ…真顔でそんなこと言うな!気持ち悪い!!」
「もー…ホント葵、真面目に答えてよ…」
「そうよ!そこのオカマと私かはっきりしなさいよ!」
「な…ッ!?俺は女顔なだけであってオカマじゃねーぞ!葵に振られた元カノ!!つーか、お前はもう終わったんだ。論外なんだよ!」
「自分に利があるからって調子乗ってんじゃないわよ、オカマ!」
「木田。こいつは俺のためにオカマやってくれてるんだ。貶さないでくれ」
「お前が一番貶してんだよ、馬鹿っ!誰がテメーのために…」
「葵…やだ。私のこと瑠花って呼んでくれないとやめてなんかあげないわッ!」
「解った…瑠花。これでいいだろ」
「でも、諦めないわ。認めないわよ」
「私もよ、葵。そんな奏くんとそういう関係だったなんて…絶対認めないんだからー!奏くんは将来オカマバーで働くなんて売れそうじゃないのー!」
「誰も働くなんて言ってねーぞぉぉおおぉっ!お前らホント何聞いてたんだ?俺の声は聞こえてないのかよ!?」
時を約二十分程さかのぼったそれは四時限目終了の時…――。
四時限目終了のチャイムとほぼ同時に結は教室を出て購買へ走った。
だけど、お目当てのものは珍しくも売り切れていて諦めきれずに肩を落としながら廊下を歩いていると、ぴん!とある人を思い出して、結はいとこのいる教室へと行き先を変えた。
そして、その足で瑠花の教室へ向かった。
結がたどり着く頃にはその教室には瑠花を含めた十人しか残っていなかった。
教室で静かに弁当派の人たち?
…瑠花もかな?
結はそう思いながらも目的の人を発見すると迷わずその人のもとへと直行した。
駆け寄ってくる結を見つけた瑠花の頬がヒクりと引き攣った。
それを認めた結だったが、だが、そんなもの気にせずに瑠花の腕を引っ張りながら言った。
「ねぇ、るーかっ!お昼ご飯、食べに行こ♪」
その内容に更に瑠花の頬が引き攣る。
眉間に僅かな皺がよる。
だが、やはりそれを知ってながらも結は気にしなかった。
「うるさいわね!なんであんたと私が一緒に仲良くご飯食べなきゃなんないのよ、ばか!」
「…とか何とか言いながらも誰も居ないんでしょ、お昼一緒する人」
あながち間違っていないところを突かれて瑠花は言葉に詰まった。
結はニコニコと愛らしい笑顔で瑠花を見上げている。
その無邪気な笑顔が居たたまれなくて瑠花はふいっと視線をそらすと素っ気なく返した。
たとえ言われたことが本当のことであったとしても肯定したくないがゆえに、
「……黙りなさいよ」
さしあたりのない一言をあえて選んだ。
だけど、それは瑠花の性格を考えれば、知っていれば肯定だとすぐに判るもので。
「図星だねー。じゃ、いいよね?」
結は瑠花の肯定を先程の一言で察すると、いたずらっ子のような笑みを口元に嬉しそうに浮かべた。
「………行けばいいんでしょ」
「やった!」
「物好きね、あんたも」
「あはははー…そんなことないけどなぁ」
「てゆーか私誘うんなら葵、連れて来なさいよね」
「あははは…ごめん。それは無理」
『同じ人好きなのに、わざわざその好きな人を交えてライバルと三人のご飯は嫌なんだぁ。うっかり距離縮まったりでもしたら困るもんね』
「ホント自分に正直ねー、結」
「うーん…最近になってからだよ」
「…そうなんだ?」
「うん。瑠花が葵ともう一回付き合い始めてからくらいだよ」
「もうその話題出さないでよ、ばか。あんたそのことに関してはなんか黒い発言するから怖いわ」
「私は純粋だからね。葵が傷付けられたら仕返しするタイプ?…なーんちゃって」
『ここに来る前にその人の好物、奪ってきたけど。傷付けたかなぁ…?でも、購買行ったら売れ切れてたし仕方ないよね。私の好きなパン、持ってた葵が悪い。』
「洒落になんないわよ、あんたは」
「えへへ」
「言っとくけど褒めてないから」
「解ってますー」
他愛のない話をしながら、二人は屋上へ向かった。
「奏…」
「なんだなんだ、なんだー?どうしたよ、そんな暗い顔して」
どこかに行っていた奏が教室に戻ってきて、暗い雰囲気を漂わせて机に沈んでいた彼とは裏腹な明るい顔で声をかけた。
親友の声に反応してのろりと顔を上げた彼はどんよりとしていて、どこか憔悴しているふうだった。
それほどまでに深刻なことか?
