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count5:決意の全力(フルスイング)


「─ふぁああああ」


ついに噛み殺しきれない欠伸が漏れる。


世界が破滅して二日目の早朝。


ほぼ丸一日寝てない俺の眠気はピークに達している。


今ここで爆睡ぶちかませればどれだけ幸せだろうか。



「─ん……、ぅん」



だけど今の俺にここで寝るという選択は取ることのできないものだった。


あどけない二人の寝顔。


─こいつらを護るという使命だけが今の俺を突き動かす動力源であり、俺の決断せかいだった。


少しずつ明るくなってきた体育館の中で俺は立ち上がり軽く身体を動かす。


ばきぼき体中の骨が鳴っているが痛みは全くなく、むしろ清々しいくらいだった。


現在時刻は5時30分。


体育館の壁に掛かっていた時計でその時刻を確認する。


─移動にはまだ早いが携帯食料メシを食って準備を始めるには良い頃合いだろう。


そう決めると俺は男子更衣室に携帯食料メシを取りに行く。



「ぁ゛ぁ゛ぁ゛……ぁ゛ぁ゛……」


その途中では動死体ゾンビの呻き声が微かにだが聞こえ続けている。


その声の先には昨日から鍵を掛けっぱなしの大扉。


予想通り扉は破られはしなかったものの一晩中呻き声の大合唱オンパレードだった。


「とりあえず大扉こっちから出るのは自殺行為か……」


だとしたら、体育館ここから逃げる際はグラウンド側出口を利用するしかないか。


男子更衣室で携帯食料メシの入ったリュックを背負い、俺は体育館後方となりにあるグラウンド側玄関の様子を見に行くことにした。


壁の影から慎重に外を見やる。  


「……少ないな」


言葉の通り、圧倒的に校内うちより校庭そとの方が動死体ゾンビの数が少なかった。


まず、玄関前に群がっていると思っていた動死体ゾンビの姿が一切ない。


そして、その先の校庭にもちらほらと何体かいるだけで昨日の街中のような数でもない。 


校地内から生者エサを求めて出て行ったのだろうか?


