夢現
夢を見ていた。
祝のノートを写しながら結局寝てしまったらしく、半分寝たまま着替えて、祝の家に泊まったらしい。
今が夢だと思うのは自分自身を客観的な視点で見ているもう1人の自分と意識を共有しているからだ。今目の前を見ている自分を、後ろから見ている自分がいる。
これは夢だ
その証拠に自分の身体が神在月で作った現身、インクナビュラのものになっているからだ。ちなみに来ているのは俺の服だ。明らかにサイズが違うはずなのにインクナビュラのサイズに合わせて大きくなっている。そして自分の意識は俯瞰視点になっている。自分自身を夢の中でゲームのキャラクターを投影するとはなんとも恥かしい夢だ。しかも夢なのにまた酷く眠い。意識に靄がかっていて油断するとそのまま夢の中で寝てしまいそうだ。
さてどうしようかなと考えていると、扉の向こう側から身体が引っ張られるような力を感じがする。足は勝手に動き出し力の方へ向かい始めた。
まぁ夢なんだしなるようになるかと思っていると、扉をすり抜けそのまま玄関へ向かう。さすが夢だなぁと思っていると力が強くなっていくのを感じたが、俯瞰視点の俺は気楽なものだ。
身体はそのまま玄関を抜けると庭へ向かった。外は暗いが曇ってるのか空には月も星も見えない。
庭では1人の女が空を見上げている。女の髪は長く、芝生の上に広がっていてその金の髪は月明かりもない夜に微かに輝いて黄金に輝く泉のようになっている。俺の身体は女性の髪を踏むまであと一歩という所で止まった。
「ああ、試してみるものですね」
そういってこちらを見る女の顔はどこかみたことがあるような顔だった。祝をもっと女顔にして金髪碧眼にして大人びた雰囲気したらこんな感じになるかもしれない。
女は俺に近づき触れようとするがその手は俺をすり抜ける。
「触れることはできないのですね。私の声が聞こえていますか」
女は問いかけるが俺の身体は答えない。俯瞰視点になっている俺には勿論答える術など無かった。
「器だけ……いえ、魂の存在も確かに感じるのですが仕方ありませんね。もう時間がありませんので聞こえていることを願いましょう」
女は左手の薬指にしていた指輪を外すと俺の身体の中に入れた。指輪はすり抜けて落ちることなく俺の身体の中にとどまっている。
「私の子と絆を結んだ神を呼び出す術にて貴方をこの地に招きました。どうかその指輪を持ち帰り私の子に渡して下さい」
女は再び空を見上げ、哀しそうに俯く。
「もう時間なのですね。器のみしか呼べなかったとはいえ貴方からはとても強い神の力を感じます。貴方のような方が私の子の力になってくれているのでしたら私も安心してこの儀式を行えます」
女は慈しむように自身の腹部に手を当てる。
「間も無くあの人が来ます。貴方は私以外には見えないはずなのですが、あの人に気がつかれてはいけないので動かないでくださいね」
動かないでと言われても今の俺の身体は俺が動かしてるわけじゃないしなー、などと思ってると背筋がぴりぴりしてくる。背筋といっても今の俺には身体がないのでなんだかいやな緊張感とでもいえばいいのかな。
するといつの間にか女の前に十字架をモチーフにした白いロングコートを着た青年が現れる。見たところ俺と同年代ぐらいっぽい。
「アイシェンティア、始めまるよ」
男は人の良さそうな笑みを浮か女の髪を手で掬う。女、アイシェンティアは男に好きにいじらせたまま男に凭れかかる。
「ヨオル、今までありがとうございました」
女の名前はアイシェンティアで男の名前はヨオルという名前なのだろう。夢に出てくる名前だし何かの小説のキャラクターの名前とかなのだろうけどさっぱり記憶に無い。
二人は見つめ合いヨオルはアイシェンティアの胸に手を当て、アイシェンティアの目は潤んでいる。というか見ている自分の存在が気まずい気まずい。なんて夢みてんだ俺はー!欲求不満なのだろうかと情けなくなってくる。
うがーっと気持ちだけでものたうち回っていると空が赤く染まる。え?何事!?
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アイシェンティアの絶叫が響く。仰け反ったアイシェンティアの腹の中にヨオルの腕が入りまさぐっている。ヨオルのコートの袖はアイシェンティアの血で赤く染まっている。え?なに突然のホラー?