一体自分が居ない短時間の間に何があったんだ?と複雑な事態に眉根を寄せる。
だが、奏の心配は彼のこの暗さと見合わない台詞によって裏切られた。
というか呆れて吹っ飛んだ。
「俺のパンが…俺のメロンパンが結に取られた」
「……」
「仕様もないって顔すんな。俺には超重大なことなんだ」
つい本音が顔に出ていたか。
きりっと顔を引き締めた奏はアドバイスを口にする。
それはとても、もっともらしい意見だった。
「購買に買いに行けばいいんじゃね?」
「それがなかったんだよ。売り切れ」
「そんなに人気あったけ、メロンパンって」
「ぼちぼちだよ。今日に限って売り切れで、だから結も取りに来たんだよ、俺のを。あらかじめ用意していた俺のメロンパンを…自分が行って売り切れてたからって奪いにさっき来たんだよ」
「素直に渡したのか……ってそんな優しい子じゃないもんな、お前は。何を条件にしたんだ」
「王道でじゃんけん」
「……お前ってさ強かった?それ」
「俺が弱かったんじゃなくてあいつが強かったんだ。じゃんけんの名人だぞ、あいつ」
無駄な屁理屈をこねる彼に奏は呆れかえった。
ここまで他人のことで呆れられるなんていっそもう見事だと思う。
感嘆を超えて賞賛を送りたいよ、葵。
だが、そんな内心とは正反対なことを口は勝手に紡いでいた。
「そんな子に勝負を挑んだお前が馬鹿だったんだよ、馬鹿が」
毒舌。
目を眇めさせて腰に手を当てると、馬鹿を強調して口を大きく開いてゆっくりと言う。
「馬鹿って言うなー!!忘れてたんだよ!メロンパン守るのに必死で忘れてたんだよ」
むっと頬を膨らませていた彼がカチンと来たようで椅子をも押し倒すような勢いで立ち上がり反論を叫ぶ。
教室に残っていたクラスメイトが非難がましい目を向けるにもかかわらず、興奮気味の二人にはその視線に全く気づく気配がない。
かまわずに低レベルな会話を繰り出していく。
「お前はホント馬鹿だなー!!馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
「馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよー」
「「「「「そんなことで言い争うなんて二人とも馬鹿なんだよ」」」」」
とうとう聞くに堪えない馬鹿な二人の言い争いに堪忍袋の緒を切らせたクラスメイト一同が一斉に突っ込んだ。
「……はい」
「……反省します」
上から彼、奏であるが、自分達の低レベルな会話を自覚すると恥ずかしさで小さくなった。
「あー…とりあえず昼飯にしようぜ」
「……俺メロンパン以外食いたくない。食堂はきっと人多いし、行きたくない。購買のものは……金がないから無理だ」
「お前ってホント…色々難しいのな。ほら…俺の弁当分けてやるから屋上行こうぜ。あそこならきっと人は居ないだろうし、もし居たとしても少ないだろ」
「悪いけど、そうさせてもらう。ありがと」
「おう!そうしてくれ」
こうして二人は非難がましい視線を振り払いながら屋上へ行くことになった。
言い方を変えれば居たたまれなくなって屋上へ逃げたともとれる。
「ん〜…お昼は屋上で食べようかな」
そしてこちらの一年生も四時限目終了のチャイムとともに教室を出て屋上へと足を進めていた。
お弁当が入った布袋を大事そうに抱えてツインテールの髪をゆらゆらと歩くたびに翻しながら、鼻歌交じりに屋上へ向かう。
もちろん、屋上に行くのは自分ひとりくらいだろうと見当をつけて。
そして、色々な人たちと…それぞれ彼と関係のある人たちと鉢合わせた。
大分更新が遅くなってしまいました。
急展開…カナ。
一応書いておきますが、奏と彼はそういう関係じゃないです。
屋上に来たときにひろがっていた光景で彼女達が勝手に誤解してしまったのですがそれは次回にします。
次も頑張ります。