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 幼馴染の花栄はなえが男になったのは、私が小学6年の時だった。


 厳密に言うと、私の中の花栄という存在が、幼馴染の兄妹のような存在から、父の一言によって男に分類された、になる。

 花栄のうちはお隣で、花栄のうちの屋根がフラットなこともあり、隣の屋上から私の部屋のベランダに飛び移ることができる。花栄はよく屋上で空を見ている。ただそれは、星好きだからではなく、UFO、未確認飛行物体を探すためだった。宇宙人を探すというよりは、広く無限の宇宙の中に、別の空間があるという不思議に囚われていたように思う。


 小学6年の夏。深夜。花栄は私の部屋のベランダに飛び移って来て、もう眠りについていた私を起こし、好奇心いっぱいの瞳で空を見上げ、未確認飛行物体の話をした。どうやらその日、UFOらしき光を見たらしい。


「そんなの飛行機とか、パチンコのライトとか、そういうのじゃないの?」


 眠い目を擦りながら、こいついつまで私を付きあわせるんだろうと、話半分に聞いていたのを覚えている。話半分だったからか、私の言葉に花栄がどんな言葉で返して来たのか、まったく覚えていなかった。その後の出来事の方が強烈に記憶に残っているからかもしれない。


 花栄と一緒に迎えた朝。

 それは母の悲鳴に似た叫び声から始まった。

 私は何が起こったのかわからないまま、ベッドの上で半身を起き上がらせ、視界の中に花栄がいることを知る。


「おまえ、何やってるんだ!」


 母の悲鳴を聞き付け、顔を出した父は、花栄の腕を引っ張り、私のベッドの上から引き摺り下ろした。

 その時の花栄の顔は印象的で、今でもすぐに思い出せる。引き攣るような、何が起こったのかわからないような、それでいて恐れるような、そんな表情だった。


「花栄くん、どこから入ったの? 玄関じゃないわね?」


 花栄は暑いからって服を脱いで、パンツ一枚の恰好だった。

 母に促され、脱ぎっぱなしになっていたTシャツとズボンをいそいそと穿いて、母に連れ添われ、玄関の方へ歩いて行った。


「夕奈、おまえは女の子だろう……」


 父はため息交じりで私の名を呼び、女の子であることを強調した。

 私はただ、眠い目を擦りながら、今の状況の何が悪いのかと考えたが、私の中には何一つ悪いと思うものはなかった。


「花栄はUFOが大好きだから、ずっと話を聞かされてて、そのまま寝ちゃった……ごめんなさい」


 何一つ悪いと思っていなかったけど、ごめんなさいと言う状況なんだとは理解した。父の顔が不機嫌に歪んでいたからだ。

 ハア……と父のため息がこぼれる。ガシガシと頭を掻き、どうしたものかと悩んでいるふうだった。


「夕奈はまだわからないかもしれないが……もうそろそろ花栄くんを部屋に入れるのをやめたらどうだ。幼馴染で仲が良いのは良いことだと思う。でも花栄くんは男で赤の他人だ。兄妹だって一緒に寝たりしない年頃じゃないのか?」


「……どうかな、……よくわからないよ」


 父が何を心配しているのか、その時になってやっとわかった。

 私にとって花栄は幼馴染で、何も身構えることなく付き合える唯一の異性で。異性だけど異性ではなく、そこにあって当たり前の存在というか、今更無くすのは不自然だというか。説明が難しい相手=花栄だった。


「とにかく花栄くんは男の子だ。いつ何が起こるかわからないだろう? これからは花栄くんを部屋に入れてはダメだ。お父さんとの約束、守ってくれ」


「……うん」


 よくわからないまま返事をした。

 花栄を部屋に入れない。

 花栄が男だから。

 花栄が私に害を成す者かもしれないから。

 ほんとうに?

 どうかな。

 私はまだ6年生だった。

 周りの女の子には好きな子がいて、でも好きな子がいるという状況を楽しんでいるくらいの関係で、男女のそれにはまだ気づいていても気づかないふり。まだまだ遠い現実だったように思うのだけど、あの日、父が花栄を避けた日から、私の中で花栄は男になった。


 暑いからと言って服を脱いだ花栄が、その行為が、特別な意味を持つのだと知った、小学6年の夏だった。

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