アイシェンティアの苦痛に反応するように芝生の上に広がったアイシェンティアの髪が波打っている。アイシェンティアの腹部からは血が零れ落ち、金色の髪を斑に赤く染めていく。ヨオルは笑みを浮かべたままアイシェンティアの腹の中に入れた手を動かしている。
「さぁ捕まえた」
ヨオルはアイシェンティアの腹の中か肉を引き千切りながら何かを取り出した。その手に握られているのは半透明の球体で中には赤ん坊が眠っている。
「おめでとうアイシェンティア、君の子供だ」
「ヨオル、その子は貴方の子供でもあります。ねぇヨオル、私は貴方を恨んでいません、むしろ感謝しているのです。」
アイシェンティアの腹部からはヨオルが開けた穴から血が流れ続けている。しかしその見た目と反してヨオルの腕に弄られていた時とは違い今は痛みも無いようだ。
「貴方に出会わなければ私は元の世界と一緒に消滅してたのですから。こうして子を成すことも出来なかったでしょう」
アイシェンティアはヨオルの手に握られている赤ん坊の眠る球体に手を添える。
「安心して消えなさい。貴方の血の一滴、髪の一本にいたるまで有効活用してあげますよ。それで子供の名前は決めたのですか」
「ふふふ、ヨオルらしいですね。ねぇ、名前はやっぱり貴方がつけてあげて。私は十分その子に残してあげられたもの」
「僕はそういうの興味ないんだけどな」
なんだかヨオルがめんどくさそうにさらっと酷い事を口にしたがアイシェンティアは気にしてないようだ。
「もう、たとえ貴方に目的があって作ったのだとしても貴方の子供よ。貴方なりにで構いませんので愛してあげてください」
「はいはい」
「仕方ない人ね。私は貴方と出会えて幸せだったわ。私を選んでくれて有難う」
そういったアイシェンティアの存在感がだんだん薄れて、光に包まれていく。
「さようならアイシェンティア、愛している」
「ふふ、嘘……けど、有難う」
アイシェンティアの身体全体が光となり、ヨオルの手の中に収縮し光球となる。
「名前か。どうしようかな」
うーん、めんどくさいなぁと呟くヨオルに、まじでくずいとか思ってしまう。
するとヨオルが笑いながらこちらの方を見てくる。
「とりあえずこの子の名前の前にアイシェンティアが君に託したものを返してもらおうかな」
どうやらアイシェンティアの予想に反してヨオルには俺の身体、インクナビュラが見えているようだ。
「さすがアイシェンティア、よく隠されてはいるが僕を欺くことは出来ないよ」
ヨオルは光球から手を離すと俺の身体に手を伸ばす。光球は宙に留まり輝いている。その光に照らされたヨオルの笑顔がやけに不気味だ。こ、怖い……いーやーだー触るなっ。
「へぇ、ここに僕の知らない神が入り込むなんてね。君は何者だい?」
アイシェンティアに話しかけられた時と同じく俺の身体は沈黙を保っている。
「魂は感じない……ことも無いがこの器の中にはいないみたいだね。しかしこの気配は……混ざっているのか、ならば過去か未来……いや、未来か。うん、決めた。アイシェンティアには悪いけど君にはここで消えてもらおう」
ぺちぺちと俺の身体を叩いていたヨオルが物騒な事をいい始める。アイシェンティアの血で赤く濡れたコートがまた一段と恐怖心を煽るし、凄く嫌な予感がする。うー早く目覚めたい目覚めろ目覚めてくれー。
「それじゃ君もさようなら」
ヨオルはコートから短剣を取り出すと俺の胸に突き立てるが皮膚一枚切り裂くかという所で紫電が走り弾かれる。
地面からは土壁が盾になるように俺を囲み
紫電は束ねられ雷雨となって降り注ぐ
水が集まり俺の身体を螺旋状に包む
炎が生まれ雷雨に纏われる
天に無数の氷柱が生まれ降り注ぎ
風の刃が空を舞う
「へぇ、君もなかなかやるね、けどそれだけじゃ防げないよ」
ヨオルは片手、5本の指の間に一本ずつ、計四本の短剣を持ちそれを投げる。
俺の周囲に発生した力に三本の短剣は弾かれるが、すべてを貫き、潜り抜けた一本の短剣が俺に突き刺さりそうになる。
その直前、今度は光で編まれた陣が生まれ、またもや短剣は弾かれる。陣は光の神が生み出した物と似ていた。
「それじゃもう一回」
再び取り出した4本の短剣を再び投げようとした時、宙に浮いていた光球が強く輝く。
「っく、まだ意識があったのか」
ヨオルが光球に気を取られた瞬間、俺の身体が闇に包まれる。闇はすぐに収縮し、消えた時には俺の身体はそこには無かった。俺の意識も段々と薄れていく。
ヨオルはやれやれといった感じで光球に手を伸ばす。
「全く仕方の無い人だね。君も早く行きなよ、折角アイシェンティアが逃がしてくれようとしたんだから」
そういうとヨオルは俯瞰視点の俺を見る。今まで認識されいなかった俯瞰視点の自分を認識されていることに消えゆく意識の中で言いようもない不快感を覚える。
「ほら、早くしないと殺しちゃうよ」
ヨオルが俺に向かって笑いかけ、俺の意識は消えた。