魔王の嫁になるらしいが断固拒否だ。
初投稿、勢い任せで纏まらず。
なんてこったよろしくお願い申し上げます。
私は特殊な力があるらしい、というよりは全能力がチートレベルに高いのである。
しかも、戦闘にアホかと言うレベルに特化しているのだ。頭脳は普通である。何故だ。
お陰で付けられたあだ名は「脳筋乙女」解せぬ。花も恥じらう25の乙女、というにはあれだが一応婦女子になんというあだ名を付けてくれたのだ世間様は、乙女って付いていても全く喜べない。複雑だ。
そんな不名誉極まりないあだ名を頂戴してしまっている私、実は異世界人でもある。
私は日本のパッとしない県でその県内ではそこそこ定評のある飲食店で働いていた。
とても楽しい職場ではあった。お客様の喜ぶ顔を見るのが何よりも嬉しかったし生き甲斐でもあった。
ただ、かなーりブラックだったのだ。1ヶ月で就業時間が300を越えるのは当たり前、残業代?なにそれ美味しいの。そんなとこで身を粉にして働いた結果、過労でポックリ逝きました。
眠ったまま意識が戻らなかった。
遺言もクソもあったもんじゃないが苦しまずに死ねた事は救いかも知れない。
まあそれで次に目を覚ました時には異世界に来ていて、不思議な事に赤ん坊からのスタートではなく25年慣れ親しんだいつも通りの身体からのスタートだった。だが元の自分が死んだということは何故か理解していて、パニックも起こさなかった。何かの特典かと考えられる程の余裕もあったし、何より元々オタクだからか未知のものに対する順応力は凄まじく高かった。
けれども一応は人間。置かれた状況に最初は驚いた。喚きもしたし子供かっていうくらいに泣き叫んだ。
けれど助けてくれる人なんていなかった。
そう、ネット小説にありがちな転生またはトリップ特典の素敵な騎士も神様も何もない。つまり放り出されたのだ、異世界の鬱蒼とした太陽の光さえも遮断する森の中に。
そこからはサバイバルである。
襲ってくる魔物から逃れ(魔物いた事にびっくり)ゾンビから逃れ(ゾンビいた事にびっくり)竜から逃れ(竜がいた事にびっくり)そうこうしている内に私の戦闘能力は上がった。
ついでに野営の能力も上がり途中発覚した魔法能力も生きるために上げざるを得なかった。
正直自分の戦闘能力にビビってる。
思いつくありとあらゆる技が出来る。
呼吸をするのと同じように魔法が撃てる。
この世界の基準は不明だが、自分が常軌を逸しているのはなんとなくわかるのだ。
それが憶測で無くなったのは半年前。
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『ねえ、人間が入って来たよ。沢山』
「は?」
脳に直接訴えかける声で私に呼びかける風の精霊。つい最近仲良くなった。シルフィと言って全体的に緑な人懐っこい少年である。
仲良くなった経緯はまあ色々あるが、今は彼の言葉を理解しなくてはいけない。
「ひ、人?え、人間?本当、本当に人間!?」
『そうだって言ってるじゃん。あれ悪い人間、ゲオル傷つけようとしてる。』
「はあああああああ!?」
この世界に来て漸く人間に会えるかもしれないという希望は風の精霊によって全く違うものに変わった。
ゲオルはこの森に住む古龍だ。創世の時から生きている龍らしく、私は彼にとてつもなく助けられた。この森で生きて行けたのは彼のお陰だと言っても過言では無い。
シルフィは私の声が煩かったのか両手で耳を押さえているが今は謝っている場合ではない、一刻も早くゲオルの元に向かわなくてはいけないのだ。
「どういう理由であれゲオルを助けなきゃ。シルフィ、おいで」
この世界で最初に優しくしてくれた存在の危機に駆け付けない程薄情ではないし、馬鹿でもない。義理人情は大切です。
手を伸ばしてシルフィを包み込む。精霊はとても小さいのだ。それを胸元に入れて魔力を身に纏う。
スッと息を吸ったと同時に一瞬身体が浮遊する、次の瞬間私の身体は森を見渡せるほどの場所、つまり空中に浮かんでいた。
そしてそのままキープ。宙に浮いたまま真下を見下ろせば円を描くようにぽっかりと空いた土地にゲオルと人間が対峙しているのが見える。
