記憶の欠片と心の欠片
岩戸神殿に戻った俺たちは強化を行うためにすぐに揺り籠へ向かう。
揺り籠はそれぞれの固有エリアになっているのと、そろそろ日付が切り替わりそうなこともあり今日はここまで解散にした。
「えー、俺もうちょっと頑張れるけど」
「お前そういって夜更かしして体調崩した前科があるだろ」
「う……まぁそうだけどさー」
「まぁ明日は大学も無いし昼間出来るだろ、明日の朝行くからちゃんと寝ろよー」
「ちぇー」
パーティーを解散するとプルはぶつぶついいながら揺り籠へ転送されていく。
サービス当日だしやりこみたいのはわかるけど、体調を崩されても困るのであまり無理はさせられない。
一緒にいる時の体調管理も俺の仕事みたいになってるしな。
岩戸神殿の転送陣の描かれた壁に触れるとそのまま吸い込まれるように壁の中に入っていく。
暗い視界はエリア名が表示されるとゆっくりと明るくなり転送が完了する。
揺り籠エリアの特徴である光る文字と模様で出来た床の上に立つのは俺とキクと二人きりだ。
キクは相変わらずローブを目深に被っておりその表情は伺えない。
「記憶の欠片を捧げれば望むカタチを、心の欠片を捧げれば神の力を、カタチあるモノを捧げれば記憶と心の欠片を紡ぎましょう」
キクが、手にした枯れ枝のような杖を光る文字に突き立てると、目の前にメニューウインドウが表示される。
選択肢は記憶の欠片とアイテムの交換、アイテムと記憶の欠片、心の欠片の交換、心の欠片を使った成長の三つだ。
まずはがっつりとれた竜蜂の毒針と竜蜂の羽根をそれぞれの欠片と交換するか。
交換はどちらか片方だけでもいいし、量を減らしてどちらも手にいれることもできる。
細かい調整が出来るようだが記憶の欠片よりも心の欠片のほうがレートが高いようだ。
どう交換するかは記憶の欠片で交換できるアイテムを確認してからかな。
記憶の欠片で交換できるのはプルが言ってたように武器、防具、消耗品だ。
武器も前衛系が持つ剣から後衛系の杖や俺の持ってる本まで様々ある。
防具も鎧からローブ、水着のようなものなど一部人気がありそうな露出度の高い装備もあり、交換する前に試着も出来るので折角だし色々来てみようと思ったら悉く「薄汚れた布の装備解除が出来ない胴手腰脚足の試着出来ません」と弾かれる。
ちょっとまて外せないってこれは呪いの装備なのか!?
恐る恐る武器カテゴリにある本類を試着しようとするが「古びた本の装備解除が出来ないため試着出来ません」と弾かれる。
ぐ、ぐぬぬ
ピアスや指輪などアクセサリ系は装備できるようだが今交換できるものだと気持ち防御力をあげるぐらいの効果しかないようなのでやめておく。
仕方ないので回復系の軟膏と高価な蘇生系の消耗品「御魂の欠片」を大人買だ。
それぞれお個数を選択して……決定っと!
「集いなさい、迷いし欠片よ。此処は揺り籠、安息の地。眠りなさい迷い子よ、永遠の安らぎを、永遠の眠りを」
キクの杖が淡く光始めると、俺の身体から記憶の欠片が光の粒子となって抜け落ちていく。
記憶の欠片は光る文字の床の上で一度水たまりのようになるが、すぐにさらに下へとゆっくりと落ちていく。
キクは杖の先端で水たまりのようになっている記憶の欠片を少し救った。
杖に纏わりついた記憶の欠片は杖頭へと昇ると凝縮し、光と共に手に少し余るぐらいの大きさの透明な球体になり、俺のアイテム欄に軟膏と御魂の欠片が追加される。
御魂の欠片を交換したせいか稼いだ記憶の欠片はごっそり減ってしまった。
消耗品で思った以上に使ってしまったし、そのうちアクセサリ系で欲しいものが出た時に足りませんでしたじゃ困るし、減った記憶の欠片はアイテム交換で補充するか。
竜蜂の素材を毒針、羽根ともに記憶の欠片と交換っと。
選択と同時に目の前に大量の素材が現れる。
キクは素材の山に杖を突きたてる。
「カタチあるモノよ、眠りなさい。此処は揺り籠、安息の地。眠りなさい、己のカタチを忘れ、永遠の安らぎを、永遠の眠りを」
杖に突き立てられた素材の山は一斉に光の粒子となり光る文字の床の下へと落ちていくが、その中の一部がキクの杖を伝い俺の身体へ吸い込まれていく。
これで減った分ぐらいは回収できたかな。
よし、次はやっと心の欠片を使った成長だ。
心の欠片を使った成長は消費量の調整も出来るようだがここはがっつり全部使うか。
選択するとキクが目の前まで歩み出て、杖を光る文字に突き立てる。空いてる手を俺の胸、心臓の上そっと添える。
