状況をきこう
「す、すみません。驚かせてしまいましたか……?」
振り向けば、そこには困ったような上目遣いで俺の方を見つめる、一人の女の子の姿があった。
「――は、はぁ!?」
「あっ、すみません……怒ってらっしゃいます……よね? 本当に悪気は無かったんです……」
声を荒げてしまったせいで、少女はビクビクと身をすくませて必死に頭を下げてきた。
勘違いさせてしまったようで申し訳ない。
俺が思わず大声を出したのは、怒ったからなんかじゃない。
その少女の姿に驚いたのだ。
腰まで伸びた真っ赤な髪。
顔の半分近くを覆う大きな丸い眼鏡と、そこから覗く整った顔立ち。
少し太めの、髪と同じ色の眉毛。
華奢な体を覆う紺色のブレザー。
それから――第一話の巻頭カラーで描かれた、服の上からでもはっきりわかる大きな胸。
それはまるで、ついさっき手に取ったばかりのマンガ『アルカイックハーツ』に登場する少女。
作中で一番のお気に入りキャラである、百地ユーリの姿そのものだった。
「ごめん、怒ってるわけじゃなくて! その、それって……百地ユーリのコスプレ?」
「コスプレ……? いえ、これはわたしの通っている学園の制服です……。って、あれ、どうしてわたしの名前をご存知なんですか……?」
少女はまだ少しビクビクしながら答えた。
そんなバカな。
だってそれじゃあ、この子は百地ユーリそのものだって言うのか?
まさか、ありえない。
ユーリはマンガのキャラクターだぞ?
この子は確かにユーリそっくりな格好をしてるけど、目鼻立ちはどう見ても現実の人間だ。
当たり前だけど、アルカイックハーツの萌え路線寄りの絵柄とはぜんぜん違う。
――まあ、凄く可愛いってとこは共通してるけど。
ああ、それと声だ。
声が違う。
アルカイックハーツは一巻が出たばかりだから、アニメどころかドラマCDだって出てないけどさ。
俺の脳内では、ユーリの声は声優の茅見紗由理で再生してたんだ。
それなのにこの子はまるで藤上藍の声そっくりで――ああ、でも凄く合ってるな。
くそ、ユーリにCV藤上って発想は無かったけど、素晴らしいキャスティングじゃないか……!
「あ、あの……」
「うわぁっ!?」
気がつけば至近距離に少女の顔があった。
互いの吐息がかかるほどの位置で、可愛らしい困り顔が不安そうに目をぱちくりさせている。
「どど、どうした……のかな!?」
おもわず声が上ずってしまう。
こんな至近距離で女の子と話すなんて、一体いつぶりだろう。
声色どころか、どんな言葉遣いをすればいいのかもわからない。
「その、あなたも突然ここに転移して来たんですよね?」
「え? ああ、そうだけど――あなたもってことは、ひょっとしてきみも?」
「はい……半日くらい前に。召喚される戦士はわたしで最後って聞いていたんですけど、一体どうなってるんでしょう……」
それはこっちが聞きたかった。
まあ、この子の方も俺に尋ねたわけじゃないだろうけど。
いずれにせよ、同じ境遇の子がいてくれたおかげで少し冷静になることができた。
そうなると、気になるのはこの子が発した言葉だ。
召喚? 戦士? 一体何の話なんだ?
それにさっき、この子はここをどこだって言った?
俺の聞き間違えじゃなけりゃ、デュランダル城と――そう言ったよな?
俺の書いた竜征のアルトゥールに登場する城と同じ名前……偶然の一致だってのか?
――ああ、くそ! わからないことが多すぎる!
「ええと、ユーリ……でいいのかな。良かったらきみの知ってることを教えてくれないか?」
この子がどうして百地ユーリのコスプレをしているのかはわからないけど、それが名前だと言われてしまったらそう呼ぶしかない。
もしかしたらアルカイックハーツの一巻発売を記念して、コスプレイベントでもあったのだろうか。
だとしても凄く気合が入ってるよな。
髪はウィッグじゃなくどう見ても地毛だし、ブレザーだってちゃんとした生地でできてる。
「えっと……この世界も今、あらゆる国々を巻き込んだ戦争の真っ最中らしいんです」
俺が無遠慮に全身を眺め回してしまったせいで、ユーリは一層もじもじしながら説明を始めた。
次回は10/15 19時更新予定