(5)
その日、雪の舞い散る深夜。ベランダの窓を開けた。
吐く息が白く流れる。その先、隣の家の屋上で、望遠鏡を覗く花栄の姿が見えた。熱心に眺め続ける花栄の視線の先にあるのは、月でも、星でもなく、その先の何かであることがわかる。
遠目で見る花栄の姿は、あの頃の花栄の姿に重なって見えた。
触れたい、と思った。
もう一度、触れたい、と。
そうしてあの日、父が不機嫌な顔をしたあの日の意味を、現実のものとして受け止めた。
私は無知を利用して、花栄を欲しいと思っていた。
何の恐れもなく、無邪気に隣にいた花栄を、男女の境もなく、ただ欲しいと思っていたのだと知る。
欲しいと思う気持ちが恋なのか、どうなのか。ただ、花栄が、現実の花栄が、私だけのものであって欲しいと願った。
初詣で願ったのは、世界中の人たちの幸せだった。けれど今は、私の幸せを願わずにはいられない。離れていた間の花栄さえも手に入れたいと思うほどに。私の考えにはなかった現実の中から離れ、異世界への扉を開きたいと願うほどに。
「何が見えるの?」
心臓が早鐘を打つ。
花栄を見て、こんなにも気持ちがざわつくのは初めてだった。
花栄が「何も」というポーズを取る。あの頃に見た不思議な光景を、なぜ今また見ようと思ったのか。花栄もまた、過去の気持ちを懐かしく思い、取り戻したいと思っていたら良い。
「何が見たいの?」
私は願う。
私の欲しい答えが返って来ることを、期待して、待った。
「三つ回って見える世界?」
胸が苦しくなった。
花栄が戻って来た。そう思えた。
私は逸る気持ちを宥めながら、花栄から姿を隠すように、ベランダに続く窓を閉めた。