兆し
ピーーーーーーーッ
鳴り響く電子音に目を開くと神在月のログイン画面に戻されていた。
電子音の正体は時間を忘れて遊びすぎないように設定しておいたアラームだ。
チャットウィンドウにはオープニングイベント終了のためログアウト処理をしたこと、データ処理のため24時間ログイン出来ないといった内容のログが表示されている。
それ以前のログはリセットされているのか表示されていない。
ゲーム内ではあれほど辛かった不快感は全く残っておらず身体に不調も感じない。取り敢えず鳴り響いているアラームを止めて時間を確認すると24時を回っていた。
うー、風呂入って寝ないとやばいな。取り敢えずゲームを終了してベッドで横になっていた身体を起こす。感覚投入型のオンラインに長時間接続するときは横になっている方が身体が楽だ。勿論椅子とかソファに座ってるほうがいいという人もいるしそこは好みが分かれるところだろう。
ゲーム内では吐いたり苦しさに涙が出たりと色んな液体を垂れ流してたけど、現実では汗をかいた程度である。といっても下着やシャツは汗でしっとりとしているのでこのまま寝るのは気持ち悪くて無理だ。
湯船でのんびり精神的な疲れを癒したかったけど時間も遅いしシャワーで妥協するしかないか。
身体を流れていく熱めのシャワーが気持ちいい。全身の汗を洗い流しながら神在月でのイベントを思い返す。
正直な話、感覚設定の標準があれだとキツイし祝に相談してみるかな。そもそも祝は身体が弱いからあんなハードな設定のゲームはやらせて貰えないはずだ。設定は弄れるんだろうけど、どんぐらいのものなのか気になる。24時間ログイン出来ないということだし翌日の大学を考えると明日の夜は無理なので明後日までログイン出来なさそうだ。祝のオープニングイベントはどんなのだったか気になるし根掘り葉掘り聞かねばと意気込む。
しかしあいつらもう出てこないのかなぁ、と俺のオープニングイベントに出てきた神達に想いを馳せる。
みんなそれぞれに美人だったりカッコよかったりしたからあれっきりってのは勿体ないよなぁ。特に闇の神なんて最後ちょろっと出てきただけだぞ。
闇の神とは元気な時に是非会いたい。そしてあの体毛をもふりたいっ。
もふもふは正義だ!
あと光の神とはもう少し話してみたかったな。
翌朝、軽くシャワーを浴びて身だしなみを整えてから祝の家に自転車で向かう。昨日の神在月で精神的に疲れたせいなのか、かなり眠い。5分ほど自転車を走らせるとすぐに祝の住んでる高級住宅街につく。
しかし昼間に見るとここらの家の広さは凄い、土地だけで億を超えるって俺には想像できないなぁ。住宅街にはいるには住人や関係者専用の認証装置で個人認証を行う。さらにそれぞれの家の門も認証が必要というつくりだ。祝の高校大学進学のための送迎を行うようになったとき、優刃さんが俺の事も登録しれくれたので、祝の家に行くのが格段に楽になった。
開いた門に自転車を引きながら入ると、門が自動でしまっていく。一応門が完全に閉まるのを待ってから自転車を車庫に停めて玄関から中にあがる。
「おはようございまーす。暁でーす」
「おはよう至君。朝食の用意は出来てるから祝君のこと宜しくね」
「りょーかいですお任せあれ!」
挨拶をすると奥から女性の声がする。これもいつもの事で、女性は祝の家に何人かいるお手伝いさんの1人だ。
朝の弱い祝を起こすのは送迎も含めいつのまにか俺の仕事になっていた。
「祝ー、オレだよオレ、オレオレ!入るぞー」
寝ているだろう祝の返事もまたずノックをしてから部屋に入る。
部屋の中は真っ暗なのでまずはカーテンを開き雨戸を開け外の空気を、日光を入れる。頬を撫でる朝の冷気が気持ちいい。
「ほら起きろ起きろ。さっさと着替えて食べないと遅刻するぞ」
祝のベッドは鳥の巣をモチーフにして作られている。中には巨大な卵型のクッションがいくつか配置されていて祝はそこにタオルケットやら布団を被せて眠っている。
