元世界にかえろう
「えっと……この世界も今、あらゆる国々を巻き込んだ戦争の真っ最中らしいんです」
俺が無遠慮に全身を眺め回してしまったせいで、ユーリは一層もじもじしながら説明を始めた。
――ん? この世界『も』ってどういう意味だ?
まるで元の世界も大規模な戦争中であるかのような口ぶりに、多少の引っ掛かりを覚える。
だがそれを問い質す前に、ユーリが続けた言葉が俺を更に驚愕させる。
「この国が戦っている相手は、観世神君と呼ばれる人で……」
「観世神君? まさか――観世神君ゴドフロワ!?」
「は、はい。確かそういう名前だと聞きました。……ご存じだったんですか?」
目の前にいるユーリの声が遠ざかっていく。
いや違う、遠ざかったのは俺の意識だ。
ショックのあまり、危うく気を失いそうになってしまったらしい。
なにしろ観世神君ゴドフロワは、八大神と呼ばれる世界最強の一角なのだ。
数百年を生きて世界に現存するあらゆる武術・魔術・軍略に精通し、さらには失われたはずの先史魔法や竜韻魔法までも操る。
その戦闘力は一国家の全軍にさえも匹敵すると恐れられれ、百の歌と千の物語に名を刻まれる、まさに生ける伝説だ。
その名を知らぬ者など、世界中を探してもいるはずがない。
――ただしそれは、竜征のアルトゥールの世界での話だ。
「あの……?」
「――ごめん。続けて」
「は、はい。ええと……どんな戦い方もゴドフロワには全て先読みされて全く通用せず、今この国は酷く劣勢だとか。それで、ゴドフロワも知らない戦い方ができる者――異世界の戦士を召喚することになったそうなんです」
ユーリの説明には、揺るぎない説得力があった。
いや、そう思うのは俺が竜征のアルトゥールの作者だからなんだけど。
今までに書き終えている百万文字の中では、ゴドフロワは倒すことが不可能なチートキャラという立ち位置になっている。
いずれ主人公アルトがゴドフロワに力を認めさせて味方にする展開を考えているが、俺自身どうやってアルトに一本取らせるか全く思い浮かばないくらいだ。
そんなゴドフロワを倒そうと思ったら、確かに異世界の戦士を召喚するくらいは必要だろう。
――ただし重ね重ねになるが、それは竜征のアルトゥールの世界での話だ。
一体どうなってるんだ?
俺はユーリにからかわれているんだろうか?
ユーリは竜征のアルトゥールを相当読み込んで、設定を理解した上で芝居をしてるってことか?
まあ、そんなわけないよな。
ブックマーク五件だし。
もうわかってる。
いい加減認めなきゃダメだ。
どうやらここは竜征のアルトゥールの世界。
そして本当にデュランダル城だというならば、八大神の一人・月華騎神アストルフォの治める西方諸国連合の一角だ。
信じられないことに、俺は自作小説の世界に迷い込んでしまったらしい。
ただ、全部が全部俺の書いた通りでは無い。
俺が今までに書いたストーリーの中では、ゴドフロワとアストルフォは盟友関係にあり、戦いなど起きるはずがない。
それに、そもそもゴドフロワは厭世家で、大陸中を巻き込む戦乱に対して傍観者としての立場を貫いていたはずだ。
一体どうなっているんだ――さっきまでとは意味が変わってしまったその問いを、俺は心中で繰り返した。
「わたしが召喚された時は、すぐに神官さんが来て色々説明してくださったんです。召喚されるのは全部で三人で、わたしがその三人目――そう言ってました」
「じゃあ、俺たちみたいに異世界から来た人間があと二人いるってことか。……その二人は今、どこに?」
「二人とも協力を快諾して、わたしが召喚された時点で既に戦列に加わっていたみたいです。わたしはどうするか決められなくて、一日考える時間をいただいて……」
後ろめたそうにそう言ったユーリは、原作の引っ込み思案なユーリにますますそっくりに見えた。
コスプレのためのキャラ作りでここまでやってるとしたら大したものだ。
まあ、いきなり見たこともない世界に放り込まれて戦争に参加しろなんて言われたら、こういう反応が普通なんだろうな。
協力を快諾したっていう残りの二人はどういう連中なのか知らないけど、きっとマトモな神経じゃないだろう。
もしくは腕っぷしに自信のある、自衛官とか格闘家かもしれない。
いずれにせよ、ユーリが迷ってるなら、言うべきことは一つだ。
「……きみはやめておいたほうがいいよ」
社会の底辺の俺にだって、忠告をする良心くらい残っている。
「ゴドフロワの竜韻魔法は街一つを簡単に吹っ飛ばす火力を持ってる。きみみたいなかわい――華奢な女の子が戦列に加わったところで、意味があるとは思えない。悪いことは言わないから、一緒に元の世界に帰せてもらおう」
きみが後ろめたさを感じる必要なんかない。
そんな思いを込めて伝えたつもりだ。
だが、それを聞いたユーリの表情はますます曇ってしまった。
次回は10/16 7時更新予定




