count9:鷹瀬家の男たち
一面の赤だった。
もはやそこにいたのは人でも動死体でもなく、ただの赤に埋もれた躯たちだけ。
着物姿で下半身のない女や、金色のネックレスをした首から上がない男、─そこはまさに死体の巣窟、死という赤に彩られた世界。
襖や畳の美しい和室もこうなってしまえばただの凄惨な死体置場でしかなかった。
「─っ、」
「ごらんの有様だ。俺と柾以外はみんな死んじまったのさ」
そう言うと血生臭い部屋から組長は出て行ってしまい、俺は襖を閉め組長を追いかける。
「いや、死んじまったんじゃねぇ。……俺たちが殺っちまったのか」
「仕方ありませんよ、こんな世界じゃ動死体を、─殺すのは当然のことですから」
俺の言葉には何もいわず組長は縁側に腰を下ろした。
そしてまるで独り言のように話し始める。
「俺はよここいらでも結構大きい組の長だったんだ。だがそれがどうしたって話だ、そんな肩書きと実力があっても誰一人として救えやしねえ。何なんだろうなほんとによお……」
俺はそれに何も言わず組長から離れていく。
その間際にみた組長の背中はまるで普通の爺ちゃんのように小さく丸まっていた。
◇
あの後俺は黒田さんに頼み屋敷を回り現状は把握できた。
屋敷の中には俺、鷹瀬、奈悠、莉愛、黒田さん、組長の六人。
離れにはあの赤の和室。
それ以外の母屋が俺たちの居住スペース。
屋敷への入口は鉄門のある玄関と裏口の二つ。
そして、─空の冷蔵庫。
「─当面の問題は食料ですね」
「やはりそうか……」
そう、一番重大な問題は食料だった。
黒田さんから聞いた話によると、動死体が現れた昨日が鷹瀬組の買い出し日だったらしく、女中が一応買ってきたらしいのだがその途中で動死体のお仲間になってしまったらしく、食料はもう原形をとどめず血塗れだったらしい。
そんなものを食うのは流石にこの破滅でも遠慮したい。
一応俺たちの携帯食料もあったがこの屋敷には六人の人間、普通に食えば携帯食料もすぐに底をついてしまう。
と言うわけで俺たちは早期に食料を調達する必要があるのだ。
「ここらへんにコンビニとか何かお店的なのはないんですか?」
「ああ、裏口から歩いて十分程のところに一応デパートと呼べるものはある。今はどうなっているか分からんが」
スーパーか、そこならば食料を調達できるだろう。
だが、動死体どもの住処になっている可能性がなきにしもあらず、そして何より─
「─私が行ってこよう。これだけ強固な屋敷だ、私がいなくとも少しの間なら龍牙様も大丈夫だろうからな」
俺の思考を遮るように唐突に黒田さんが言った。
「黒田さん、俺も行きます」
「その威勢は買いだが君を連れて行くわけには行かない。君はお嬢やご友人、君の姉を助ける際に攣っただけとはいえ負傷している。そして目の下のそのクマだ、ロクに寝てもいないのだろう? ならば君に出来るのはその血だらけの服を脱いで身体を休めることくらいだ」
「─ですが……」
「もし、君が倒れたとしてもこんな破滅だ。─どんなに重病だったとしても病院には連れていけないし、もちろん私は医者じゃない。そして君にもしもの事があれば私はお嬢たちに顔向けできない」
俺は何も言えない。
俺は今まで俺の周囲を護るために戦ってきた。
そしてこれからもそれは続く。
そんな中で今日のようなことがあってみろ、─すぐに俺は動死体に貪られ血と肉に飢えた亡者と化してしまう。
そんな無様な姿を組長にも黒田さんにも、─ましてや彼女たちには絶対に見せたくない。
「……分かりました、お言葉に甘えさせていただきます」
それを聞くと黒田さんは満足そうな顔をして部屋へと案内してくれた。
組員たちが使用していた部屋らしく、中は生活感に溢れていたがこの際贅沢は言えない。
「この部屋は好きに使ってくれて構わなし、それから風呂は源泉を汲み上げてるからいつでも問題ない。─しっかり身体を休めてくれ」
説明を終えると黒田さんは扉を閉めて去っていった。
「さてと……」
それから俺は近くにあった寝台へと身体を投げる。
そうするとボスンという音が鳴り身体が寝台の柔らかさに包まれる。
一日ぶりの寝台はやばいくらいに心地良くて、そこに眠気と疲労が相まって、─俺はすぐに眠りへと落ちた。