ユーリ
「ゴドフロワの竜韻魔法は街一つを簡単に吹っ飛ばす火力を持ってる。きみみたいなかわい――華奢な女の子が戦列に加わったところで、意味があるとは思えない。悪いことは言わないから、一緒に元の世界に帰せてもらおう」
きみが後ろめたさを感じる必要なんかない。
そんな思いを込めて伝えたつもりだ。
だが、それを聞いたユーリの表情はますます曇ってしまった。
「帰れない、です……」
「え?」
「召喚魔法は契約期限となる条件とセットで、達成されるまで縛られ続けるそうなんです」
そういえば確かにそんな設定を作った憶えがある。
条件を受け入れて召喚契約に応じたら最後、条件が達成されるまでは決して契約から逃れられないのだ。
ある村の長老が、若いころに『うちの娘が嫁ぐまで』という条件で風の精霊を召喚し、百歳の老人になっても使役し続けてるというエピソードがあった。
もちろん長老には息子しかいなくて、精霊はうっかり騙されてしまったというわけだ。
しかしいくら召喚魔法の設定があるとは言っても、異世界から戦士を召喚できるような強力な魔道士なんて書いた記憶がない。
ひょっとするとここは竜征のアルトゥールの世界に限りなく近いけれど、俺のコントロールから離れてしまった別世界なのだろうか?
「契約の条件は『戦争が終結するまで』になっていると言われて……。わたし、気がついたらここにいたので、条件を受け入れた憶えなんてぜんぜん無くて……」
ユーリは泣き出しそうになりながら、不安そうに身をすくめる。
つまりユーリが戦列に加わるかどうかに関係なく、戦争が終結するまで帰ることはできないということだ。
ふざけやがって。
問答無用で勝手に呼び出して、挙句に勝ち目の無い戦争に参加しろなんて、納得できるはずがない。
何よりどうせ召喚するなら、俺みたいな一般市民やユーリみたいな女の子じゃなく、もっと戦える人材を呼べばいいんだ。
「それなら俺ときみはここを離れて、戦争が終わるまで隠れていよう。無理ゲーに付き合う義理なんか無い」
「で、でもこの国はこのままでは勝てないって……」
「別に勝つ必要なんか無いんだよ。勝とうが負けようが、戦争が終結すれば条件達成――違うかい?」
「あっ……」
ユーリは「その発想はなかった」って顔で驚いている。
純真な子だなあ……俺なんか真っ先に「じゃあ逃げればいいか」って考えたのに。
「でっでも、本当に良いんでしょうか? 他の二人は戦ってるのに……」
「放っとけばいいんだよ。戦える人、戦いたい人、戦う理由がある人……そういう人が戦うのは自由だから。でも俺ときみはそうじゃない。――違う?」
「それは……」
ユーリは俯いて、黙ってしまった。
後ろめたさ、申し訳無さ、そんな空気がユーリの全身から伝わってくる。
俺は筋の通ったことを言ったはずだし、口調だって臆病なユーリを怖がらせないようになるべく紳士的にしたつもりだ。
一体ユーリはこの期に及んでどこに引っかかっているのか、さっぱりわからない。
「――ないんです」
「ん、何か言った?」
「……戦えないわけじゃないんです。わたし、戦いたくもないし、戦う理由も無いけど……戦う力はあります」
ユーリは絞りだすようにそう言うと、首元のリボンを緩めてブラウスのボタンを外し始めた。
「ちょっ、急に何を!」
「見てください。これ、わかりますか?」
「え……? そんな――まさかこれって!」
めくられたブラウスから、豊かな白い乳房と、それを大事に抱えるように覆うレース地の下着が覗く。
予想外の、そしてあまりに免疫の無い展開に、まるで全身の血の温度が上昇するような感覚。
だがすぐに、それを上回る衝撃が俺を襲った。
左乳房と鎖骨のちょうど中間辺り。
そこに、五百円玉くらいの大きさの、刺青と思われる刻印があった。
正円の枠の中で、三つの楕円が交差し合っている図案。
重なった楕円で囲われた中心部は、ちょうど六芒星の形になっている。
楕円にはそれぞれ一つずつの小さな球がついていて、それとは別に六芒星の中心にも一際大きな球。
それは劇中では「ラザフォードの原子モデルにもよく似た」なんて形容されている。
そう、俺はこの図案をよく知っている。
その右下に刻まれた「7」のアラビア数字の意味も。
「あ、あの……あんまり見ないで……くださいっ……!」
ユーリが振り絞るような声でそう言ったけれど、俺の頭のなかは今、それどころじゃなかった。
「科学と魔術の融合を表す、ソフィア機関の刻印――。魔導科学によって超人的な能力を得た生体兵器の証だ。そしてその七番目のロットナンバーを持つのは、戦車砲すら生身で受け止める、ソフィア機関の最強の盾――」
信じられない。
そんな気持ちが込み上げてくるのを感じながら、さっき読んだばかりのアルカイックハーツの設定を呟く。
ユーリはそれを聞きながら、黙って頷いた。
そんなバカな。
でも、だって……コスプレなら、わざわざこうやって服の下まで忠実に再現する必要なんて無いじゃないか。
それにこれまでのこの子の態度は、あまりにキャラにハマり過ぎていた。
だからつまり、信じられないけど、そういうことなんだ。
「きみは、本物の百地ユーリ――なのか」
俺の言葉に、ユーリはもう一度こくんと頷いた。
次回は10/16 19時更新予定