ゲオルはとても大きい。片手というか指一本で私を掴める程に大きいのだが、その巨体を囲むようにして黒い塊が群れていた。
恐らく人間で、騎士だと思う。
ここは異世界、そんな人達も居るよなと頭の隅で考えていたが今の私は漸く出会えた人間、それも騎士に感動する余裕なんて無かった。
騎士の中でも馬に乗った人物、きっと主犯格が片手を上げた。
あれはもしや突撃の合図か、見た事あるぞあれテレビでやってたあれ突撃だよ間違いねえわ。
そう考えた瞬間私は急降下していた。
「あんた達、ゲオルに何すんの、よっ!!!」
怒号と共に一撃。
上空何メートルかはわからないが、結構な高さから結構な速度で落ちつつ身体を何回転かさせて着地する瞬間片足を出し踵を地面に叩き込む。
地面が割れた。大げさではない。割れた。
軽く地震も起きたし鳥達も羽ばたいていった。
騎士様方は、ごめんどうでもいい今はゲオルの身体が心配だ。
「ゲオル、ゲオル。大丈夫?怪我してない?何もされてない?ねえ痛いことされてないー!?」
すぐに側に駆け寄る。艶やかな黒の鱗に覆われ鋭い爪と牙を有する荘厳さと美しさを讃えたある種神々しいとも言える古龍は何故か目を見開いていた。
「シルフィが、ゲオルが傷付くって言ってて、それで来てみたら囲まれてるし、ねえ本当に大丈夫?ゲオルが怪我してたら私、」
何も言わない彼に更に不安が募る。
もしかして話せない程の傷を負ったのだろうか、それとも魔法によって何らかの力を封じられてしまったのだろうか。
考えれば考えるほど胸が締め付けられて目頭が熱くなる。気付いた時にはボロ泣きだ。成人?社会人?知るかそんなもん!
「…泣くな。我は欠片も傷ついてなどおらぬ」
彼の腕、というか指というか爪に抱きついてわんわん泣いていると頭上から聞こえる低音。相変わらずいい声過ぎて惚れそうになる。
「本当?私間に合った?」
「……元よりこの者達は我に害をなすつもりは微塵も無いぞ」
「……………え、」
「…考えて行動せよと、嗚呼お前には幾ら言っても無駄だったな。知らせなかった我が悪いのだ。兎に角今は泣き止め、その顔は好かん」
ゲオルが顔を近づけて頰の涙を舐めてくれる。なんていい人なんだ素敵過ぎる。
だが私は驚愕していた。恐る恐る彼の身体に触れて魔力を流して身体を調べてみても全く異常がない。健康そのものだ。
やらかした、そう思うと同時に冷や汗が背筋を伝った。
ぎぎぎっと壊れかけの人形のようなぎこちなさで背後の騎士団を見ると、大多数の人が気絶し意識を保っている人は悪鬼でも見るような目で私を見ている。
止まった涙が溢れそうになったのは仕方がないと思う。
「ご、ごめんなさい、すぐ、すぐに治すからお願いします罰しないで下さい見逃して下さいごめんなさいいいいいい!」
文句を言われる前に、首をはねられる前に、兎に角私は焦っていたのだ。
倒れている騎士団全員を一度に完全回復させる魔法を何の気なしに、ただ怖かったという理由だけで発動してしまったのだ。
本当に馬鹿だったと思う。
目がくらむ程の光が騎士団を包み込む、祈るように両手を重ねて治れと念じれば騎士団達はあっという間に全快。きょとんとしている彼等を見てとりあえず傷が癒えたということがわかりほっと胸をなで下ろす。
「……おいおい嘘だろ。」
不意に、腰に響く低音が耳に届いた。
ゲオルといい勝負かもしれないその声は、残念ながら今の私には恐怖でしかない。驚きとほんの少しの高揚を含んだ声音に違和感を感じるが、それだけだ。
あとは恐怖で真っ青である。
後ろでゲオルが舌打ちをした気がする。泣きたい。勘違いで怪我をさせてしまったのなら治さねばという私の精神は間違っていたのでしょうか。
「こんなちっせえ嬢ちゃんが、禁術を詠唱も魔法陣も無しに発動するとかどうなってんだ」
「、え?」
いつの間にか目の前には壁、もとい先程突撃の合図を出していた方が居た。
混乱し過ぎて注意力散漫だったらしい、この距離まで気づかなかった事に驚きだが目の前の人物の身長にも驚きだ。
え、巨人?
