受神-3
俺の手を触れる氷の神の手は痛いほど冷たいが、とても柔らかい。柔らかい女の子の手って反則だよなぁとしょうもない事を思ってしまう。というかそんなことを思ってる間に触れられた手が氷に包まれていって冷た痛い。
「あの、そろそろ離してくれないと、俺が凍ってるみたいなんだけどっ」
すでに氷は肘まで達し身体全体が冷気に包まれ動けなくなっている、氷に包まれた部分は麻痺しているのか身体の感覚が無い。
「安心して、火の神と一つになった貴方なら大丈夫ですよ。気持ちを落ち着けて火の神の力、炎の暖かさを、その熱を思い出すのです」
そう言ってる間にも足元も凍ってきたので落ち着いてなんていられない。どうしても自分を飲み込もうとする氷を目にすると、冷気を感じると恐怖で身体が固まってしまう。
―恐れるのならば目を閉じているがいい―
ふと火の神の言葉が蘇り、目を閉じる。身体を覆う冷気は強くなる一方で、身体を包む氷は胸にまで達している。
全身が冷え切っていく中、まだ心臓だけは熱く鼓動を打っていた。火の神の炎に包まれていた時のことを必死に思い出す。呼吸をするたびに身体が熱くなった炎を。
一際強く心臓が鼓動を打ったと思うと、目を閉じて暗かった世界が炎に包まれた。全身を包んでいた冷気は消え、心地よい暖かさに包まれる。
そっと目を開けると俺の視界は炎で満たされていた。すでに俺の身体を包む氷はなく、炎は光の神の敷いた陣の内で燃えている。
光の神は俺を満足そうに、氷の神は優しげに俺を見ていた。そこで俺の手に触れていた氷の神も炎に蝕まれていってるのに気がついた。
「不味い、火消さないと!けどどうやって消せばいいんだ」
くそ、消えろ消えろと念じるが火の勢いは衰える気配すら見せない。氷の神は俺の頬に触れるが、その手からは先ほどのように冷気を感じることは無く、ただその手の柔らかさだけを頬に感じる。
「良いのですよ。貴方の生んだこの炎に溶かされ、私は貴方と一つになるのです。これが私の望みなのですから」
炎に全身を蝕まれながらそう言った氷の神を茫然と見つめる。その表情は穏やかで苦痛など欠片も無いようだ。
「インクナビュラ、私の全ては貴方の為に。私はここで消えるけれど、私は貴方の内に満たされる」
そういって氷の神は俺の唇に、自身の唇を重ねると、消滅した。俺の唇には微かに、氷の神の柔らかくも冷たい感触が残っていて、ただ茫然と立ち尽くしていた。
なんか、とてもやるせない気分だ。
氷の神が消えるとあれほど燃え猛っていた炎も徐々に弱くなり消えていく。
「インクナビュラ!意識をしっかり保ちなさいっ」
光の神が声を荒げると同時に襲ってきた感覚に俺は崩れ落ちる。
「う、うぐぇぇぇぇぇえええ」
全ての火が消えると同時に俺の身体は苦痛に満たされた。全身を、皮膚の下を何かが這いずっている、四つん這いになり吐こうとするた、胃液しか出てこない。てかなんだよこれ一体なんなんだよ、気持ち悪い、痛い、苦しい、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い嫌だいやだいやだイヤダイヤダいたいいたいくるしいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい痛いくるしい辛いいやだいやだいやだだだだいやだ
視界に入る光が強くなった気がするが今までのように不快感が消えることも和らぐことも無い
「水の神の結界が消たのです、風の神よ、急いでくださいっ」
光の神が叫ぶ声が聞こえ、風が吹く。風は俺の全身を撫でて吹き、不快感が薄れ少しだけ楽になる。
「汝、新しき神よ。立つが良い」
頭上から声が聞こえた、気軽にいいやがってと見上げると、そこには大きく翼を広げた鳥人が浮かんでいた。その姿は女性の姿をしているが服は纏っておらず、全身を緑を基調とした羽毛に包まれている。今までのどの神よりも獣に近い姿をしていた。
「我は風の神、消えゆく風」
翼はゆっくり動いているため、どうみても翼の力で浮かんでいるわけではなさそうだ。吐き気も落ち着いたためなんとか立ち上がる。
「よ……っし。立った……ぞ」
俺は風の神を見上げるが、疲労と意識を保つために、目に力が入り、睨むような形になってしまう。
「良く立った、新しき神よ。我等の世界は失われ、我等は共に消えるというのならばそれでも良いと思っておった。だが我が同胞は新しき道の欠片を見て、己の道を繋ぐ事を望んだ。そして我等の番いとなれる汝が現れた」
風の神が鋭い爪をもつ手を俺の頭上に置く。そのまま手を握られたら俺の頭なんて潰れてしまうだろうが不思議と恐怖は感じない。ゲームという事もあるのかもしれないが、火の神の時に感じたような恐怖は感じないのは風の神の起こす風が俺を優しく包んでいるからかもしれない。
「よかろう、新しき神よ。汝はその身を五柱と交わりながら個を保っている。汝は器としての資格を示した。我も汝を番いとして認めよう」
風の神の翼が強く広がると一対だった翼が三対になり、視界を覆う。
