序章1
「無理があるって、旦那!」
髭だらけの40男が線の細い男に泣きついている。おっさんが若者に泣きつく構図は思った以上にシュールだ
「問題ない…サカキがそう言ったんだ。ヤツに勝手にやらせておけ。」
捨て置けと言わんばかりに呟く若者。20代前半位だろうか。長い前髪のせいで目が見えず、マフラーでは鼻を被っているため人相がわからない。細身の体型と声からそう察する他ない。
「確かにあの悪徳運送会社、我慢ならねえ。ぶっ潰してやれたら、とは言ったけどよ。
こんな要塞みたいな本社に殴り込むことねえ。命がいくつあったって足りねえよ。」
絶壁に挟まれたコンクリート剥き出しの施設を指差して、親父はなおも叫ぶ。
荒野のど真ん中。絶壁の崖上から見下ろすように立つ親父と青年は、谷底の要塞を見やった。
背面の三方向が絶壁になる施設の構造上、施設に突入するには正面しか入り口がない。さらにその正面は切り立った谷間に囲まれ、さえぎる物のない一本道。
つまり、真正面から突破せざる得ない構図だ。
にもかかわらず、隠れるところのない正面の道には自動銃器が至るところに配置されている。許可のない者はたちどころに蜂の巣にされるだろう。
「物騒な運送会社本社もあったもんだな。」
『全く、どんなヤバイもの持ってたらあんなにセキュリティが攻撃的になるのかねー?』
人の気配のない荒野に、場違いな呑気な声がトランシーバーから聞こえた。
「サカキ、今どこだ?」
『オレ、メリーさん。今、本社の門の前。』
親父が急いで双眼鏡で見ると、確かに本社正面の門前にひょろっとした男の姿が見えた。腰には大小の二本差し。
普通のシャツとジーパン、ウエストポーチといった大学生みたいな姿には似合わない日本刀である。
サカキと呼ばれた青年は、日本刀の柄に手をかけたままへらへらとした締まりのない顔を灼熱の太陽にさらしていた。
「警備員はいるか?」
『いや、全自動。指紋と声紋を確認するみたい。特定の人しか入れない感じ。』
ラルフの問いかけもバッサリ切り捨てるサカキ。
詰んだ。誰もがそう思う状況。
親父がトランシーバーにかじりつく。
「サカキの兄ちゃん、あんたは充分やってくれたよ。もう荷物は諦める。奴等が実は追い剥ぎみたいな真似してるなんざ、いつか政府にバレる。
あんたらが無茶せんでええ。」
『ねーねー、ラルフ。小細工は諦めようよ。
もう突っ込もう。』
親父の声にうんざりした様子で突撃を促すバカが一人。
「親父、もう俺らが請け負った仕事だ。
サカキ、準備はいいか。」
ラルフは薬包紙につつんだ粉末状の火薬をガラス管につめると、トランシーバーに問いかけた。
『あ、やべ。』
スコープの向こうでサカキが困ったような笑顔を浮かべながら、ウエストポーチから試験管を取りだし、その液体を鞘についたキャップを外して残らず注ぐ姿が見えた。
呆れたように鼻をならすと、ラルフは手元のガラス管をそっと地面におき、片手に狙撃銃を手にした。
「本社までの直線、およそ800m。
5分たったら休憩だ。それまでに本社玄関までたどり着け。
空からの攻撃は撃墜してやる。甲装兵は自力で何とかしろ。」
ラルフの静かな声が計画を言い渡す。
『ついでに固定銃器が道すがら105台ほどこちらを狙ってまぁーす。』
「それも俺は知らん。」
ラルフの冷たい声にも能天気な声はめげない。
『えー、休憩中はオレも無理。
そこはなんとかしてよ。』
そもそもどこで休憩するつもりなのか。
「わかった、休憩の地点によっては、固定銃器を狙撃する。
だが、こちらの位置はバレたくない。極力一人でやれ。」
『はーい。じゃ、メリーさんは突撃しちゃうよ。』
笑みを深めたサカキは柄に手をかけたまま門に向かって走り出した。