とりあえず掛布団的なのを全て剥ぐと浴衣姿で卵クッションに埋もれてる祝を発見する。祝は寝る時はいつも浴衣なのだ。しかも浴衣なのに寝乱れない。
掘り出して頬をぺちぺちすると薄ら目を開けるがすぐに閉じやがった。
「んー、いたるー、おやすみ」
「お休みじゃねえええええ起きろってのっ」
再び寝ようとする祝を卵クッションから掘り出すと浴衣を剥ぎ鳥の巣ベッドから追い出す。
「うー、堅くて冷たいフローリングもいいかも」
などと下着一枚で床に頬ずりしてる祝を踏みつける。
「さっさと服着て顔洗って食堂に来ること。わかったな」
「ふあーい」
まだ眠そうな祝に不安だったが扉を閉める時にちらりとみるとちゃんとクローゼットから服を取り出してたから大丈夫だろう。
祝の着てた浴衣は途中で洗濯籠に放り込んで一足先に食堂へ向かう。
「おはよーございます。祝の奴も起きたんですぐきますから朝食お願いします」
「おっけー、それじゃすぐ持ってくから至君も座っててくれ」
「あ、俺も運ぶの手伝いますよ」
「サンキュ、それじゃトーストラックもってってもらおうかな」
食堂では玄関とはまた違う男性のお手伝いさんが朝食の準備をしてたので運ぶのを手伝う。
俺も一応祝の送迎やら起こすのはバイト扱いで結構なお金を貰ってるので、出来ることは積極的に手伝うようにしている。
トーストラックやらバターやらジャムを運んでいると、いつの間にか着替えを済ませて席についていた祝がデーブルに突っ伏して寝ていた。
皿には目玉焼きとベーコン、トマトが乗っている。別の皿にはカットされたグレープフルーツが盛られている。
「起きろ食べろ」
「ふあぃ、俺ぐれーぷふるーつだけでいいかも」
「駄目だ、作って貰ってるんだからちゃんと食え、身体もたないだろーが。これでも飲んで目を覚ませ」
「うー」
祝の頭を叩くと紅茶を入れてやる。
朝の弱い祝は朝食が苦手だが、ここで食べさせとかないと身体がもたないから無理にでも食べて貰わないといけないんだ。
観念したのかもそもそとトーストを齧り始めたのを見てから、俺も朝食に取り掛かった。
昔、中学までは一人で食事をしてたせいか朝食をあまり食べていなかったらしく、高校からは俺が朝迎えにきたときに一緒に朝食を食べるようになり、時間はかかるもののちゃんと完食出来ることが多くなって安心したとお手伝いさんからこっそり教えられた。
まぁ1人で取る朝食も寂しいもんな、お手伝いさんズが一緒に食べてやればいいのにと思うがなかなか忙しいのかそうもいかないらしい。
さらに優夜さんは食べたくないなら無理して食べさせなくていいって方針らしい。
二人して朝食を平らげ、食器をさげ、水につけておく。
「それじゃいってきます」
「いってきまーす」
「はい、いってらっしゃい、二人とも気を付けてね」
お手伝いさんに見送られて出発する。ここから駅までは歩きだ。
「今日の一限なんだっけ」
「把握しとけよおいってまぁいいか。今日の一限は概論じゃなかったか」
駅へ向かいながら他愛のない話をする。あの授業は退屈だとかこの授業は面白いなどなど、そんな話をしていると神在月の話になった。
「そういえば至は神在月の現身もう作った?」
「おー、昨夜作ったぜ、けど最初のイベントがかなりハードだったんだが」
「お、イベントあったんだ、良かったじゃん」
「って最初のイベントって全員あるんじゃないのか」
どうやらオープニングイベントは人によって当たり外れがあるらしく、最初にキクと話してから外れだと小さな結晶拾って終わりだとか。
当たりだと会話イベントとかがあったりするらしくこれもまた人によって内容は違い、初期ステータスとか何かに影響があるとのこと。
「祝のはどんなのだった?」
「俺も当たりだったみたいで、美人のおねーさんとお茶するイベントだった」
「え?何?それだけ?どういうことなの?」
俺のあの苦痛に比べて祝のお茶するだけってどういうことなのと思わず問い詰める。
「至君近い近いそして目が怖いぞー」
ふははと笑いながら押しのけられるがまじそこんとこ詳しくっ!
