(6)
2月14日。日付が変わったばかりの深夜。
私はベランダに続く窓を開けた。
そこに花栄の姿をみつけ、嬉しくなった。
何が花栄をそうさせたのか、それはわからない。
私は花栄とこうして少しずつ過去を取り戻すように話をして、花栄の夢の世界の話を聞いて、過去の花栄もまた、花栄の中の大切な何かだったのだと思う。
「花栄!」
呼べば、私のいる窓に近い場所へ歩み寄って来る。
最近は望遠鏡なしで空を見上げている。望遠鏡は友達から借りたもので、自分のものが欲しいとバイトを始めたと言っていた。駅前のカフェ。まだ行ってみたことはない。
「夜中に叫んだら近所迷惑だろ。親が起きるし」
小声の花栄。私はそれにゴメンのポーズを取った。
「何?」
面倒くさそうな声。
なんとなくムッとした。
ポンと箱を投げる。
放物線を描いて隣の屋上へ向かった箱が、花栄の手の中に落ちた。
「バレンタイン、手作りじゃないけど」
「ああ、もう14日か」
花栄は何の感動もなく受け取ると、すぐに包み紙を開けに掛かっている。
「……おまえなぁ、俺を幾つだと思ってるんだよ」
包み紙の中のパッケージを見た花栄が項垂れた。
「普通は手作りじゃねえの? しかもチョコ棒って。確かに大人買いできる歳かもしれねえけどさぁ」
「好きだったでしょ? それ」
「そりゃあ好きだったけどさ。もっとこう、気持ちが籠ったなんていうの? 女の子らしいの、できねえのかよ」
包み紙をやぶり、チョコ棒を銜え、しゃくしゃくと頬張る花栄の姿は、もう懐かしくもある想い出の中。
それが高校生の姿で再現されたのを見て、心の中の一部分が落ち着いた。
「女の子らしいの、渡しても良かったの?」
ポキンと、チョコ棒が折れた。
私は花栄の中で女の子として存在しても良いの?
話し相手としても曖昧で、誰でも良かったんじゃないかと思っているのに、今更、幼馴染の女の子じゃない私が存在しても良いの?
「おまえ、三つ曲がった先に行ける?」
「その先には、何も変わらない現実しかないんじゃない?」
そう言えば、花栄が寂しそうに笑った。
花栄の気持ちが遠くなった気がした。
「花栄がいるなら、行っても良い」
そう言うと、花栄の顔に明るい笑みが戻って来た。
私はホッとして、笑う。
花栄がいる現実なら、それは次元の違う現実になる。
「俺がいたら、おまえ、確実に異世界に行けるな」
悪戯っ子のような顔で笑い、ドンとベランダが音を上げた。
もう軽く下りては来れないその現実も、新しい現実に書き記された。
大きくなった手が、私の髪を撫でる。
よろしくと言うように、両手を繋いだ。
一階の電気が点く。
階段を上がって来る音がふたつ、近づいて来た。
おわり