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 雪が降って来た。


 友達と初詣に出かけ、その帰り、迷子になった。

 しんしんと降り積もって行く雪景色の中、竜神を祭ったその神社の境内は、遠く、ぼんやりとした明かりを灯している。

 連なる人の波。その外れで佇み、友達の姿を探した。

 探したけれど、見つけたのは、新しい彼女と一緒に歩く、先輩の後姿だけだった。

 無性に寂しくなる。

 寂しさと共にやって来たのは、胸の中に空いた穴だった。

 ポケットの中の携帯が震えた。

 取り出して見れば、友達からのメールで、雪が降って来たから帰るね、探せなくてゴメンという内容だった。

 私はそのメールに了解と返し、また学校で会おうねと送り返した。


 ひとりで歩く深夜の街は、ひどく悲しい風景に映る。

 すれ違う人たちは、どこか温かな印象を引き連れていて、私との差を浮き彫りにさせる。


 空しさは、別れの言葉を聞いていないからだろうか。それとも別れの言葉を口にしていないからだろうか。

 何が悪かったのか、知ろうともしなかったからだろうか。


 涙が溢れる。

 私は現実の中で、私だけの存在になった。

 吐く息が白い。頬に流れる熱い涙が、空気に触れてヒンヤリと冷たくなる。


 サクサクと雪を踏む音が近づいて来た。

 少しだけ坂になった道の上。視線を上げれば、そこに花栄の姿があった。


 花栄だけど、花栄じゃない。少なくとも、私の花栄ではなかった。


「よう」


 声もまた、知らない人みたいに聞こえた。

 私は立ち止まり、花栄が近づいて来るのを待った。涙はきっと、顔半分を覆ったマフラーで見えないだろう。


「どうした?」


 私の前に立った花栄が足を止めた。

 見上げた視界の中の花栄は、男だった。

 長めでふんわりとセットした髪。私よりも高くなった身長。幼く見せた丸みのある顔がシャープになり、甘い乳臭い香りをさせていたのに、鼻孔をくすぐるのは、落ち着いた緑を思わせる香水の香りだった。


「初詣に行って来た帰りだけど……花栄は?」


 花栄の手には望遠鏡がある。むき出しの望遠鏡には足がついていて、重そうなそれも、花栄が持つと軽く見えた。

 花栄は望遠鏡を強調するように持ち上げる。


「雪の日に何が見えるの?」


 空は確かに澄んでいる。星は見えなかったけれど、月は雪景色に明かりを落としていた。

 花栄は何も答えず、踵を返し、ゆっくりとした歩調で坂を登って行く。


「どこかに行くところじゃなかったの?」


 花栄を追うように足を進めるけど、坂の雪はやっかいで、気を付けなければ滑りそうになった。

 手袋をはめた手が差し出される。

 見上げれば、立ち止まった花栄の横顔が見えた。

 花栄の手に、そうとわかって触れたことはなかった。そう思うと、意識していなかった時でも、気づかない部分で意識していたのかと思えた。


「転ぶ前につかまっておけば?」


 腕を取られ、手を繋がれた。

 白いふかふかの手袋越しに、花栄の黒い手袋の感触がする。触れたそこだけが温かく思え、そこから温もりが広がって行くような気がした。


「手はもう大丈夫?」


 繋いだ手か、繋いでいない手か。怪我をしたのがどちらかも知らない。


「おまえ、いつの話してんの?」


 花栄が笑う。繋いでいない方の手に持つ望遠鏡で、顔を隠すようにして、少し照れたようなそぶり。


「……そっか。もうずいぶん前か」


 花栄が骨折したと聞いたのは夏だった。

 もう数ヶ月も前の話だ。


「どこかに行くんじゃなかったの? 約束とか、良かったの?」


「別に、約束なんかしてねえよ。空は屋上でも見れるし」


「でも、どこかで見ようと思ってたんでしょ?」


 坂を登り切ったところで、花栄の手を放した。

 遠い存在だった花栄が、何の前振りもなしで傍にいることの不思議。一瞬にして距離を詰められる不思議。

 私の花栄ではない、花栄が私の傍にいる不思議。


「ああ、神社の裏山で見るとよく見えるって聞いたから行ってみようかと思ったけどさ、雪降って来たからどうしようかって思ってたところだったんだ。気にしなくて良い」


「そう?」


 良く見えるって、何が?

 喉元まで出かかった言葉を飲み込んでいた。

 花栄が、私の花栄ではない花栄が、急速に距離を詰めて来そうで、怖くなったからだ。

 私だけが近づいたと思うことが、怖かったからだ。


「うん」


 花栄の手が揺れる。

 私は手をぎゅっと握った。


 繋いでいた手が離れて寂しいなんて、思わないと決めた。


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