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異世界にいこう

『主人公になろう』



 これは何だ?

 さっきまでこんなものは無かった。

 いや、今まで一度もこんなものは見たことがない。


 新機能がリリースされるなんて話、聞いたことが無い。

 何より「主人公になろう」って一体どういう機能なんだ?


 とりあえずマウスカーソルを重ねてみる。

 すると、アルファベットのIみたいな形状だったカーソルは、人差し指を伸ばした手の図案に変化する。

 ただのテキストじゃなく、リンク先が存在するということだ。


 まあ、どういう機能かくらい見てみるか。

 そんな軽い気持ちでマウスをクリックする。


 もしこれが匿名掲示板やまとめサイトだったら、怪しいリンクなんて決して踏まない。

 でもここは今まで散々利用してきた「小説家になろう」だ。

 危険なリンクかもしれない――そんな警戒心は、この時の俺はこれっぽっちも抱いていなかった。


 結果から言えば、それが間違いだった。


 リンクをクリックした次の瞬間、全てが消えた。


 マンガとラノベばかりの本棚。

 アニメしか映さない32インチのテレビ。

 その隣のブルーレイレコーダー。

 壁に貼ったポスター。

 いつもカーテンを閉めっぱなしの窓。

 今の今まで見ていたパソコンのディスプレイと、握りしめていたマウス。 


 俺の周囲にあった何もかもが消えてしまったのだ。


 いや、消えたという表現はきっと適切ではない。

 視界の端から中央に向かって真っ黒い空間が広がって、そして次の瞬間には目の前の光景が全て変わっていた。

 喩えるなら、テレビのリモコンのボタンを押した時のような。

 そう、まるで――


 ()()()()()()()()()()みたいだ。


 それが、俺の脳が導き出した最も妥当な表現だった。


 画面に表示された『主人公になろう』をクリックして、きっとまだ五秒も経過していない。

 その一瞬と言ってもいい僅かな時間で、確かに俺の部屋だったはずの空間が、全く違うものに変貌していた。


 俺の部屋よりだいぶ広い、二十畳はあろうかという間取り。

 部屋の中央にあるテーブルには、今は火が灯されていないオイルランプ。

 石造りの壁が仄かな青白い光を放っていて、室内はほんのり明るい。


 俺から見て左側の壁には、西洋風の直剣が飾られている。

 壁の光を受けて瑠璃色に輝いた刀身は、妖しくも美しい。


 右側の壁には楕円形の鏡が飾られ、正面の壁には分厚そうな木の扉。

 どこをどう見ても俺の部屋の面影なんて無い。 


 な、なん――


「ぐぎゃっ!」


 なんだこれは!

 ……と叫ぼうとしたが、それよりも先に悲鳴を上げる羽目になってしまった。

 自室にいた時と姿勢だけは全く同じだったせいで、椅子という支えを失って無様に尻餅をついたのだ。


「いてて……なんだ、何が起きたんだ?」


 両手で身体を支えて立ち上がる。

 つるつるとした硬質な床は、壁と同じように石で出来ている。


 冷たく輝く石造りの部屋は、やはり俺の部屋とは似ても似つかない。

 いや、それどころか現代日本の家屋の中とは到底思えない。

 まるでファンタジー世界――そう、たとえば竜征のアルトゥールに登場する、古城デュランダルのイメージにぴったりだ。

 理由も経緯もさっぱり不明だが、どうやら俺はどこか遠い場所――ひょっとすると時空単位で――に転移してしまったらしい。


 なんて、そんなバカな。

 それじゃあまるで、小説家になろうで流行りの異世界転生じゃないか。


「――ここは一体、どこなんだ?」

「えっと、デュランダル城って言うらしいです……」

「うわっ!?」


 独り言のつもりだったのに、背後から思わぬ返事が返ってきたものだから、つい悲鳴を上げてしまった。


「す、すみません。驚かせてしまいましたか……?」


 振り向けば、そこには困ったような上目遣いで俺の方を見つめる、一人の女の子の姿があった。



次回は10/15 7時更新予定

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