count6:血を纏う強刀(いちげき)
「「「……」」」
あれから俺たち三人は一言も発することなくただ無言で歩き続けていた。
─引き返せない。
俺は生き残るためにあいつらと戦った。
そしてそれはこの破滅が終わらない限り続くはずだ。
選択肢はないに等しい。
この破滅の中で俺の選択肢は分岐しない。
もう、─殺るしかないのだ。
「し、銀。あれって……」
静寂を破ったのは奈悠の声。
奈悠は歩いていた道の数メートル先を指さしていた。
何だ、俺の家はまだ先だぞと俺は道の先の方を見やる。
「─なッ!?」
─その先にいたのは、木刀を手に動死体の群れに突っ込んでいく少女の姿。
「─ッあああ!!」
そしてその咆哮とともに躊躇なく木刀を動死体の頭目掛けて振り下ろす─!!
─あ゛ぁ゛ぁ゛
─ぁ゛ぁ゛あ゛
頭部を穿たれた動死体からは血飛沫が飛び跳ね、その赤が少女を濡らしていく。
それでも少女が止まることはない。
弾かれたかのように次の標的へと駆け出し、再びその強刀で動死体どもを薙払っていく。
彼女が木刀を振るうたびに、血飛沫が舞い、動かなくなった動死体どもが積み重なってゆく。
─圧倒的な剣舞だった。
「す、すげぇ……」
彼女の姿に俺は感嘆の声を漏らすことしかできない。
それ程までに彼女の剣舞は流麗だったのだ。
だが─
「─ッ!?」
移動した場所が悪かった。
そこは彼女が先程まで動死体に向かって強刀を繰り出していた場所。
足場は崩れ落ちた骸たちとその血によって最悪な状態になっていた。
少女はそれに気づかず、血に足を取られ転倒してしまう。
「─っ、くう……」
─マズいと思った時には俺の身体は自然に動き出していた。
「─うぉおおおおおおッ!!!!」
ぶうんと音が鳴るほどの強さで、そしてハンマー投げの要領で俺は持っていたバットをぶっ飛ばしたのだ。
コントロールなんて微塵も考えちゃあいない。
それでも俺は動死体に向かってバットをぶっ飛ばし、地面を蹴る。
─あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
それが運良く彼女に迫っていた動死体の頭部に命中し、その威力で動死体は呻き声を上げて後ろに倒れ込んだ。
「─そいつから離れろおおおッッッ!!」
俺は彼女にそう叫ぶと、拳を固め動死体の群れに突撃し、一番手前の動死体を思いっきり殴りつけた。
呻き声を上げ吹っ飛ぶ動死体。
その隙に俺は投げ飛ばしたバットを回収し、両手で構える。
「─っらぁああああ!!!!」
上段から振り下ろした強振。
それだけで動死体は血を吹き出し骸と化してゆく。
─あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛
「ぅるせえんだよ!!」
迫ってくる動死体に向かって、俺は強振を振るう。
上段、横薙、切り上げ、払い抜け─
とにかく持てる力の総てを使い、動死体どもをただの動かぬ骸へ変えていく。
「ちぃ、数が多すぎる─!!」
先程からもう数え切れない程の動死体どもを屠っているが全く動死体どもの勢いは衰えを見せず、ただその本能にのみ従って俺たちに襲いかかってくる。
このまま動死体の相手をしていても埒があかねぇ。
「─くそったれッ!!」
俺は全力で動死体を薙ぎ倒し、木刀を持った彼女の手を握り、奈悠たちの方へ駆け出した。
「し、銀、大丈夫!?」
「ああ、問題ねえよ。だけど話は後だ、今はとにかく逃げるぞ奈悠、鷹瀬」
「は、はい!!」
◇
「─で、結局振り出しか……」
俺たちは木刀の少女を迎え、更に四人となって学校の体育館にいた。
動死体は結局追ってこず、俺たちは再びここへ籠もることにしたのだった。
「それにしても莉愛、大丈夫だったか?」
俺は木刀の少女の名を呼ぶ。
太陽のように輝く黄金色の腰まで伸びた髪に、空のように吸い込まれそうなほどの青い瞳。
彼女の名は芳月 莉愛。
鷹瀬はもちろん、奈悠よりも華奢な身体つきからはそうは見えないかもしれないが、彼女は俺の義姉であり芳月家の家主でもあった。
「う、うん。一応……」
「ならいいさ。ところで莉愛があんなところにいたって事は……」
うんと頷いて何とも言いにくそうな表情で彼女は言った。
「……うちはもうだめ。近くに公民館あるでしょ? あそこに避難してた人めがけて動死体が来たからそのとばっちりくっちゃってもうぼろぼろだよ……」
「そ、そうか……」
何と安易な考えだったのだろう。
俺、芳月 銀の家は普通の家ではない。
まるで武家屋敷のような家であり、家の周囲には塀と濠、そして門をくぐった先には罠の落とし穴。
莉愛の亡くなった祖父さんが趣味で建てたというとんでもないそれが俺の自宅であった。
とにかく俺はそんな自分の家に行けば大丈夫だという慢心があったのだ。
その結果どうだ?
莉愛は動死体に囲まれ、自宅は破壊されてしまっていた。
もう、この破滅に安全な場所などないと叩きつけられたも同義だった。
「それにしてもあの家が潰されちゃったなんて……」
奈悠も信じられないようだった。
俺も信じられない。
あんな無敵要塞みたいな家が簡単に落ちちまうなんて。
「で、でも莉愛さんが無事でよかったですね銀くん」
俺たちが沈んでいると、鷹瀬が明るい笑みを浮かべて言った。
「ああ、そうだな」
暗くなりつつあった俺たちの気分を落とさないようにそういってくれたのであろう鷹瀬に俺は感謝の気持ちを抱きつつ、話題を変えることにした。
「まあ、莉愛が無事で何よりだ。じゃあさ、これからどうするか決めようぜ」
「そ、そうね……」
奈悠がそう呟き、それに鷹瀬と莉愛も頷いた。
「シロくん、それなら琉奈ちゃんのお家の方に行ってみるのはどうかな?」
そして、莉愛が予想だにしていなかった言葉を俺たちに告げたのだった。
「─わ、私のですか!?」