そう思っても仕方がないと思う。絶対2mはある。日本人女性の平均である自分は確かにこの人に比べたら小さい。その称号は甘んじて受けよう。
だが私が驚くポイントはそこではない。
あれ禁術だったのか。
「さっきの踵落としも威力が半端じゃねえし、魔力量も桁違い。加えて黒髪黒目。…これはどういう事か説明して貰わねぇとな、創世の龍」
「…、」
ゲオルは何も答えない。というか当事者である私すら答えられない。
説明して欲しいのは私だ。
私は未だに自分が何者であるのかを知らない。異世界から来た無駄に戦闘能力が高い女、という認識なのだ。自分の中でさえ。
先程の一件で自分の能力がチートだというのは理解した、だがそれがもし危険だ異端だとなれば罰せられるのだろうか森から離れなければいけないのだろうかという不安が襲ってくる。
そしたら、戦争だな。うん。
正直負ける気がしない。武器が無いから素手だけど行ける気がする。うん。
いざとなったらシルフィ具現化させてハリケーンに巻き込んで森の外に叩き出してやる。
街に行く気はない。住めば都という言葉があるように、私にはこの森が都である。
今更離れる気なんて更々ない。
そうと決まれば戦争だ。指の骨を鳴らして首を回す。小気味の良い音が鳴った、今日は調子が良さそうだと先ずは目の前にいる人物をワンパンで仕留めようとした瞬間私の身体は持ち上げられた。
「うわっ!ちょ、なにすんのゲオル離してー!」
「喧しい。治した奴らを屠る気か馬鹿者め」
「え、だって禁術使った私危険でしょ?異端でしょ?魔女裁判に掛けられる前にこっちから潰さなきゃ、平穏は自分の力で勝ち取らなきゃ!居場所は自分の手で作らなきゃ、」
「あーあー、黙れ黙れ脳筋娘。少し静かにしたと思ったらまた訳のわからぬ事を…。この馬鹿は気にするなと言いたいが、そうもいかぬ。…これが貴様らが探していた時の旅人だ、認めたくないがな」
一瞬の静寂の後、ざわめき。
色々突っ込みたい所はあるが今は保留にしよう。ゲオルが心底呆れ返った顔をしているけどそれもスルーだ。探し物が私というところもスルーだ。今はそれよりも確かめないといけない事がある。
「…ゲオル、時の旅人って、なに」
初めて聞く言葉だった。
今迄何度もなんども問いかけた、返って来た事のない答えが今告げられた。
彼は創世の龍だ。この国が生まれた時から生きているらしい、それならば自分のこの状況も存在も知っているかもしれないと過去に何度も聞いた。その度に知らぬと返された。
だが彼は知っていた。聡い彼の事だ、きっといつかこうなると、こんな状況になるとわかっていた筈だ。なのに何故。
呆然とする自分の口から出た声は、自分の物とは思えない程か細い物だった。
「お前は、魔王の花嫁だ。」
「いやそれはない」
即答してやった。
「花嫁ってそんなファンタジー認めませんからね。なんですか、異世界からの女が来たら魔王復活の合図ですか生贄ですか国の方針ですか認めませんよ私は、ええ、認めませんとも。この半年森に放置しといて嫁さんくれとか馬鹿か魔王は馬鹿なのか。生贄捧げたら人間滅ぼすっていう物騒な計画無しにしてやってもいいんだぜってあれですか?神様から困っている人類への生贄プレゼントか?それとも何か?私が此処に来たのはそこの騎士団さん達のお偉いさんが高尚な魔術を駆使して召喚でもしたのか?それとも王命か?ワシの娘は魔王にやれんが異世界の娘ならいいや文献にも異世界の娘って書いてあるしー、ってノリか?もしそうなら国王殴るっていうかどの道私は魔王の嫁になるつもりはございませんっていうか無理だと思う」
人間ある程度ぶっ飛んだこと言われると逆に冷静になれるらしい。生前と言うべきか前世と言うべきか、とりあえずオタク脳で有りそうな設定を引っ張り出して一息で言い切る。
「な、何故だ?」
此処まで目を白黒させているゲオルは初めて見るかもしれない。
