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ヒロインがいない

「ありがとうございましたー」


 会計を終えて茶色い紙袋を持って外に出る時、女性の店員が笑顔で挨拶してきた。

 その笑顔が結構可愛くて、思わずドキッとしてしまう。

 でもそれだけだ――ドキッとしただけ。

 その先なんて別に何も期待していない、望んでいない。

 

 あの店員は高校生――いや大学生くらいだろうか?

 彼女は単に、店で教え込まれた接客マナーに従っただけだ。


 あの笑顔には好意なんか含まれていないことを俺は知っている。

 あの敬語には敬意なんか込められていないことも俺は知っている。

 だって今の俺には、見知らぬ女性から好意や敬意を向けられる理由なんか無い。


 社会に頂点と底辺があるとしたら、俺は間違いなく底辺の側だ。

 それは自覚してる。

 でもそれだけだ――自覚してるだけ。

 自分のことを諦めたわけじゃない。


 俺には才能がある。

 輝かしい将来がある。

 それを世の中に認めさせる。


 だから俺は小説を書き始めた。

 小説家になって一発逆転するために。


 それなのに、竜征のアルトゥールは全く人気が出ない。

 人気が出ないまま書き続ける作家のことを、小説家になろうのユーザー間では『底辺作家』と呼ぶらしい。

 嫌な響きだ。

 社会の底辺の俺は、小説家になろうの中でも今のところ底辺で燻っている。


 でもな、今に見てろ。

 必ず原因を見つけて一万――いや五万ブックマークを集めてやる。

 その後は書籍化して、ベストセラーになって、有名作家の仲間入りだ。

 そうしたらきっと、さっきの店員なんかよりずっと可愛い女の子がいくらでも寄ってくる。


 と、そこまで妄想したところで俺はハッとした。


 俺は今まで、竜征のアルトゥールに『可愛い女の子』を登場させたことがあっただろうか?。

 いや、『可愛い』って条件を抜いてもパッと思い浮かぶ女の子がほとんどいない。


 アルトの前に嫌な男が出てきて、紆余曲折の末に和解して仲間になる。

 ずっとその繰り返しだったから、アルトの周囲には男キャラしかいない。

 女性キャラクターといえば近所の家のお婆さんとか宿屋の女将さんとか、そんな顔ぶればかりだ。


――これだ!


 おせっかい焼きでちょっとした魔法が使える幼馴染の女の子。

 旅先で出会った優しく真面目なシスター。

 暴漢やモンスターに襲われているところを助けて知り合う町娘。

 そんな、世の中の作品には当たり前のように登場する『ヒロイン』たちが一人もいない。


 ヒロインだ――そうだったんだ!

 竜征のアルトゥールに足りなかったのは『ヒロイン』だ!


 ブレイクスルーを発見したことで、俺は思わず興奮してしまった。

 だがその直後に、どうして今まで気づかなかったのかという徒労感も襲ってくる。

 何故なら俺自身が、マンガやアニメを選ぶ時に「女の子キャラが可愛いかどうか」をかなり重視しているからだ。

 さっき買った品々も、可愛い女の子キャラが登場する作品ばかりだ。


 そう考えると今の竜征のアルトゥールは最悪だ。

 ライバルも親しい友人も頼りになる戦友も、全員が男、男、男。

 これじゃ、一歩間違えたらボーイズラブ作品コースじゃないか。

 いや、ハゲとヒゲばっかりだからボーイズですらないな……。


 くそっ、俺は今まで何をしていたんだ……。

 でも今は落ち込んでいる場合じゃない。

 見つけたんだ、ブックマーク一万への道――売れっ子作家への道を!


 俺は紙袋を抱えて、急ぎ足で駅へと向かった。

 さっさと家に帰って執筆だ。

 買ったばかりの品々も気になるけれど、先にやることがある。

 それは竜征のアルトゥールにヒロインを登場させることだ。


 魔障邪神ミルディンとの戦いもプロットの練り直しだ。

 ヒロインを登場させて、アルトとヒロインが急激に惹かれ合っていくような展開にしよう。

 いける、これなら絶対にいけるぞ!


 電車に揺られる時間すらもどかしく感じながら、俺は期待に胸を膨らませて帰途についた。


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