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 2月14日。日付が変わったばかりの深夜。

 私はベランダに続く窓を開けた。


 そこに花栄の姿をみつけ、嬉しくなった。

 何が花栄をそうさせたのか、それはわからない。

 私は花栄とこうして少しずつ過去を取り戻すように話をして、花栄の夢の世界の話を聞いて、過去の花栄もまた、花栄の中の大切な何かだったのだと思う。


「花栄!」


 呼べば、私のいる窓に近い場所へ歩み寄って来る。

 最近は望遠鏡なしで空を見上げている。望遠鏡は友達から借りたもので、自分のものが欲しいとバイトを始めたと言っていた。駅前のカフェ。まだ行ってみたことはない。


「夜中に叫んだら近所迷惑だろ。親が起きるし」


 小声の花栄。私はそれにゴメンのポーズを取った。


「何?」


 面倒くさそうな声。

 なんとなくムッとした。


 ポンと箱を投げる。

 放物線を描いて隣の屋上へ向かった箱が、花栄の手の中に落ちた。


「バレンタイン、手作りじゃないけど」


「ああ、もう14日か」


 花栄は何の感動もなく受け取ると、すぐに包み紙を開けに掛かっている。


「……おまえなぁ、俺を幾つだと思ってるんだよ」


 包み紙の中のパッケージを見た花栄が項垂れた。


「普通は手作りじゃねえの? しかもチョコ棒って。確かに大人買いできる歳かもしれねえけどさぁ」


「好きだったでしょ? それ」


「そりゃあ好きだったけどさ。もっとこう、気持ちが籠ったなんていうの? 女の子らしいの、できねえのかよ」


 包み紙をやぶり、チョコ棒を銜え、しゃくしゃくと頬張る花栄の姿は、もう懐かしくもある想い出の中。

 それが高校生の姿で再現されたのを見て、心の中の一部分が落ち着いた。


「女の子らしいの、渡しても良かったの?」


 ポキンと、チョコ棒が折れた。

 私は花栄の中で女の子として存在しても良いの?

 話し相手としても曖昧で、誰でも良かったんじゃないかと思っているのに、今更、幼馴染の女の子じゃない私が存在しても良いの?


「おまえ、三つ曲がった先に行ける?」


「その先には、何も変わらない現実しかないんじゃない?」


 そう言えば、花栄が寂しそうに笑った。

 花栄の気持ちが遠くなった気がした。


「花栄がいるなら、行っても良い」


 そう言うと、花栄の顔に明るい笑みが戻って来た。

 私はホッとして、笑う。

 花栄がいる現実なら、それは次元の違う現実になる。


「俺がいたら、おまえ、確実に異世界に行けるな」


 悪戯っ子のような顔で笑い、ドンとベランダが音を上げた。

 もう軽く下りては来れないその現実も、新しい現実に書き記された。


 大きくなった手が、私の髪を撫でる。

 よろしくと言うように、両手を繋いだ。


 一階の電気が点く。

 階段を上がって来る音がふたつ、近づいて来た。




                                                               おわり

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