可愛いと思うが口に出したら握り潰され兼ねないので此処は大人しく口を噤んでおこう。
だがしかし言うべき事は言う。
「花嫁ってさ、若い方が良いんじゃないの?せめて17、8の子とかさ。穢れを知らない真っさらな女の子の方がいいと思うのよね、私」
「待て待て、その言い方だとお嬢ちゃん随分年食ってるように聞こえるぞ」
そうだ騎士団さんの隊長さん(推測)いたんだった空気扱いごめんと内心謝る。勿論1ミリも謝罪の気持ちはない。
言葉を続けようにもいかんせん目線が高過ぎて隊長さん(推測)を見下ろしてしまう。それがなんだか申し訳なくてゲオルの指からするっと抜け出して着地する。
結構な高さがあったため周りが驚くがなんの問題もない。お忘れだろうか、先程私は空から降って来たのだ。これ位なんてことない。
隊長さんに至ってはもう驚く事は無くて、今は何方かというと探るような目線を私に向けてくる。
それは得体の知れない物を見る目で、とても友好的とは言えない。
禁術を簡単に繰り出すやたら戦闘能力の高い女、怪しさ満点だそりゃ警戒もするよなと冷静になった頭で考える。
冷静になったついでにもう一つ。
好みのどストライク過ぎて辛い。
鎧の上からでもわかる逞しい体躯、くすんだ金髪は短く切られそれでも前髪が邪魔なのか後ろに撫でつけてある。眉間には微かに皺が寄り、元々切れ長であろう目は更に鋭さが増して見るものに威圧を与える。海を思わせる青の目も冷たさを持っている。スッと通った鼻梁、厚い唇、健康的に焼けた肌。
警戒を含んだ表情が訝しげな物へと変わる。
「…おい、どうした?」
「あ、すんません」
男前過ぎて思考が暫く停止してたイケメン怖い。
そして声も良い。イケメン怖い。
けれど顔に騙されるな私。気をしっかり持て私。
うっかり胸板撫でたいとか思うな私。
「…あー、皆さんから見ると私随分小さくて若く見られているようなんですが、私25です」
「は?」
「ついでに言うと純潔でもありません」
「…は?」
「若くもなければ純潔でもありません。よって多分身分が高いんだかなんだか知りませんが魔王サマの花嫁なんて大役とても私には務まりそうにないので他当たって下さい」
ゲオルの言葉から察すると、この騎士団のお目当は私で間違いないだろう。
創世の龍と言われる彼の事だ、騎士団もゲオルの知恵を借りに来たに違いない。
大方、『時の旅人』が現れただなんだって神託か何かが下って探し回ったけど見つからず、万策尽きたってとこでこの森に来たのだろう。
この森はこの世界でも随分特殊らしい。(シルフィ談)
まあゲオルが居れば仕方がないなと思いつつやけに静かになった周りに違和感を覚えて考えるのを止めて隊長さんを見上げれば、何故か頭を抱えていた。
その後ろに控えている大勢の騎士もこの世の終わりのような感じだ。
隊長さんや騎士さん達ぱっと見西洋だから、貴族社会か何かがあるかなーと思いながら投げた爆弾はどうやら凄まじいダメージを与えたらしい。純潔主義なんだなこの世界。
「…今回は大ハズレだな」
「……は?」
地を這うような声が耳に届く。
それが目の前の美丈夫から発せられたものだと気づくのに時間は掛からなかった。
「大ハズレだって言ったんだよ。顔は普通背は小せえ乳も無えし尻も無え、育てりゃなんとかなると思えばもう25だ?完全な売れ残りじゃねぇか。それに馬鹿と来てやがる。折角の魔力も使い手がテメェみたいなアバズレで残念だ」
顔を上げた男から向けられた目線は先程の比でない程に鋭かった。
殺気と嫌悪と嘲り、それが見て取れるあからさまな人を見下す目線。その目と違わず発せられる言葉は明らかな侮辱だった。
これだけ面と向かってはっきり言われるとかえって清々しい。
「それに純潔じゃ無いだ?…はっ、中古品をあてがうなんざいい度胸してるじゃねえか」
何が可笑しいのか、男は声をあげて笑った。
騎士達もつられるようにして笑い出す。