「聞け、インクナビュラよ。我は風の神、消えゆく風。されど汝の内に注がれその内にて永遠に吹く風。我が番よ、力を託そう。新しき世界を紡ぐために」
風が強く吹き付け、羽根が舞う。
あまりに強い風に目を開けていられず、飛ばされないように足を強く踏ん張り目を瞑る。
風が収まり目を開けると、そこには風の神の姿はすでに無かった。
「うっ……つぁ……」
風の神のおこしてくれていた風が消えたことで不快感が徐々に蘇り、膝をつく。
いつの間にか光の神の作る陣は広大な大きさをもつものが幾重にも重なり合い強い輝きを放っていた。
「これで六柱、よく頑張りましたねインクナビュラ」
「まだ終わりじゃ……ないんだろ」
光の神はそばに歩いてきて、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ええ、けどもうここまできたら光の神である私を含めて、闇の神の二柱。あと少し耐えれば終わります」
「あーもう、いい……から、早くしてくれっ」
吐き気が戻ってきて胃液を吐く俺の背中を光の神が優しくさする。
「次は私です。ただ私が貴方と交わる事でここに敷いた陣は全て消えてしまいます。」
「それってつまり……」
光の神が作った陣が増えたり強くなるたびに身体の負担を軽減された。それが消えるってことはと想像して言葉につまる。
「貴方を保護していた陣が消えるので今まで以上の苦痛が貴方を襲うでしょう」
「ああもう、それはしか……たないんだろうっ。だったら早く……終わらせてくれっ」
「落ち着いて聞いてください、私が貴方と交わり、全ての陣が消えたら闇の神がすぐにくるでしょう。闇の神が貴方と交わるまで意識を保ってください、それが出来なければ全てが無に帰します」
うう、気絶したらイベント失敗なのか、リアル意志力試されるとか辛い。
「分かった任せろ、お前らが選んだ俺を信じろっ」
折角だしカッコよくいきたいと弱音を吐くのをやめる。光の神は少しだけ驚いたような顔をすると最初のような笑顔に戻る。
「わかりました、私達の選んだ花嫁である貴方を信じましょう」
「花嫁はやめろって」
「水の神や火の神からも言われてたのにまだ諦めてませんでしたか」
「そりゃ、男の子ですから」
「それじゃ男の子なんですから歯を食いしばって耐えてくださいね、いきますよ」
光の神の言葉に歯を食いしばる。光の神の最後を見届けるために目は瞑らない。
光の神の手が俺の胸に添えられると、そのまま俺の中に入り込んでくる。
最初に光の神の手が俺の中に入ってきた時は異物感だったが、今では強い吐き気を感じる。
「うー、吐きそう、吐く」
「さっき散々吐いたでしょう。吐いて耐えれるのならこのまま吐いても構いませんよ」
「ぐ……がはっ」
光の神の言葉に、我慢するつもりだったが胃液を口から吐き出してしまう。正直涙やら汗やら色んな液体が出てしまっていて光の神の服をかなり汚してしまっているが、光の神は気にかけてもいないようだ。
「大丈夫ですよ、貴方なら耐えられます。私達が選んだ貴方を、私達を選んだ貴方を信じてください」
「ああ、信じてるさ」
膝をついている体制もつらく、光の神の身体にもたれかかってしまう。身体の中を動く光の神の手が痛みと吐き気を生み、口から唾液と胃液が溢れ、光の神の背中を汚してしまう。
「悪い……」
「だから、大丈夫ですよ。謝らないでください。もう終わります。インクナビュラ、貴方とはもっと話をしてみたかった」
光の神はそういうと、その身体を光の粒子にえ俺の身体に吸い込まれ消えていく。結局、最後は光の神の肩にもたれてしまったため、その姿を、最期をちゃんと見届けることは出来なかった。
「畜生」
仰向けに転がった俺の上に、光の神が敷いた陣が砕け、光の粒子となり降り注ぐ。
「がああああああああああああああああああああああ」
陣が消えたことで先ほどとは比べものにならない不快感が津波のように襲い掛かる。俺はのたうち回り、意識を手放しそうになるが、光の神の言葉を思い出しなんとか意識を保とうとする。
闇の神はまだかよっ、早くしてくれないとこれはもたないかもしれない。
「つぅ」
横になり身体を丸め目と瞑りなんとか不快感を耐えようとしていると、こめかみにトンっと柔らかいものが触れる。
目を開くと掠れた視界に、黒い大型犬が座り、俺のこめかみに片足を置き首を傾げているのが見えた。まさがこの犬が闇の神か。
「おま……えが闇……の……か……はや……」
苦しくてまともに喋れない俺の身体を闇の神はその鼻であおむけに倒し、顔を舐めてくる。
犬のざらざらとした舌の感触、犬好きの俺としては普段ならたまらなく嬉しかったろうが今の状況では喜んでる余裕などなく、身体を襲う不快感に反応できないでいる。
「も……む……」
飛びそうになる意識を唇を噛みなんとか繋ぎとめる。
闇の神は俺の腹に右前脚を乗せると天に向かって遠吠えをあげた。
頭上に黒く揺らめくが球体が生まれ俺と闇の神を包み、そこで俺の意識は途絶えた。