彼を巡る人の想い
「じゃあねー、葵!――ん?……あ。」
「うっ…!」
二人の少女の声が絶妙なタイミングで重なった。
前者は彼の家からたった今出てきた少女の物で、後者は彼の家の前にたたずんでいた少女の物である。
彼の家からでてきた少女――結は驚いた顔を隠しもせずに、不思議そうな視線を目の前で嫌そうな顔をする少女に向けた。
「木田瑠花さん、何してるんですか?こんな所で」
「いつまで経っても、フルネームで呼ばないでよ!」
瑠花はキッと、結を睨むが、結はそれを軽く受け流して「じゃあ」と、首をかしげた。
「なんて呼べばいいんですか?例えばえっと…元カノさん、とか?」
あくまで純粋な想いから言ってしまった無神経な単語に、コイツは嫌味言ってんのかと、美人を台無しにするようなキツイ顔で瑠花は結にガンを飛ばす。
「私に喧嘩売ってるわけ?私がみんなの前で葵に振られたからって、調子に乗ってるの?」
「いや…別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけどな…」
「言っとくけど、私まだ葵のこと諦めてないから!」
「……」
ばばーん!と、高らかに胸を張って結に詰め寄ってきた瑠花を、結は呆れた様子でじっと見つめる。
その内心は、この人も諦めが悪いなー、である。
物言いたげな結の視線に瑠花はまたとげとげとした態度で返す。
「…なんなのよ、その目は。何か言いたいことはあるなら言いなさいよ」
……そう言われましても…と、結は更に目を眇めさせた。
今この人に本音を言ったりでもしたら、かえって逆なでしそうなので胸中にとどめておこう。
その代わりとでも言うように、結は話をある程度元に戻した。
「で、なんて呼べばいいんですか」
「…なんとでも自由に呼びなさいよ」
「じゃあ、葵にみんなの前で振られた元カノさん」
「〜ッ!!あんたって子は…ッ!!」
「だって、好きに呼んで良いって言ったじゃないですか。別に本当のことなんだし、学校中の人が知ってるから不思議がらないですよ、この呼び方。いっそ一気に誰とでも親しみやすくなると思います。いわゆる愛称ですね!」
結は笑顔で、あくまでも黒さなど感じさせない完璧なまでの満面の笑顔で、ぴいぴきと青筋を額に浮かばせる瑠花に気づかぬ様子でそうのたまった。
「そんな屈辱的なものを愛称にされてたまるかっ!!…いい?私のことは今から瑠花と呼びなさい!」
「それならそうと初めからそう言ってくれれば良かったんですよ、瑠花」
「敬語で呼び捨てってゆーのはおかしいわね、少し。タメ口で良いわ」
「そう?じゃあ、私のことは結って呼んでね、瑠花」
結はにこりと、効果音が聞こえそうなくらい破顔した。
「ふーん。やっぱそうだったんだぁ…瑠花から告白したんだねぇ」
「そうなのよ。噂に聞く通り即OKしてくれて、それで付き合いだしたのよねー」
「で、瑠花から振ったのはなんで?お付き合いしたかったんだよね?」
結が目元を若干厳しくさせて、出されたお茶に口をつける瑠花に訊ねる。
因みにここは結の部屋である。
彼の家から徒歩五分程度にあって、そのことを瑠花は前々からひどく羨ましがっていたようだが、今回来るのははじめてである。
一旦湯飲みをテーブルの上に戻してから、瑠花はその問いにやや口元をぴくぴくさせつつも、真剣な眼差しで聞く態勢に入っている結に答えた。
「付き合えればその他のことは何でも良いわけじゃないでしょー。葵ったら全然私のことみてくれなくてさー、正直きつかったわけ。あんまり笑ってくれないし、一緒に居てもつまらなさそうだったし。それって付き合ってるっていえるのかなーって。で、とうとう私、キレちゃって葵に暴言三昧。はい、お別れーって捨て台詞とともにこっちから振ったのよ…」
はぁと、憂鬱そうに瑠花はため息を吐く。
「あー、それ言ったのってやっぱ瑠花だったのかー」
「え?」
「その捨て台詞ねー、葵すっごく気にしてたよ。こう、なんかぐさっとね、深々と胸に刺さっちゃったみたいでしばらくしょげてた。可笑しいよね、振られたことよりも捨て台詞にへこむなんてさ。まぁ、葵らしいといえばそうだけど」
結はからからと明るく笑ったが、瑠花はがびーん!と、項垂れた。
「そこなのよ…そこ。私と別れたことよりもそれに傷付いてたってのがまた悲しいわ…まぁ、葵らしいといえばそうかもだけど。てゆーか、そんなにグサッといっちゃってたのか…」
「あはははは」
「ふふふふふ…って、なんで私とあなたがこんな話してんのよ!!てか、私何うっかり家に上がり込んじゃってるの!?」
「家近いしせっかくだからお茶でもどうぞって、誘ったら瑠花が付いてきたんだよ」
「解ってるわよ!」
「ふははは…瑠花ってば意外と面白いキャラしてたんだね。葵には劣るけど」
「当たり前でしょう!」
瑠花はそう言うなり立ち上がり、お邪魔しましたと、どたどたと階段を駆け下り結の家を出て行った。
部屋に残された結が唖然呆然とその背を見送って、姿が見えなくなって出て行った音を耳が拾ったときには笑いがクスクスと静かに零れていた。
「――なんだ…瑠花ってほんと、案外親しみやすい性格してるじゃないの。好かった、葵が瑠花に本気にならなくて、ホント好かった…」
まだ安心は出来ないけれど。
もし葵があんな子に本気になってたら、危なかったかもしれない。
一度葵と別れた瑠花がもう一度近づいてくれなきゃ、焦らせてくれなきゃ、何も出来ないで今までどおり見てるだけだった。
だけど、もう、黙ってなんかいない。
瑠花が葵を好きなままなら、尚更黙って傍観なんてしていられない。
そんなことしてたら、また誰かに奪われてしまうから、それはもういやだから、だから――…。
「てゆーか、瑠花は葵の家の前で何してたんだろ…?」
一つ謎がお土産として結の中に残された。
瑠花が少し可笑しくなってしまいました。
そして、なんか結と親しくなりました。
…そろそろ詰めて、新しい展開を見せたいです…。
次も頑張りますのでよろしくお願いします。