この世界の常識を私が知らないように、彼等も私の住んでいた世界の常識を知らない。だから説明するつもりもはないがいい感情はもう持てないだろう。
一瞬でも眼前の男に見惚れた自分を殴りたくなった。
今私はすごく怒っている。けれど何も言わないのは怖気付いているからではない。彼の反応が怖いのだ。
この世界で唯一私が全身で甘えられる存在が彼だ。
もし、自分の話を聞いて騎士達と同じような目で自分を見ていたら、そう考えるだけで目の前が歪んでいく。
どうしようもないくらいに怖くて、とてもじゃないが振り返る事が出来なかった。
「……嗚呼、だが泣き顔は悪くねえな。そうやってしおらしくしてりゃあ側に置けないことも無い」
うるさいお前の言葉で泣いたんじゃないと反論したいが声に出すとしゃくりあげてしまいそうで声を発する事も出来なかった。
「…お前の泣き顔は好かんと言った。同じ事を言わせるな阿呆」
「、お前、どういうつもりだ」
男が私の顔に手を伸ばした瞬間、私の体は凄い勢いで後ろに引っ張られそのまま何かにぶつかって後ろから抱き締められた。
耳元で聞こえる声も言葉も彼のものだ。だが、彼じゃない。
急な事に整理が追いつかず固まっていると何やら不穏な空気が流れ出す。
「…少しでも互いに惹かれるものがあれば、手離すつもりでいたがどうも気が変わってな」
「時の旅人は魔王への生贄だ。創世から決まっている掟を破るつもりか、ゲオルギウス」
「生贄ではなく花嫁だ。何時から掟を変える権利を持った、魔物の王よ」
頭上で交わされる会話の温度が低過ぎて涙が止まった。
そして驚いた事に目の前の失礼極まりない男が魔王らしい。
余計に嫁になんぞいけない。
「…まさか情が移ったか。落ちたもんだな、ゲオルギウス」
「口を慎むがいい。何時我が貴様に名を呼ぶ事を許した」
『あーもう!いい加減苦しいからだーしーてー!!!!!』
一触即発、これ以上にぴったりな言葉はない気がする。
何故彼等がこんな事になっているのかが一体全体さっぱりわからない。
だがこの空気は心臓に悪い、ついでに言うと何時までもこの体制というのも辛いものがある。先程から微妙にではあるが抱き締める力が強くなってきているのだ、そろそろ骨が悲鳴を上げそうで気が気じゃなかったりした時に胸元で何かがモゾモゾと動き出した。
あ、そういえばシルフィ入れたまんまだったと思い出したと同時に胸元から小さな精霊がひょこっと顔を出す。そんなに私の谷間は居心地悪かったかねシルフィ君。
『ロビン僕の事忘れてたでしょ?』
「あー、ごめん。色々あってさぁ、私もう疲れちゃった」
『ぜーんぶ聞いてたから知ってるよ!まったく、魔王はデリカシーってのが足りないよね!それにロビンが居なくなるのは僕としても反対したいところだしー、ゲオルに協力してあげるよ』
「ほお、それは助かるな風の。という訳だ若君、今我等を敵に回すのはそちらとしても避けたいだろう?」
また置いてけぼりの会話が始まった。
だが彼等の共闘は確かに魔王へ少なからずダメージを与えているようでお美しい顔が嫌そうに顰められている。魔王にこんな顔させる2人って一体なんなんだと思いつつだがこれで引いてくれるなら私としても願ったり叶ったりである。
ちなみにロビンという名前が此方での私の名前だ。何故かシルフィに最初からそう呼ばれている為慣れてしまった。
日本名は佐藤加奈でした。普通。
「…チッ、確かに分が悪い。おい女、今日のところは帰るが次は必ず城に連れて行」
「行かねぇよ馬鹿じゃねぇのさっさと帰れよクソッタレ」
「…あ?今なんつったクソアマ」
「あーら高尚な方には少し言葉が難解だったかしらー?私、何があろうと貴方様のお城には参りませんわ。先程私を侮辱した汚らしい言葉の数々をお忘れになったのかしら?だとしたら随分と都合の良い頭の造りをされているんですのね。私程度の人間に構うなぞ高貴な貴方様が穢れてしまいますわ、それに王たるものご公務もありますでしょうしそろそろお戻りになった方がよろしいのではないでしょうか」