─まあ、いずれにせよ俺達にとっては好機チャンスだがな。




「し、銀くん?」




「─ッ!?」


驚いて振り返るとそこにはまだ眠たいのか目をこすりながらこちらへ歩いてくる鷹瀬の姿。


「はぁ……、驚かせないでくれよ鷹瀬」


「す、すみません。起きたら銀くんがいなかったので……」


「ああ、悪い悪い。明るくなってきたからな、どっから体育館ここを出るか考えてたんだよ」


「そ、そうだったんですか……」


ほっと息をつき安心したように胸をなで下ろす鷹瀬。


「逃げてきた大扉の先にはまだ動死体あいつらがいるからな、逃げる時はこっからだな」 


くい、くい、と俺は玄関を指差す。


「……やっぱり、夢じゃなかったんですね」


鷹瀬は俺が指さした校庭さきにいた動死体ゾンビを見つめていた。


「……鷹瀬」


「一晩寝たら、……夢なんじゃないかなって、ずっとずっと思ってて、そ、それでもやっぱり夢じゃなくて……」


どうしちゃったんでしょうね私、と言って自分の頭を小突く鷹瀬。


その顔には笑み。


確かに笑ってはいたが、学校の玄関で会ったときのあの笑みではなく偽物つくりものだと俺にはすぐに分かった。


俺は彼女のその偽物つくりものの笑顔を見て、いても立ってもいられなくなり彼女の肩に手を回す。


「鷹瀬、……その、無理すんなよ」


「─え?」


「奈悠だってあんなに泣いてたんだ。そんな偽物つくりものの笑顔なんていいからさ、お前だっていつでも泣いていいんだぜ?」


「─わ、私、今泣いたら泣きやまないかもしれませんよ?」


「別に構わねーよ。時間は有り余ってんだ。思いっきり泣けよ」




「─ぅ、うぁあ、う……」




誰だってこの現実は信じられるもんじゃない。


それだけならまだしも目の前であんな光景さつじんを見せられたのだ。


そんな状況で自分を何事もなかったかのように保つのは難しい。


だったら、そんなときは泣けばいい。


泣いたからって解決する訳じゃないが、溜まってるものがあるなら全部出しちまえばいいんだ。


思いっきり泣けよ、鷹瀬。


泣けるお前はまだおわってないのだから。




        ◇




「あ、あの銀くん。さっきのことなんですけど……」


「ん、何だ?」


鷹瀬はあの後、体育館玄関ここで一時間程ずっと泣いていた。


そのせいか、頬には涙の後があり、その緋色の瞳はいつもより赤味がかっていた。


「奈悠ちゃんには……」


「ああ、分かってる。俺たちだけの秘密にしとこう」


おそらく、奈悠には鷹瀬センパイとして心配を掛けたくないんだろうな。


別に奈悠には言う必要のないことだったので俺は鷹瀬の言葉を了承する。


「あ、ありがとうございます」


そう言った鷹瀬の顔にはあの時の、この学校の玄関であったときの可愛らしい笑みが浮いていた。


見惚れるほどの彼女の笑顔を誤魔化すように俺は言った。


「それで鷹瀬。そろそろ朝メシにしようと思うんだが……」


「じゃあ、私先に行って奈悠ちゃん起こしておきますね!!」


ぴゅーっと効果音が付きそうな勢いで体育館の中にダッシュする鷹瀬。


そんな彼女の姿が微笑ましく、俺も微笑しながら彼女の後を追いかけていくのであった。




        ◇




その後、俺達三人は俺が持っていた携帯食料で朝食となった。


「銀、ご飯食べたらホントにここから移動するの?」


奈悠が携帯食料を食べながら俺に尋ねて来る。


「ああ、いつまでもここにいれないからな」


俺は呻き声のする大扉の方を見て言った。


「でもどこに移動するのよ? ……多分、他のところもみんなこんな事になってんのよ?」


「俺の家だよ、多分あそこが一番安全さ」


「銀くんの家ですか?」


不思議そうな顔をしている鷹瀬。


おそらく、本当に安全なのかどうか考えてでもいるんだろうな。


「心配するな、鷹瀬。行けば分かるさ」


「大丈夫ですよ琉奈さん!! コイツの家なら安全ですから!!」


「わ、わかりました。二人が言うなら」


朝食後、俺はプロテクターとグローブを制服姿の鷹瀬と体育着に着替えた奈悠に渡し、奈悠と金属バットを片手に、そして鷹瀬と一つずつリュックサックを背負い、体育館玄関から外に出る。


そしてたてる音を最小限に抑え、動死体ゾンビが徘徊する学校を後にしたのだった。


      

        ◇


外は地獄絵図。


道の至る所で人は息絶えており、その周囲ではゾンビどもが死体を貪りあっていた。


俺たちはなるべくそういった道を避け目的地おれのいえへと慎重に移動していく。


「……」


三人とも無言を貫き歩く。


俺はこういう光景を現実リアルで見るのは初めてだが、ゲームや映画などでいくらかは耐性がついているからまだいい方。


奈悠もそんな俺と一緒に遊んでいたため、少しは耐性があるのだろう。


そう考えている瞬間も周囲を窺いながら俺について来る。


だが、何の耐性もない鷹瀬にはこの光景じごくは重すぎた。


鷹瀬はなるべくそれらの光景じごくを見ないように俺の制服の袖を掴み、俯きながら歩いている。


何故かそれを見て、むぅーっと膨れっ面の奈悠がその逆サイドにいるのだがまぁそれは放っとこう。


(……鷹瀬、あと少しだから頑張れ)


俺が耳元で囁くと、鷹瀬はコクリと頷く。


─そして前方にソレが現れたのも同刻だった。


─あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛


「「─!!」」


音のした前方からはゾンビが三体徘徊している。しかもあろうことか三体が道路を塞いでしまっていたのだ。


俺はすぐに二人の前に飛び出し警戒態勢をとる。


(銀くん!!)


昨日言ったことを忠実に守っているのか鷹瀬は小声で俺の名を呼ぶ。


(ど、どうすんのよ銀!?)


(……ぁあ、ヤバいな。あいつらが邪魔してるすぐ先に俺ん家があるんだがな)


(迂回しましょう!!)


(駄目だよ琉奈さん!! 銀の家へ行く別ルートは細道しかないの。もしそこであいつらに挟み撃ちにされたら……)


(そんな……)


確かに困ったことにはなっている。


彼女たちは悲観的だ。


だが、俺には一つの打開策が見えているのも事実。


それでも、それを行動に移せないのは女子が近くにいるからなのか、はたまたあいつらをそうするのに抵抗ためらいがあるのか─


(……ど、どうしよう) 


俺以上に困り果てて全く打開策が見えていない鷹瀬と奈悠。


こいつらにいい案が浮かばないのならばやはりこれしかないと俺は覚悟を決める。


(……一つだけこの道を通れる方法があるぜ)


(本当ですか!?)

(本当なの銀!?) 


期待を含んだ彼女たちの声に俺は頷いて金属バットを両手持ちで構えた。


(ああ、……あいつらの頭をコイツでぶち抜きゃいい)


(─え?)

(─本気なの?)


(ああ、お前らは見ない方がいい、─奈悠、鷹瀬連れてちょっとそっちいってろ)


(わ、分かったわ……)


(銀くん……)


俺は二人が離れたことを確認すると強くグリップを握りしめる。


鷹瀬、奈悠、お前らはおわってないかもしれんが、俺はもうおわっちまってたんだよ。


あの拳槌アームハンマーの時からな。




─目の前にいる奴らは、もう人間じゃないんだ。


殺らなきゃ、俺たちが殺られちまうんだ。


昨日の拳槌あれを思い出せ、二人を護るんだろ、─芳月 銀ッ!!


「─っ!!」


そうして俺は、


       金属バットを振り上げて、

      

  ただ一方的に、


      

       奴らの頭を、


             ─打ち抜いた。



ぼごぉっと骨が砕ける鈍い音。



腕に残る重い感触。 



動死体やつらの呻き声。



気が付けば三体の動死体ゾンビであったであろうモノがそこに赤黒い血を出して転がっている。


─もう、一欠片なん罪悪感ためらいもない全力フルスイング


唯一残されたのは返り血のグチュグチュとした何とも言い表せない気持ち悪い感覚だけだった。



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