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ブックマークが増えない

「……気分転換でもするか」


 本日二度目に発した言葉は、一度目と一字一句同じものだった。

 立ち上がって、ベッドの上に無造作に置きっぱなしになっていた茶色の紙袋を手に取る。


 今日の購入物はライトノベルの新刊に、アニメのブルーレイディスク、そしてマンガの新作。

 それはまさに、俺が今ハマッている三つの作品――可愛いヒロインたちが登場する作品だ。


 まずはライトノベルの新刊を手に取る。

 シリーズのタイトルは『新入部員の学征服(コンクエスト)』、通称『新コン』だ。

 現代日本で生まれ育ったごく普通の少年が、進学の手続きの際に学校名を一文字間違えて、魔法学園に入学させられてしまうところから物語が始まる。


 魔法学園の生徒たちが巻き起こすドタバタ事件を描いたギャグテイストの強い作品だが、個性的な女子キャラクターたちの可愛らしさにも定評がある。

 中でも俺のお気に入りキャラは、主人公が所属する『世界征服部』を目の敵にする魔女、服部(はっとり)メイだ。


 メイは学園でもトップクラスの戦闘力と明晰な頭脳を誇りながら、クセの有り過ぎる性格と呆れるほどの食い意地がそれを台無しにしている。

 世界征服部の敵を自称しているくせに、好物のドーナツでしょっちゅう買収されて活動を手伝ってしまうチョロさが可愛い。



 新コンを机の上に置いて、次はブルーレイのパッケージを手に取る。

 前クールに放映されていた人気アニメで、タイトルは『せんたい!』。

 動物をモチーフにした男三人・女二人の五人組のヒーローチームが、悪の組織と戦いを繰り広げる作品だ。


 設定だけ見ればありきたりだが、この作品の特徴はなんといっても、戦いよりも五人の日常風景に重きが置かれている点にある。

 加えて毎週必ず新しい個性的な悪の組織が登場して、その回のうちにヒーローたちの手によって壊滅してしまうという、『毎回が最終回』な展開も話題を呼んだ。


 俺はヒーローチームの一員で黄色担当である藤林卯月(ふじばやしうづき)が気に入っている。

 生身でも怪人と渡り合えてしまう脅威の運動能力に、天真爛漫な性格――と言えば聞こえがいいが、率直に言ってしまえば脳筋タイプのアホ元気な女の子だ。



 せんたい! も机の上に置いて、最後の三つ目を取り出す。

 待ちに待ったマンガ『アルカイックハーツ』の第一巻。

 女の子の可愛さと時々差し込まれるお色気シーンのエロさに定評がある、人気作家の新作だ。

 魔法と科学の融合をテーマにした本格的な現代バトルファンタジーだが、「いつもの作風」をばっちり踏襲している。

 なにしろ第一話の冒頭が、主人公が四人のヒロインたちの水浴びを覗いてしまうというものなのだ。


 しかし、ただのサービスシーンではない。

 恥ずかしがって身をよじらせ悲鳴を上げるヒロイン、怒って体を隠すのも忘れて主人公に殴りかかるヒロイン、全く気に留めずにフルオープンのまま笑ってるヒロインなどなど、四人それぞれのリアクションがそのまま彼女たちのキャラ紹介にもなっている。

 その計算しつくされたエロとストーリーの自然な融合には、賞賛を送らねばなるまい。


 この作品で一番好きなヒロインは百地(ももち)ユーリ。

 魔導科学の粋を結集して生み出された有機ナノマシンを肉体に宿し、驚異的な耐久力と再生能力で軍の一個小隊とも渡り合う、作中でも最強の戦士の一人だ。

 ゴリゴリの肉弾系の能力者なのに、性格は引っ込み思案で恥ずかしがり屋。

 頬を真っ赤に染めながら、砲煙弾雨の中を無傷で突き進む――そんなギャップがたまらない。



「くそ、なんでこんなキャラが作れるんだよ……」


 思わず独りごちる。

 この作品の作者たちは、一体どうやってこんなにも魅力的なヒロインを作り上げたのだろうか。

 ひたすら想像を膨らませたのか、それともモデルがいたのか。


 モデル……もし理想的なヒロインを生み出すためにモデルが必要だとしたら、俺には絶望的だ。

 こんな底辺生活をしてたら当たり前だけど、女の子と知り合ったり仲良くなるきっかけなんて無い。


 パラパラとアルカイックハーツのページをめくっていく。

 何人もの可愛いヒロイン、時々挿し込まれるお色気シーン……とても楽しみにしていた作品の待望の第一巻だというのに、頭に入ってこない。

 書店で手に取った時は、本紙連載とコミックスでの違いを見つけてやる、なんて思っていたはずなのに。


 俺にはこんなヒロインは生み出せないな、とか。

 どうやったらこんなアイディアが湧くのか、とか。

 そんなことばかり考えてしまって、ちっとも作品を楽しめない。


――ああもう、くそっ!


 俺はアルカイックハーツを投げ出し、PCに向かう。

 やっぱり先にヒロイン問題を解決するしかない。

 こういう時は検索エンジンだ。

 とりあえず「魅力的なヒロイン」「作り方」なんてワードで検索してみようか。


 マウスを軽く動かして、ディスプレイの省エネモードを解除。

 映し出されたのは、さっきまで開いていた竜征のアルトゥールの作品管理ページだ。


 いま用があるのはここじゃなく、検索エンジン。

 でもその前にキーボードのF5キーを一度押し、ページを再読み込みさせる。

 ひょっとしたら目を離してる間に、ブックマーク数や評価ポイントが増えてるかもしれない。


 小説家になろうに投稿を始めてからというもの、一日に何回も――投稿直後なんか数分に一回のペースで、管理ページを確認するようになってしまった。

 病的かな、とも思うけれど。

 きっと俺みたいに底辺作家をしてる奴は――底辺を脱却しようと思っている奴は、みんな同じことをしてるんじゃないだろうか?


 小さい頃、好きな漫画家にファンレターを送ったことがある。

 それからしばらく、返事が届いていないか郵便受けを一日に何度も確認したものだ。

 小説管理ページを再読み込みするのは、あの時の気持ちに似ている。


――そんなに期待通りのことは起こらないのだ、という部分まで。


「はぁ……」


 思わず溜息が溢れる。

 わかってはいたけれど、ブックマークもポイントも全く増えていなかった。


 だが、今は仕方ない――ここは出発点なのだから。

 これから俺は、理想のヒロインを生み出して竜征のアルトゥールに登場させる。

 それができれば、ブックマークなんて掃いて捨てるほど集まるに決まってる。


 気を取り直して、ヒロインの作り方を検索するという当初の目的を果たそう。

 そう思って、もう一度画面に目をやった。


 その時、見慣れた小説管理画面に、見慣れないものを見つけた。


「――なんだよ、これ?」


 首を傾げてしまう。


 小説管理画面の下部にある、「小説情報」欄。

 そのタイトル文字の右側には、いつもと同じ「⇒小説情報ページを確認する」というリンクテキストがある。


 だがその隣――本来何も無い空白だったはずのスペースに、「新機能βリリース!」と赤い一文があった。

 そして、そのすぐ下にはこんなことが書かれていた。


――『主人公になろう』。

次回は10/14 19時更新予定

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