NPCとはいえ、素肌に女性の手を押し付けられて少し胸が熱くなる。
いやだって体温も感じるんだししょうがないじゃないかっ。
あ、けどこの胸に掌を当てられる感触は覚えがあるなーと思ったら土神か。
胸がデカかったけど美人さんだったなー、氷神もあの高貴な感じが良かったしね。
雷神は……まぁ俺はロリコンじゃないんで対象外かな、好きな人には堪らないんだろうけどさ。
ちなみに風神みたいなカッコイイ獣人タイプも俺は好きですよって何考えてるんだ俺はっ。
相変わらずフードと影に隠されていて表情はわからないが、キクに見上げられて何と無く後ろめたい気持ちになる。
「は、あははは。いや何も疾しいことなんて考えてないよ?」
いやだからNPCに言い訳してどうするんだ俺はっ。
キクは視線を元に戻すと歌うように詠唱を始める。
同時に杖と光る文字が強く輝き始め、キクの手が俺の胸の中に沈んでいく。
「迷いし心よ、砕けし心よ。その器はすでに砕かれ、帰るべき世界も喪われた。欠片よ、心の欠片よ、此処は安息の地、神々の揺り籠。最早この器こそ還るべき器。全てを忘れ、眠り、新しき器へと溶け込みなさい」
8神の時に感じた強い快楽や痛みなどは何もなく、胸がほんの少し暖かい程度だ。
うーん、8神の時のはなんだったんだろうか。
やっぱ気のせいだったのかなぁ。
そんな事を考えていると周囲を包む光は強くなり、俺の視界は光で埋め尽くされた。
光は唐突に消え去り、キクも少し離れた位置にすたすたと戻っていく。
ちょ、あれ。
もう仕事は終わりました的な感じでちょと寂しい。
うーん、まだほんのりと胸にキクの手の感触が残っているような気がするな。
思わず胸に手を当ててみたところで、右手の甲に埋まってる白い石の周りに白い文様が出来ていることに気が付く。
模様は小さいが黒い肌に白い模様は結構目立つかなぁっていうか首元の水色の石、臍下に赤い石、勿論両足甲それぞれの黄土色、紫の石の周辺にもそれぞれの石と同色の文様が出来ていた。
身体をよじって背中側も見てみるが尾骶骨の上あたりの青い石の周囲にも当然のように青い文様が出来ている。
うなじの緑の石は見えないがこの分だと緑色の文様が出来ているんだろう。
成長の影響で外見特徴も変化するのか。
変化といえばプルの言ってた初期装備の成長はどうだろう。
---
武器: 手: 古びた本.革の装丁は赤茶けており,本体は酸化が酷く失われたページもあるようだ.
防具: 胴手腰脚足: 薄汚れた布. ボロボロの布を腰布として纏っている.薄汚れたサンダルとのセット装備.
---
残念ながらテキストにも数値にも変化は無い。
しかし古びた本は、気持ち破損具合が和らいでるような気がする。
薄汚れた布はわからん。
というか装備を変えれない以上成長してくれないとこの先困るから成長していると願おう。
よし戻るか。
岩戸神殿への帰還を選択するとキクの杖の生み出す光に包まれ転送される。
プルにああいった手前、俺も寝ぼけ眼であいつの家に行くわけにも行かないしあまり夜更かしは出来ないな。
まぁ岩戸神殿の中を確認しておくぐらいなら大丈夫だろ。
岩戸神殿は物理的な出口の無い洞窟を加工して作られているようで、天井や、床、壁など岩が向きだしになっているところもある。
また照明は全体的に暗く設定されていて主な光源は所々にある燭台だ。
俺が今いるところは揺り籠へ転送する魔法陣がある長方形の大広間のようなエリアで燭台は一つも無い。
しかしある程度の明るさがあるのは入口から正面の壁一面に展開されている揺り籠へ転送するための魔法陣が発光していること、部屋に幾柱かある柱や床、天井なども仄かに光ってるためだろう。
部屋を出ると長い廊下があり大広間に繋がっている。また一階から四階までの吹き抜け構造となっていて、中央には天井を貫く巨大な水晶の柱が建っている。
第一層へ移動するための部屋へは四階から向かうことができる。
部屋のなかにあるストーンサークルは見た目からそう呼んでいたが正式名称は「神意の篝火」というらしい。
岩戸神殿内をよく見ると内部の移動用に使う、俺の腹まである高さの小型神意の篝火がいくつか設置してあった。
揺り籠から神意の篝火まで一通りぶらぶらしたが岩戸神殿は思ったよりも大きく隅々まで見ようとすると結構時間がかかりそうだ。
気が付けば日付が変わって結構な時間が過ぎている。
不味いな、落ちるか。
ログアウト……っと。
良し、お休みなさいまた明日。