舌戦なら幾らでも買ってやる。この男のプライドをばっきばきにしてやると意気込み顔に営業スマイルを貼り付け自分でもよく口が回るなと自分に感心していると頭上から溜息が降って来た。
「去ね、童」
ゲオルであろう人物が片手を伸ばして低い声でただ一言そう告げる。
瞬間巻き起こった目を開けて居られない程の突風と騎士団達の叫び声、けれどそれらはほんの一瞬で気配ごとなくなり、辺りには私が知る森の静寂が帰ってきていた。
恐る恐る目を開けてみると先程まで舌戦をしていた魔王はおらず、それどころか騎士団もいない。彼が吹き飛ばしたのかと理解したと同時に肩を掴まれてグルンと身体を反転させられた。
「、え、え?」
何この美人。
冷たい美貌だなと思う、流れる黒髪も紅い目も。温度を全く感じさせない表情も、全てにおいて冷たいのに、色彩が彼と同じというだけで私が彼を拒絶する選択肢は一瞬で消失した。
「え、ゲオル…?」
「我以外に誰がいるというのだ脳筋娘」
「誰が脳筋だ。って、ゲオル人になれたの?なんで黙ってたの?っていうか美人さん!人になってもお爺ちゃんかなって思ってたのに何これズル、」
先程までの剣呑な空気は何処に行ったのか、何時もの落ち着いた心地の良い空気が辺りを満たす。
もう私を害するものは何処にもないのだとほっとしたのは束の間、魔王とは正反対の美貌がゆっくりと近づいて来て目尻を舐めた。
中途半端なところで言葉が切れて身体が固まる。一体何が起きたと目を白黒させながら突然こんな暴挙に及んだ人物を見上げてみれば此方とは正反対のケロっとした顔の彼がいた。
「どうした、何時もの事だろう?」
ああ、確かに私が泣いたら何時でもゲオルは泣き顔は嫌いだと言って涙を舐めてくれた。今もきっと涙が残っていたから何時もの癖でやってくれたのだ、そうに違いないのだ。
だが!言わせて欲しい。今の彼は絶世の美貌の持ち主なのだ。イケメン耐性を持ち合わせていない私には衝撃が強過ぎて、なんの言葉も紡げなくなってしまった。
何時もの事、という事は私は泣くたびにこんな美形に舐めて貰っていたという事か。そう理解した瞬間、全身が発火するんじゃないかというほどに熱くなった。
可笑しい、彼は龍だ。こんな反応したらダメだ。
「…どうした、身体が熱い。具合が悪いのか?」
「!わあああああああ!」
混乱して思考がぐちゃぐちゃで、何も言わない私をきっと心配してくれているのであろうゲオルの顔がまた近づいて来た。
抱き締めている腕が離れて両手で頰を包まれる、前に全力で距離を取った。心臓がとてつもなくうるさい。それにしてもなんて距離の取り方だまるでゲオルが不審者のようだ。
だが今の私にそんな事を気にする余裕はなかった。
「ご、ごめん!風邪でもなんでもないの大丈夫なんだけど大丈夫じゃないから帰る!ごめん!」
今すぐ離れないと死ぬ。確実に死ぬ。
早口にそう言って魔力を練り上げると私は一瞬でその場から姿を消した。最早自分が何を言ったか覚えていない。
テレポートで自分の寝床に帰って来るとそのままベッドにダイブした。
『何時まで笑ってんの、ゲオル』
「いや、思った以上に動揺したなと、」
『…タチ悪いよ。あれ全部わざとでしょ?そんなにロビンの事気に入ったの?』
「…あの小僧にくれてやるのを惜しむ程度にはな」
『……それって相当だよ』
「ところで風の、貴様あれと随分親しくなったようだな?」
『は?いやいや待ってよ!あれはロビンが自分から、』
「ほう?」
『………だってロビンの胸気持ちいいんだもん!!!!!』
私が去ったあとそんな会話が交わされているなんて、私は知る由もなかった。
・
あれから半年経った。
魔王は宣言通りまたやって来てすぐ様追い払ってやったがまた来た。もう数え切れないほど来た。
今では戦友かもしれない。