「んー、なんか庭でお茶して雑談?」
「雑談って具体的にはっ」
「食いつきいいなぁ。今までの人生について?学校楽しいかとか、友達はいるのかとか」
俺の食いつきに苦笑しながらも答えてくれるがなんじゃそりゃって内容に思わずぽかんとしてしまう。
「なんじゃそりゃー」
「いーたーるー!朝から近所迷惑だからっ」
さらに思わず叫んでしまった俺に祝がチョップをしてくる。
「最後はなんか抱きしめられて頭撫でられて一緒にお昼寝」
「穏やかだなおい」
「至は穏やかじゃないのな」
俺に比べるとのほほんとしたイベントに納得いかーん羨ましい状態なのだ。
「けど、あの人最後泣いてたな……んで至君はどんなイベントだったのかなー」
俯きながら呟いた言葉が気になったが俺のイベントの話になったので昨夜の事を話すが祝は微妙そうな顔をしている。
「うーん、あのゲームは初期設定でそんなシビアな感覚設定になってないし出来ないはずだけど」
「え?ま、まじで?」
「現実では別に具合悪くなったりしてないんだよね」
「汗かいた程度っす」
なんかそう言われるとあの体験、感覚が夢だったんじゃないかと思えてくる。あの感覚が現実だったと証明できる方法が何もない。
「とりあえず次ログインしてから確認してみたらいいんじゃないかな」
「そっか、そうしてみる」
がっくし項垂れた俺の肩を祝がぽんぽんしてくれる。まぁ、次ログインしてみればわかることだし気にしてても確かめようがないし仕方ないか。
そこからはどんな現身を作ったかの話で盛り上がり、電車に乗り込むまで話は続いた。
「いーたーるー、暁至くーんお昼ご飯の時間ですー!」
ぺちぺちと頬を叩かれる感触と祝の声に目をあけると、俺は電車の中ではなく大学の教室にいた。
え?あれ?電車に乗ってなかったっけ?
時計を見ると二限が終わって昼休みの時間になってる。
なんとか思い出そうとするが電車に乗って座ってからの記憶が無い。
「えっと、俺って授業受けてた?」
「いや寝てたよ?ノートは俺がばっちしとっといたから」
「任せろ」と満面の笑みを浮かべながらノートを差し出してくる
「うぉぉぉぉぉぉおおおおお、授業料が勿体無いっ」
「ま、まぁ駅出てからも半分寝てる感じでふらふらしながら街路樹突っ込んだりそのまま歩こうとしてたしおかしいなーとは思ってたけど」
「マジスカ。全然覚えてない」
「疲れが抜けてないんじゃない?早速ゲームのやりすぎかー。ネトゲに嵌って留年とか勘弁してくれよー」
その時は俺も一緒に留年だからなと小突いてくる祝の手を払うと襟首を掴んで引っ張る。
何はともあれ教室で話してても昼休みの時間を浪費するだけだ。
「んな残念なマネはしないって、いいから昼食いに行くぞ」
「今日はカレーが食べたいな」
「はいはい今日はインドカレーでいいよな、ナンが食いたい」
「問題無し!大賛成だよっ」
結局その日は午後の授業も気が付いたら爆睡してて、祝の家で夕食を終えてからノートを写させもらうはめになった。