そしてゲオルは人の姿でいる事が当たり前になった。
相変わらずスキンシップが激しい。心臓が壊れるからやめてくれと涙ながらに懇願したらうっとりするほどの綺麗な微笑みを浮かべながら顔が近づいて来た瞬間魔王がタイミングよく現れて何故か戦争になって何故か私が必死で仲裁した。何故だ。
騎士団とも仲良くなった。
時々手合わせしている。
「脳筋乙女」の称号はこの時頂戴した。
主犯はめった打ちにしてやった。
シルフィが私の胸に潜り込まなくなった。
大人にならなきゃいけないらしい。
精霊も大変だ。
「おい、いい加減俺の嫁になれ」
「お断りします」
「なんでだ」
「……ブスでチビで馬鹿でアバズレで年増で中古品って言ったのは誰だったかしらぁ?」
魔王は最近出会い頭に嫁になれという事が多くなった。
欠片もときめかないこんなにイケメンなのに。
「、あれは、その、悪かった」
「どうした?何か悪い物でも食べた?今日はもう帰ろ?出来れば二度と来んな」
「テメェは人の謝罪を何だと思ってやがる」
いやだってこいつが謝るなんて有り得ない。
我儘傍若無人唯我独尊その他色々が服着て歩いているような男なのだ。
だが最初の頃のような険悪さはもう感じない。
高々半年の付き合いだが、彼が悪い人ではない事くらいわかっているつもりだ。プライドはエベレストだが。
「…ロビン」
「んー?」
ゲオルとは違う心地の良い低音で名前を呼ばれる。
初めは拒否反応か呼ばれた途端に雷を物理的に落としたこともあるが、今では心地よさすら感じてしまうのだから慣れとは怖いものだ。
そう、慣れとは怖いものなのだ。
「な、ななな、なに?なんですか?」
気が付いたら押し倒されていました。
気を許すと当然の事ながら警戒心も緩む。最近は目立った攻撃も受けて居なかったからか余計に緩んでいた。
目の前にある男らしい美貌に今更胸が跳ねるなんて事は無いが、距離の近さからくる羞恥には勝てず顔に熱が集まる。
「…悪くねぇ反応だな。これならまだ行ける、か」
「何がどう行けるか存じ上げませんがどうか後生ですから私の視界から消えて下さい」
心の底からのお願いも、何故か機嫌を良くした彼にはなんの意味もなさないらしい。むしろ不敵に笑っている。
何故こうなってしまったのか。
この状況が不味いという事くらいわかっている。伊達に女を20年やってるわけではないのだ。だが残念ながら両手足を拘束されている私に、眼前の男を蹴散らす術はなかった。
魔法も今はあてにならないだろう、何故なら彼は魔を統べる王なのだ。何時ものような不意打ちなら何とかなるがこの状況ではあまり得策とは言えない。
「魔王様ー、お戯れはおよしになって下さい割と本気で」
使えるものは言葉のみ。
睨んだ所で効きはしないし何よりこの至近距離でこの顔を見つめるのは辛い。そう思って顔ごと視線を横に逸らしたのが悪かった。
それを狙ったように彼の気配が動いて気づいた時には首に吸い付かれていた。
チリっとした軽い痛みと同時に焼けるような熱さを感じて思わず叫んだ。
「いったあああああああ!なに、なにしたの馬鹿!変態!焼けた!なんかよくわかんないけど絶対焼けた!信じらんないさっさと帰れ変態!」
「うるせえ。それと俺の名前はレギオスだ。次からはそう呼べよ、嫁さん」
何時の間に離れたのか魔王もといレギオスは愉快そうに笑いながらそう告げると今までにない程楽しそうに去っていった。
未だヒリヒリと痛む首筋を手で押さえていると背後から冷気が漂いはじめた。恐る恐る振り向くとそこに居たのは氷の微笑を讃えた麗人とこの世の終わりという風な顔をした風の精霊だった。
首筋に付けられた痕がこの世界で最上級の愛情表現だという事がわかり、レギオスと顔を合わせ辛くなったり、ゲオルからも同じ事をされて更にテンパったり、シルフィに相談をしてしまったりっていうのはもうちょっと先のお話。
この日常が『時の旅人』の所為で崩れ去るのはもっと先のお話。